第六十三話 トップスリー
「周! 聞いてないぞ!」
愛佳さんの授業が終わった瞬間、前を向いていた和樹が振り返って尋ねてきた。わらわらと他の人も集まって来ている。
まあ、そうなるわな。
「何がだよ」
「お前が『GF』総長の孫だってことだよ。なんちゅう羨ましい家系に生まれているんだ。本当に羨ましいぜ」
「いやいや、そこまで羨ましいと連呼しなくていいだろ。それに、苦労の方が多いさ。海道という名前はある意味ブランドだ。だから、狙われることだってある」
海道だからこそ狙われたことがあった。
オレが白百合ではなく海道を名乗るのは名前のブランドと、今までのことを忘れないようにするためだ。
オレが狙われ『赤のクリスマス』が起きたことを。
「でも、総長の孫ってことは、海道君はお金持ち?」
「ちなみに、時雨からは金はもらっていない。今まで『GF』で働いていた給料で十分だからな」
「ふーん。ちなみに、海道はどれくらい貯金があるの?」
「3000万ほどかな。最近5000万ほど使ったし」
オレの言葉に質問してきた委員長だけでなく、クラスメート全員が固まっていた。何故か由姫まで。
「金持ちじゃん。周、いや、周様」
「キモイから止めてくれ。出費がかなり激しいんだよ。言っただろ、5000万使ったって。戦いにはお金がいる無駄遣い出来ない」
「ちぇ。でも、周も苦労人なんだな」
「仕方ないよ。海道君だし。多分、私達にはわからない苦労一杯しているんだろうな。困ったことがあるなら私達を頼ってね」
「ありがとう」
オレはそう言って感謝した。今のクラスメートの女子の言葉には何人ものクラスメートが頷いている。
オレは守る存在だと思っていた。でも、守るべき人々がオレを守ろうとしてくれるのは本当に嬉しい。都の時だって泣いちゃったからな。思い出したら死にたくなるけど。
「ん? 何か騒がしいな」
俊輔の言葉に誰もが廊下の方を向いた。
確かに廊下が騒がしい。耳に神経を集中させると、騒ぎ声と共にカメラのシャッターを切る音がする。
うん。何が起きているか全くわからないや。
すると、誰かが教室の中を覗き込んでいた。千春だ。
すると、教室の中でどよめきが走る。オレは立ち上がって千春に近づいた。
「よっ。どうかしたのか?」
「周君を探していてね。あのさ、昼休みに生徒会室に来てくれないかな? ボク達と一緒にご飯を食べようよ」
オレは少し考え込んだ。
昼ご飯はみんなで集まって食べないかと話していたのでどうしようかと。生徒会室と言っても全員が入るわけじゃないだろうからみんなで押しかけるのは無理だろうな。だったら、オレ一人で行くしかないか。
「わかった。千春達って事は他に誰かいるのか?」
「うん。ボクと都と琴美の三人。特に都が周君と食べたいって思っていたから。じゃね。昼休みに迎えに行くよ」
千春が手を振りながらスキップで廊下を走るでいいのだろうか。スキップって歩くと走るのどっちだ?
オレは小さく息を吐いて振り返った瞬間、クラスメートが近づいてきていた。もちろん、全員男子。
「な、なんだよ」
オレは思わず後ろに一歩下がってしまう。
なんというか、恋人同士を恨む男達のような顔をしている気しかしない。
「海道。お前は千春様と仲がいいのか?」
「はぁ? 千春様?」
何で様を付けるのだろうか。
「千春様と言えば都様、琴美様、千春様の狭間市美少女トップスリーに決まっているじゃないか。そんなことも知らないのか?」
いや、むしろ知っている方がおかしいと思う。だって、オレがここに来た日から1ヶ月も経ってないぞ。そんな話を知っていそうなのは浩平くらいだ。
「清楚かつ優しいお嬢様である都様。さらっとした長い黒髪と整った体型をした琴美様。天真爛漫な性格かつ可愛い千春様。お前ら三人がトップスリーと呼ばれるように、都様達もトップスリーって呼ばれてるんだよ」
「トップスリーって何さ?」
そんな話は完全に初耳だ。というか、示される三人はオレ、孝治、悠聖の三人だろうが、トップスリーと呼ばれる心当たりは・・・あった。
確か、オレと都が初めて会った日に都がオレ達のことを興奮しながら言っていたのを思い出す。確かにあの時はオレ達は三人でまとめられていた。あんな風なものだと考えれば気は少し楽になるか。
「どういう関係なんだ?」
男子が尋ねてくる。とりあえず、オレは肩をすくめた。
「千春は狭間市の学生『GF』だからな。いろいろ連絡取り合っているんだよ。都と琴美は普通に友達だ」
「う、羨ましすぎる。これが、生まれの差か」
男子達が一斉に膝をついた。
確かにそこは羨ましいと思う部分があるかもしれないが、生まれの差というのは違うと思う。
「生まれの差は気にしない方がいいぞ。オレが海道の名を使うのは戦うことを決意したからだしな。自分が感じるままに、守りたい者を守る力が欲しかったから」
「周は苦労しているんだな」
和樹の言葉にオレは鼻で笑った。
「もう、慣れたよ」
「弟くん、見つけた!」
オレが軽く肩をすくめた時、背後から声がかかった。
振り返ると案の定、音姉の姿がある。
「音姉、どうかしたのか?」
「ちょっと用事かな」
そして、音姉が近づいて来た。
「今日の朝、弟くん達と分かれてからクラリーネから接触があった」
その声はオレにしか聞こえないほど小さかった。さらには唇が全く動いていない。こういう場所では使い易い言い方だ
オレも同じように返す。
「内容は?」
「放課後、私と弟くんの二人で屋上に来ること。気配は全く見えなかったから魔術だと思う」
「了解」
音姉がオレの前に止まる。
「昼休みに都さん達とご飯一緒にするって聞いたから、私も大丈夫かなって」
「あー、悪い。いろいろ話したい内容があるから。音姉こそクラスメートと食べたら?」
「うん。それもいいんだけどね、学校が始まってから昼ご飯をあまり弟くんと食べていないなって」
確かに学校が始まってから音姉とは食べていない。クラスどころか学年自体が違うため、なかなか食べることは出来ない。
よく亜紗とか来るけど。
「じゃ、私はクラスに戻るよ。弟くん、由姫ちゃんの監視をお願いね」
「余計ですってば」
由姫が呆れたように溜息をつく。
オレはそれに笑って頷いた。
「わかってる。じゃ、また、放課後に」
「うん、放課後に」
音姉が言うと同時にチャイムが鳴り響いた。
次の授業は確か技術だな。
「さて、どんな授業になるのやら」