第百三十話 親子
オレと男は弾かれたように大きくその場から退いた。
前か後ろか。一本道のこの洞窟内であのケツアルコアトルが逃れることははっきり言って難しい。それほどの相手がケツアルコアトルだ。
だから、ここは戦っている時じゃない。
「リリィ、逃げるぞ」
「えっ? この振動ってもしかして」
「十中八九ケツアルコアトルだろうな。というか、ケツアルコアトル以外考えられるか! 相手は逃げる準備」
「していないね」
「何でだよ!」
あいつ以外の残る二人が槍と弓を構えているし。あいつらの目的はこのケツアルコアトルの子供のはずだ。一体、何をするつもりだ?
オレ達を待ち構えていたのはケツアルコアトルをオレ達とぶつけるためで、こいつらはその隙に子供をどうにかしようとしたということになる。それを考えると、ケツアルコアトルが迫っているこの状況でどうして戦うつもりなのだろうか。
ともかく、今はケツアルコアトルが来るより早く倒すしかない。
「本気で行かさせてもらう!」
『破壊の花弁』を使って剣を形成し前に進む。そんなオレに立ちふさがるのは炎を宿した槍を握る青年。
メグと同じ炎を纏うタイプの術者か。だけど、全然だ。
青年の背後から飛来した紫電を纏う矢を弾いてカウンターのごとく『破壊の花弁』を矢のように放つ。だが、それは放った瞬間に飛来した矢によって相殺された。
今のはオレの攻撃が先読みされたのか? こいつら、なかなかの実力者の集まりだな。
すかさず前に出る。青年が炎を纏った槍を突いてくるがオレはそれを真っ正面から受け止めた。
手のひらが焼ける。だけど、こんな炎、
「メグのはもっと熱かったぜ!」
全然耐えられる。
すかさず体を潜り込ませて肘を相手の鳩尾に叩きつけようとする。だが、それより早く青年は後ろに下がった。
槍を捨て、大きく後ろに下がる。間違ってはいない行動。間違ってはいないけど、間違っている。
肘の動きに合わせて『破壊の花弁』の塊を青年の鳩尾に叩きつけた。青年の体がくの字に折れ曲がりすかさず腕を振り上げて後頭部に叩きつける。
そのままステップを踏んで弓を構える女性に踏み出した。だが、その間に男が入ってくる。
「ケツアルコアトルが来ているのに悠長だよな!?」
「何もわかっていないな。ケツアルコアトルがどういう存在かということを」
「幻想種。しかも、エンシェントドラゴンやゲルナズムと違って量産するような神の下僕じゃない、正真正銘の神世の時代から生きる生物」
「そうだ。粗悪なエンシェントドラゴンやゲルナズムとは比べものにならないくらい強力な存在だ。作る手間も省ける上に、世界を救うにはその力が必要だ」
「なっ」
こいつらが、精霊召喚符を作り上げただけじゃなく、今までの事件のかなりの部分で裏にいたっていうのかよ。
「お前らが、お前らが今までの事件、狭間戦役後半や学園都市騒乱に関わっていたって言うのかよ!!」
「そんな小さな事件は覚えていないな」
「てめぇ!!」
『落ち着くべきだと私は考えます、精霊帝』
頭の中にエルブスの声が響き渡る。その言葉にオレは沸騰しそうになった頭があっという間に冷えるのがわかった。
感情的になって勝てる相手じゃない。相手がシンクロ、いや、ユニゾンをしている相手は最強の精霊だ。だから、落ち着かないと勝てない。
『破壊の花弁』を操りながら後ろに下がる。振動は次第に大きくなっており、このままではケツアルコアトルがここに来るのは時間の問題であった。
どうすればいい。この状況で優月を取り返すにはどうすればいい?
「考えているな。ソラを取り戻す方法を。だが、残念だ。お前は今から死ぬ」
男が笑みを浮かべた瞬間、振動が止まった。
『後ろに下がれ! 真柴悠人!!』
普段とは違う言い方をしたエルブスの声が頭の中に響く。オレはとっさに『破壊の花弁』の塊をオレにぶつけてオレ自身を吹き飛ばした。
体勢をすぐさま立て直して地面に着地した瞬間、ちょうどオレがいた場所に壁を突き破るようにしてケツアルコアトルが現れた。
吹き飛ばされた土砂を『破壊の花弁』で弾きながらオレはリリィの手を取る。
「逃げるぞ!」
「でも、この子は」
ケツアルコアトルの子供はリリィの腕の中で震えている。このまま置いていけば死ぬのは確実だ。だから、連れて行く方がいい。
その場合、かなりの確率でケツアルコアトルから狙われるが。本音を言うならどうしようもないな。
オレは小さく溜め息をついてリリィに背中を向けた。そして、『破壊の花弁』で剣を作り出して構える。
「ルカ、ディアボルガ。襲いかかってきたケツアルコアトルを撃退するぞ」
『相手としては不足無し』
『こちらが不足しかないけど』
呆れたようにルカが言うが剣を構えているところを見るとやる気は満々みたいだ。
あの巨体、すれ違い様の一撃しか無理だろう。すれ違い様に一撃で倒し、リリィに被害が無いようにする。うん、不可能だ。
『不可能を可能にするのが人間では?』
口調が戻っているな。
『からかわないでください。精霊帝。あなたかもつ可能性を私に見せてください』
可能性ね。あの時もそうだったな。エルブスはオレの可能性に目をつけたって言っていたし。
『はい。あなたが持つ可能性は異質なものだと私は考えています。だから』
そうだな。ここを乗り切る。そして、優月を助ける。簡単なことじゃないか。
よくよく考えると簡単じゃないのだが、みんながいる以上、負ける気はしない。
ケツアルコアトルは静かにオレを見つめている。オレは不適に笑みを浮かべて『破壊の花弁』の切っ先をケツアルコアトルに向けた。
「来るなら来いよ。オレはオレ達は負けない。どんな相手であろうとな」
『私を前にそこまでの決意があるとは見事』
聞こえてきたのは透き通るような声。いつの間にか、ケツアルコアトルが優しくオレを見ている。
どういうことだ?
『あなたには相応しい。我が子を託すことが』
「おい、何を」
ケツアルコアトルがオレ達に背中を向ける。そして、男達に向き直った。
我が子ということはリリィの腕の中にいるケツアルコアトルの子供がこのケツアルコアトルの子供というわけか。
もしかして、あいつらがやろうとした狙いがわかったのだろうか。
『行きなさい。長くは持たない』
「長くは持たないって」
『彼らの目的は私の体。そのために我が子ルナを殺そうとした。今の私でも、彼らには抗えない』
「まさか、生け贄になるつもりか? そんなことをしてあいつが悲しまないとでも」
『精霊帝。今は彼女の言う通りにしましょう。この場で操られた彼女と戦うのは自殺行為です』
エルブス。お前まで。
『彼女の意志を尊重したいと私は考えています。だから』
「お断りだ」
オレは一歩を踏み出した。ケツアルコアトルがオレを見る。
「そこをどけ。オレが追い払う」
『不可能。今のあなたでは勝てない』
『彼女の言う通りだと私は考えます。だから』
「そんなこと知るかよ!」
勝てないなんてやってみなければわからない。それに、あそこには優月がいるんだ。こんなチャンスは無いのに。
「子を守るために親が犠牲になっていいのか? 違うだろ!? お前ら親子は無事に生き延びないといけないんだ! ディアボルガ、セイバー・ルカ、グラウ・ラゴス、イグニス、レクサス、エルフィン、エルブス。準備はいいな」
オレは一歩を踏み出す。それと同時にエルブスとのシンクロを解除した。
あの男はかなり強い。精霊の力も極めて強力だ。強力な分、制限も多いが一対一ならかなり有利にされるだろう。対抗するには複数を組み合わせるしかない。
出来るだろうか? いや、違う。するんだ。ぶっつけ本番で、周のように。
「シンクロを解除して勝てるとでも思っているのか? そもそも、シンクロをしても勝てないがな」
「それはどうかな」
オレは笑みを浮かべる。ケツアルコアトルはゆっくりと後ろに下がり道を開けた。
出来るかどうかわからない。だけど、成功しなければ意味がない。
「来ないならこちらから行くぞ!」
男が一歩を踏み出した瞬間、オレも踏み出していた。そして、風に乗って男の横まで移動する。
「瞬迅烈火!!」
そして、風を纏ったまま炎を宿した蹴りを放っていた。男がとっさに蹴りを薙刀で受け止める。だが、強烈な力によって加速された蹴りは男を軽々と吹き飛ばしていた。
男が地面に上手く着地して睨みつけている。
ぶっつけ本番だがどうやら上手くいったようだ。
エクストラシンクロ。シンクロ。アルティメットシンクロ。ダブルシンクロに繋がる新たなシンクロの形態。やれば出来るじゃないか。
「それは、なんだ」
男の口調に驚きが混ざる。それにオレは笑みを返した。
「オレ達の絆の証だ!!」
シンクロが新たに進化しました。
悠聖がそれほど強くなっていない感じだからというのと、敵の精霊の力に対抗するための新たなシンクロです。
敵の力は次の話で解説します。