第百三十五話 周の言葉
「真理の一撃!!」
その攻撃はまさに力の暴力と言っても良かった。正が使おうとしたのはレヴァンティン又はレーヴァテインにおけるエネルギー元へのアクセス。
小さな魔術陣を九つの鍵と見立て、中心の魔術陣でエネルギー元へアクセスし、そのエネルギーのほんの一部を光としてのみ解き放つ魔術。
それを孝治が補助したためありえないくらいの高精度な魔術と化していた。
光はまさに光速。刹那よりも早く敵を呑み込もうと放たれ、そして、散った。
「これが、お前達の力か。なるほど、この力は見事と言えるだろう」
そこにいたのは純白の服装に身を包んだ初老の男。だが、その威圧感は老いを感じさせず、その目は鋭い。
「まさか、このようなことになっているとはな。レイリア、下がれ。我が力によって拘束させてもらう」
「まさか、このような場所にあなたみたいな重要人物がいるとはね。驚きだよ、天王マクシミリアン」
「あれが、天王マクシミリアン」
「天神と呼ぶがいい。人間ごときに倒されるちっぽけな王ではない」
「慢心に驕り。直接戦ったことがないからあなたの力はわからないけれど、こちら側には孝治が」
「お待ちください! マクシミリアン様!」
両者の間に飛び込むようにニーナは両手を広げて孝治達を庇うように立っていた。
「ここに彼らを呼んだのは私です! 全ての罪は私にあります。だから」
「あの馬鹿」
孝治は前に飛び出していた。この条件では孝治は最大まで力を発揮出来ない。だから、孝治は全速力で前に飛び出す。
だが、間に合わない。すでにマクシミリアンはニーナに向かって目を伸ばしていた。ニーナの隣で。
そもそも、両者の距離は下手をすれば一瞬で詰められるほど近い。その半分ならさらに変わる。
マクシミリアンは無言で手を伸ばし、間に入ったニーナを殺そうと動く。孝治では間に合わない。だが、たった一人だけ時間を無視して間に合う人物がいる。
「君の行動は無謀だ。でも、嫌いじゃない」
時間。速度。その他諸々全てを無視してマクシミリアンの手を正が防いでいた。その手に持つ桜色の宝石から現れた壁によって。
「それは、桜色の奇跡か」
桜色の奇跡。
その名前には孝治も聞き覚えがあったのか驚きながらも冷静にマクシミリアンに向かって運命を振っていた。マクシミリアンはすかさず後ろに下がるが孝治はその瞬間に弓を構えている。
運命を矢としていなければ威力は低いだろう。だが、精密に射抜けば威力が無くても倒すことが出来る。だから、マクシミリアンはさらに後ろに下がった。
「まさか、50年ほど前に失った神剣を持つとはな」
「聞き覚えがあると思えば神剣の名前だったか」
「そうだよ。桜色の奇跡は完全防御の神剣。この神剣を前にすればあらゆる攻撃すら無力、のレプリカ」
「レプリカなのか?」
「マクシミリアンが本気で来るとは思わなかったからね。だから、桜色の偶然を使わさせてもらった。そして、賭けに勝った。桜色の偶然は桜色の奇跡と違って完全防御じゃない。だから、助けられる」
そう言いながら正は桜色の偶然をニーナに渡して後ろに下がらせた。そして、レヴァンティンレプリカを構える。
隣にいる孝治も静かに運命を構えた。
「その技術、脅威だな。あの桜色の奇跡のレプリカながら強力な防御術式を持つ物を開発するとは」
「普通なら不可能だよ。桜色の偶然はあまりにも造る際の魔力消費が大きすぎる。だからこそ、僕しか作れない」
「何?」
「真理の追求。レヴァンティンやレーヴァテインの世界を九回滅ぼせる力にアクセスしてそのエネルギーを使う術式だよ。真理の一撃はそれに指向性を持たせたエネルギーの放出。だから、止められた」
「あれが放出だと」
マクシミリアンが絶句する。
真理の一撃がただのエネルギーの放出をぶつけただけなら、そのエネルギーを収束した砲撃が一体どこまでになるかなんて想像がつかないからだ。
エネルギーの放出ということは純粋な魔力をぶつけただけである。その威力は散らしたマクシミリアンが一番わかっているだろう。
正はニヤリと笑みを浮かべた。
「驚いているね。まあ、無理もないかな。僕が放とうとしたのは収束砲。もちろん、真理の一撃よりはるかに威力が低い収束砲。だけど、孝治と共になら真理の一撃を収束砲として放てる。まあ、僕達にもダメージが大きいから放てるのは三度までかな。こういう時は同じ神話から名前を取って真理の光と名付けようか」
圧倒的な力を持つことの誇示。例え、真理の光が嘘だとしても正と孝治には真理の一撃がある。その威力は相対するマクシミリアンが知っているからこそ信じ込ますことが出来る。
マクシミリアンの頭の中に駆け巡るのはこの状況を脱却して無事に相手を倒すこと。
本来ならそれほど難しくはないはずだった。見た目は初老でも天王だからだ。その力は天界でいち早く。だから、人界でもトップクラスとはいえ二人に負けるとは思っていなかった。
だからこそ、そこに付け入る隙がある。
「孝治」
正は唇を動かさずに孝治に話しかけた。
「音界にとって危険なのは天王マクシミリアンとその機体ストライクバースト。そして、アーク・レーベだ。今ここでマクシミリアンを倒そう」
「不可能ではないな」
孝治が同じように唇を動かさずに返す。
「だが、そう簡単に事は運ばない。そうだろ! アーク・レーベ!」
その言葉と共に両者の間にアーク・レーベが降り立った。孝治が静かに一歩を踏み出しながら運命を構える。
「やはり気づいていたか」
「宿敵を間違うほど俺の感覚は錆び付いていない」
「それでこそ宿敵だ。花畑孝治。お前はこの世界を見てどう思った?」
アーク・レーベが静かに語りかける。だが、その威圧感は静かにというレベルではない。もし、戦いが始まればほんの刹那で最大まで戦闘準備が出来ている状況だ。
つまり、その言葉は孝治に答えを要求している。
「滅びゆく天界のことか?」
「ああ。四つの世界の中で最も早く崩壊を始めたこの世界を見てお前は何を思った」
「助けなければならないと思った」
「なら、我らがすることを見逃して欲しい。身勝手かもしれない。たくさんの地上の民が死ぬかもしれない。だが、このまま放っておけばたくさんの天界の民や動物が消え去る。それを我らは助けなければならないのだ!」
一触即発の空気の中、アーク・レーベはそう懇願した。このままいけば、たくさんの人が死ぬのは間違いないだろう。アーク・レーベ達が選んだのはより犠牲が少ない方。
だからこそ、宿敵を前にアーク・レーベは恥やプライドも捨て去って孝治に懇願する。だが、孝治は小さく首を横に振った。
「誰かを犠牲にして世界を救えたとしても、それは世界を救えたことにはならない。世界を救うということは、自分も仲間も知り合いも誰もかも救うこと」
その言葉に隣にいる正が驚いて孝治を見た。孝治は運命を構えたまま決意に満ちた目で前を見ている。
「確かに、最大多数の幸福、世界の絶対的観念を考えたならばお前達の考えは間違ってはいない。より少ない犠牲ですむなら普通はそれがいいだろう。だが、俺はそれを否定する。俺の親友はそれを認めない。誰かが犠牲になる世界では駄目なんだ。誰も犠牲にならず、皆が幸せに笑える世界。それを戦いに身を置く普通とは違う人生を歩んだ俺達は貫かなければならないのだ」
「まるで子供だな。大人なら考えない。天神としての我はそのような考えはしない」
「子供みたいな考えでは駄目なのか?」
マクシミリアンの言葉に孝治は言葉を返した。
「あいつが選んだ道は間違ってはいない。俺達は普通とは違う人生を歩んでいる。それはあってはならないことだ。子供が平和に暮らし、大人が社会を造る世界。戦いなんてない夢物語。まさに子供だ。だが、俺達は早く大人になりたいと思った。そして、社会を良くするにはどうすればいいと考えた結果だ。確かに子供だ。だけど、子供だからと言って否定していいものじゃない。その理想は、誰もが目指すべき高みに位置しているのだから」
誰も犠牲にならない世界。もし、そんなものが本当にあるとしたならまさに桃源郷と言うべき姿だろう。だが、現実ではそうならない。それがわかっていながらも周は、孝治はそれを目指す。
些細な理由で戦争が起き、些細な理由で人が死に、些細な理由で犠牲が出る。
そんな世界を見てきたからこそ、周や孝治が導き出した結論なのかもしれない。
「統治者の理想だな。だが、人は醜い。醜いからこそ、争いが起きる。それがわかって言っているのだな?」
「ああ、そうだ。だから、俺は目指す。例え一人になっても、俺は目指し続ける。子供の理想を、俺達の希望で世界を変えられると信じて」
「アーク・レーベ。交渉は決裂だ。このまま叩き潰すぞ」
「わかりました。天神マクシミリアン様。花畑孝治、残念だ」
マクシミリアンとアーク・レーベが構える。それに相対するように正と孝治も武器を構えた。
人が離れていく。どの世界でも類を見ない戦いが起きようとしているから。
そして、孝治とアーク・レーベが踏み出した瞬間、戦いは始まった。