第百三十一話 エクストラシンクロ
エクストラシンクロはメリットとデメリットがはっきりとわかれています。
「粉塵斬月!」
細かな粒子を含む風を男に向けて叩きつける。だが、男はすかさず魔力崩壊を使用してオレの攻撃の大半を消し去った。
やっぱり、遠距離攻撃は消されるか。
「その力は一体なんだ! シンクロの力ではないだろ!」
男が声を荒げる。だが、オレはそれに耳を貸さず一気に男との距離を詰めた。男はとっさにオレを包み込むように魔力崩壊を発生させるが気にすることなく風を纏って駆ける。
男の目が見開かれると同時に炎を纏った蹴りが男を吹き飛ばした。
「魔力崩壊が効かないだと」
「お前に負けてからよく考えたさ。どうして一方的に負けたのかってな。ダブルシンクロはシンクロの中で最強。それはユニゾンも含む。なのに、一方的に負けた。それはお前の魔力崩壊のせいだけど、魔力崩壊性質に問題があったんだ」
魔力崩壊は魔術殺しとよく似た性質だがその種類は違う。そもそも、魔術殺しは単体専用だ。単体専用ではあるが大きさは問わない。
つまり、鎖でも何でも繋がっているなら単体と見なされる。
「魔力崩壊は空間に存在する物体の攻撃に関する魔力移動を停止する能力。ただ、これは攻撃する時のみに作用する。慣性で動く攻撃や当てる気のない攻撃、操作しきれなかった攻撃以外止められる力だ」
これは『破壊の花弁』によって確認することが出来た。
魔力崩壊が作用するのは攻撃に関する部分だけ。もちろん、魔力崩壊によって包み込まれた対象だけが作用する。
「ならば何故、お前は攻撃出来る! この力は、お前達にとって天敵のはずだ!」
確かに男が喚くのも正しい。
精霊とシンクロや指示を出すことで戦うオレ達精霊召喚師はオレ達が何らかの手段で魔力が封じ込められるとほとんど戦えなくなる。
このエクストラシンクロを覗いて。
「簡単だよ。オレは魔力を使って攻撃していない」
「魔力崩壊には攻撃補助系統も止める力があるのだぞ!」
「なら、簡単だ。オレはそれを使っていない」
「なっ」
男が絶句する。そりゃそうだろ。どう考えても精霊の力を使っているのに術者は攻撃に関する全ての魔術を使わずに戦っているなんて。
普通なら考えない。魔力崩壊が無ければこのことはオレも考えなかった。
「まさか、精霊が使用しているのか」
「オレは純粋な体術を使うだけ。オレはただ蹴っているだけだからな。魔力崩壊の対象にはならないんだよ!」
魔力崩壊の対象になればあらゆる魔術を使った攻撃は食い止められる。だからこそのぶっつけ本番のやり方。
シンクロの名前を持つがその能力は極めて高く、そして、難しい。相手と意志疎通が出来なければこのエクストラシンクロは出来ないからだ。
オレ達が築き上げた絆がこれを使うことが出来るようになった。
「さあ、優月を返して」
「悠聖、駄目!!」
優月の声が響いた瞬間、オレは動こうとした。だが、体は動かない。
正確には魔術を発動しようとして失敗した。体が一瞬だけ膠着する。だが、相手からすればその一瞬だけでも十分だった。
男の頭の横を通過するように矢が放たれる。それは魔術陣が幾重にも描かれた特殊な矢。
避けられない。
すかさず後ろ下がったオレはそう悟った。
いくらエクストラシンクロをしているとは言え、思考が体についていかない。オレに直撃するコースで飛ぶ矢を見て、オレは目を瞑った。
「させない!」
だが、矢が弾かれる。後ろから飛び出したリリィが振ったアークレイリアによって。
「助かった」
「悠聖、下がるよ!」
そのままリリィがオレの手を引いて後ろに下がる。いつの間にかオレを対象にした魔力崩壊は切られており、無意識に思考加速の魔術を発動する。
「だけど」
思考速度が戻ったオレは優月を見た。優月はオレを見つめ、そして、口を開く。
信じているよ。
声は届かなかった。だけど、何を言ったかはわかった。
「くっ」
オレは背中を向けて全速力で加速する。すでにケツアルコアトルの親子の姿は無く、ぽっかりと地上への出口が開いている。
あのケツアルコアトルが開けてくれたのか? さっきまであんな穴は無かったし。
『精霊帝。あなたは無茶をしすぎだと私は考えます』
「わかってる。ただ、我慢がならなかったんだ。精霊とユニゾンしていることも、ケツアルコアトルが子供を残して犠牲になろうとしていることも、優月が捕まっていることも」
「それで悠聖が死んだらおしまいだよね。私、怒っているんだよ」
「悪い」
『よしとしましょう。今は。ケツアルコアトルの乱入によって勝ち目がある戦いは逃したと私は考えますが、その場合はケツアルコアトルの子、ルナを失っていたと私は考えます』
まあ、あのまま戦っていたなら負ける気はしなかった。だが、ケツアルコアトルの乱入によって布石が全て崩されたからな。
あの男を倒して優月を取り返すことは造作もない。だが、ケツアルコアトルの子がやられたならオレ達がケツアルコアトルと戦わないといけなかった。
そう考えるとこの結果は良かったと思うような気もする。
「まあ、あいつらが簡単に逃してくれるとは思わないけどな」
そう言いながら振り向いたそこには、巨大な弓を構える女性の姿。
遠距離射撃魔術であるバリスタ。威力が極めて高い攻撃を持ち前の超射程で叩きつける魔術だ。弓を使うのと同じ感覚で放てるのがポイントが高い。
おかげでこっちは苦労するけど。
「リリィ。反射系の魔術をばらまけるか?」
「反射系? アークレイリア」
リリィがすかさず背後にアークレイリアの力で反射をする壁を設置した。そして、オレ達はさらに加速して出口に到着する。
ガツンと言う音が聞こえ、振り返ったそこには弓を破壊された女性の姿。どうやら上手く反射出来たようだ。
「成功だな」
「私とアークレイリアなら何だって跳ね返すんだから」
誇らしげに言うリリィの手を取り地上に出た瞬間、目の前に刃が迫っていた。
とっさに体を反らしながらリリィをその場で倒し、刃、刀の刃を回避したのを見てからすかさず一歩を踏み出した瞬間、天地がひっくり返っていた。
今の感覚、足を後ろからすくい上げられたな。
そう思いながら地面に激突する。驚いた表情の音姫さんを見ながら。
「いやいや。なんで音姫さんに攻撃されてるの?」
「敵が飛び出してきたと思ったから。まさか、悠聖君だなんて」
「酷いとばっちりだ」
オレは軽く肩をすくめながら起き上がった。リリィはすでに起き上がっておりリリィの手を借りて起き上がる羽目に。
というか、今まで手を掴みっぱなしだったよな。
「音姫さん達が無事で良かったです。優月達はこの中にいますが」
「悠聖君が逃げてきたってことはもう撤退したってことだね。今から追いかけても迷うだけか」
「その前に。音姫はどうしてここがわかったの」
不思議そうな顔をあいたリリィがたずねる。すると、音姫さんはオレ達の後方を指差した。そこにいるのはケツアルコアトルの親子と委員長の姿。
「教えてもらった」
「教えてもらったって、ケツアルコアトルって話せるの?」
「あれ? リリィには聞こえていなかったのか?」
あの時、確かにこいつはオレに話しかけてきたのに。
すると、音姫さんが小さく息を吐いて光輝を地面に叩きつけた。
白百合流山砕き『砕破剛刀』。
確か、狭間村の時に使っていたもので刀が簡単に砕けたような。
叩きつけられた大地にひびが入り、陥没する。洞窟の周囲一帯を。
もちろん、オレ達は何も語ることが出来なかった。というか、何を起こしたの?
「これで少しは時間を稼げるかな。じゃあ、落ちついて話せるところに移動しようか」
「私、こんな化け物相手に十合打ち合ったんだ」
「よく生きていたな」
「私もそう思う」
歩き出した音姫さんを追いかけるようにオレ達も歩き出した。