第百三十四話 孝治と正
ある意味、この作品において花畑孝治が一番化け物だと思っています。
「全く君は。集合場所に来ないから探したらまさか、あそこまで言い切るとはね」
そう言いながら背中合わせになりつつ正は孝治に向かって笑みを浮かべた。孝治も笑みを浮かべ返して運命を構える。
「俺達が本来の集合場所に到着出来なかっただけだ。それに本気だ。後、間に合ってくれたありがとう」
「どういたしまして、と言いたいところだけど、あまり事を荒立てたくはなかったかな?」
正は周囲を見渡す。
二人を囲むように天界の兵士が武器を構えている。刹那とルネの二人は少し離れた場所で囲まれていた。ニーナとツァイスの二人は刹那とルネが何とか逃がしたようだが。
「バカにされたから挑発した」
「相変わらずだね。でも、そういう君は嫌いじゃないよ。さて、今回の勝利条件はこいつらを全員倒す、でいいのかな?」
「その根拠は? 頭の中でも除いたのか?」
「まさか。推測さ。まあ、こんなことになるとは思いもよらなかったけど」
そう言いながらもレヴァンティンレプリカを構えて笑みを浮かべる正。すでに準備は出来ているらしく、どこからかかってきても戦える状況だ。
対する孝治も準備が出来ている。
「約100人か。一人頭ノルマ25だね。うん、少ない」
「俺達二人で100は軽いだろ」
「そうだね」
そう二人が笑いあった瞬間、兵士の一人が槍を構えて前に踏み出した。それに少し遅れて他の兵士が動き出す。
誰もが一歩を踏み出した時、孝治は動いた。運命を握り締め足を前ではなく横に置きながら運命を水平に背後に向かって振り抜く。
漆黒の一閃。それは踏み出した兵士を一瞬にして薙ぎ払う攻撃だった。だが、吹き飛ばされた中に正の姿はない。
正は孝治の頭上を飛び越えて孝治の背中から斬りかかった兵士を一撃で昏倒させる。
「危ないじゃないか」
「お前なら避けるだろ?」
「それもそうだね」
そう答えた正をその場にいる誰もが信じられない表情で見ていた。
当たり前だ。孝治の攻撃は容赦のない一撃だった。対する正は背後にいながらそれを察知して回避するだけでなく孝治の背後から斬りかかった兵士を倒したのだ。
どう考えてもまともに戦って勝てる相手ではないというのはわかる。
だから、誰も動けない。動く場合は二人の動きを見ながら戦わなければならないからだ。複数との戦いに慣れているならともかく、こんな普通の兵士では孝治一人すら倒せないだろう。
「孝治。誰も来ないね」
「こちらから行けば相手が可哀想だから行きたくはないが、仕方ない。ここを抜け出すためだ。どかないならこの場で斬り倒されても文句を言うなよ」
「それは困ります。末端兵士ならともかく、ここにはシュナイト様がいますから」
その声はちょうど孝治の正面から聞こえてきた。だが、そこに姿はない。女性の声なのに姿はない。
「前言撤回。どうやら向こうから来てくれるようだよ」
「可愛い女の子だ」
孝治が鼻息を荒く言うと正は微かに驚いて、そして、納得したように頷いた。
「同じ女としては完全に敵だね。サラサラの長い髪に整った可愛らしい顔。さらには出るところが出ていて、くっ、このサイズはDだね」
「正はAだな」
「今ここでレヴァンティンの錆びにしてもいいんだよ」
「ちょっと待ってください。まさか、私の姿が見えていると言うのですか?」
驚く声に二人は真面目な顔で頷いていた。
「こんなにも可愛らしい女の子が見えないとは、男としては最悪だな」
「その考えはどうかと思うけど、いくら姿を消されても気配は消せていないからね。それに、そこにいるということは隠せない。例えば、ニヤニヤ笑みを浮かべて姿を消している彼とかね」
「シュナイト様の居場所すら察知するスキルですか。ただ者ではありませんね。シュナイト様、ここは危険なのでお下がりください」
「そうするしかないようですね。出来るだけ手荒なことはしないようにしてください」
「不可能です。ゴスロリ女の方は実力が未知数ですが、花畑孝治は人界トップクラスの実力者。手加減をして勝てる相手ではありません」
その言葉に正は驚いて孝治を見ていた。孝治は不満そうに正を見返す。
「文句があるか?」
「いや、世界トップクラスなんだね。孝治なら世界最強とほざくかと思ったけど」
「上には上がいる」
「例えば?」
「善知鳥慧海」
「あれは人間のカテゴリーを超越している、というか、半分人で半分神だよ。強すぎてまともに勝てるのは剣神の音姫くらいじゃないかな?」
「音姫さんは神のカテゴリーに位置しているのか」
「剣技だけなら神の座を余裕で狙えるくらい」
「敵を目の前にしてずいぶんと余裕ですね!!」
その言葉に、二人は動いた。
運命とレヴァンティンレプリカが同時に動いて見えない何かを弾いた。そのまま回転しながらどちらも振り抜かれる。
何もない空間で赤い液体が現れた。それは血の落ちる瞬間。血が地面に当たって赤黒く染め上げる。
「全く。君の剣筋は相変わらず力任せだね。技術があるのだからもう少し技を組み込めばいいのに」
呆れたように言う正に向かって孝治はゆっくりと笑みを浮かべた。
「背後から断ち切れば何も問題はない」
「まあ、実力が伯仲していたら普通に組み合わせるからいいんだけどね。でも、どうして僕と同じ行動をしたのかな? 僕一人で十分なのに」
「お前はちゃんと見えていないだろ? 見えている者としての責務だ」
その瞬間、空気が固まったのがわかった。離れた場所で戦っていた刹那やルネだけでなく兵士も動きが止まっている。
おそらく、よほど鈍感でなければ動かないだろう。
「感じているよ。君よりもはるかに動きがわかっている。君は彼女の正確な予測が出来ていないよね? そんな君にとやかく言われたくはないかな」
「ならば、お前は見えているというのか? あの女性のスリーサイズから身長体重はたまた趣味まで」
「それは」
「俺ならわかる」
そう言いながら孝治は胸を張った。どや顔で誇らしげに笑みを浮かべてはいるが、今の言動はどう考えても変態だ。それなのに、孝治は胸を張っている。
「身長156cm。体重は42kg。髪の毛の長さは83cm。スラリと長い足は毎日綺麗に洗っているからで、最初に洗う場所は右の二の腕。趣味は読書、と公言しているが、実際は読書は読書でも腐女子方面だ。一番のカップリングはマクシミリアン×アーク・レーベだと思っている。そして、何より好きな人は」
「あなたは鬼ですか!!」
その声は完全に戸惑っていた。まあ、当たり前ではあるが。
スリーサイズどころかプライベートまで赤裸々に他人である孝治が言ったからだ。ちなみに隣にいる正は完全にドン引きしている。
「俺は鬼じゃない。悪魔だ」
「それ、あまり変わらないからね。でも、まあ、孝治が女の敵であるのは間違いないかな。ここで成敗してもいいけど」
「無理だな。お前の力では傷一つつけられないはずだ」
その瞬間、誰もがブチっと何かが切れる音を聞いた。もちろん、孝治には聞こえていない。
「へぇ~、僕には君を傷つけられないんだね」
「当たり前だろ。さて、この場を乗り切るために」
「だったら試してみようか!」
正がレヴァンティンレプリカを振り抜く。だが、それを孝治は簡単に受け止めていた。そのまま運命でレヴァンティンレプリカを返す。
すかさず孝治は運命にいくつものエネルギーバッテリーを装着した。
「危ないじゃないか」
「君みたいな鈍感朴念仁はここで成敗した方が光のためになるんじゃないかな?」
「何故そうなる!」
「自分のセリフを思い出すことだね!?」
すかさず正が踏み出しながらレヴァンティンレプリカを振り抜こうとした瞬間、二人の間を光が駆け抜けた。
孝治は一瞬だけ立ち止まり、攻撃か来た方を向く。だが、その時には正は魔術陣を展開していた。孝治が立ち止まった瞬間に魔術陣の展開を始め、向いた時に完成していた。
「私を無視するとはいい度胸ですね」
魔術陣を展開する正はその言葉にクスっと笑みを浮かべた瞬間、確かに見えた。
ありえないくらい膨大な光の姿を。
正が手のひらに展開した魔術陣を中心に九つの小さな魔術陣が回転している。
「邪魔をしないで欲しいね。孝治相手に放とうと思っていたこの技、君に放ってあげるよ」
「あ、ありえません。そんな膨大な魔力、人間、いや、生物が使えるものでは」
「君はレヴァンティンの名前の成り立ちを知っているかな?」
魔術陣を展開しながら正がさらに笑みを深める。
「レヴァンティン、またはレーヴァテイン、レーヴァンテインは元来剣や槍ではなく杖だった。だから、レヴァンティンやレーヴァテインの姿は本当じゃない。でも、どうしてレヴァンティンやレーヴァテインがそんな形を取れたのか。僕なりに考えてみたんだよ。レヴァンティンやレーヴァテインは膨大な世界を滅ぼすようなエネルギーを利用している。ここに答えがあった」
「なるほど。膨大なエネルギーにアクセスすれば杖でも何でも関係なく強力な力を振るえる、というわけか」
「まあ、一番の欠点は膨大すぎて幾重にもリミッターがかけられているけどね。間に合わないくらいに」
その時の正の表情はどけか悲しげだった。だから、その隣に孝治は立つ。
周の隣に立つ親友と同じように。
「手伝おう」
「君に理解できる領域じゃないよ。これは僕があの日からずっと」
「理解した」
孝治の表情には笑みが浮かんでいた。
「お前のことならわかっている。そうだろ?」
「そうだったね。例え次元は違えども、僕達の絆に変わりはない。さあ、行こう。これが僕達の」
「俺達の」
孝治が魔術陣に手を添える。そして、二人は同時に魔術を同調させた。
「真理の一撃!!」
真理の一撃は孝治と正が使う技であり正単体や周と孝治の同時技とは少し違うものです。