第百二十九話 ケツアルコアトルの巣穴
『ケツアルコアトルは簡単に言うならエンシェントドラゴンとは対極の存在です。エンシェントドラゴンが力を全てとしているなら、ケツアルコアトルは力ではなく速度を全てとしています。最高速度という観点から言うなら幻想種最強だと私は考えます』
ケツアルコアトルが移動する際に使用するとされる洞窟の中でオレとリリィの二人はエルブスからケツアルコアトルについての話を聞いていた。
本当ならここにいるべきではないのだが、オレの体が未だに上手く動かせないのと、ケツアルコアトルが確実に地上を探しているからだ。
獲物を探す際は穴は使わずに探すらしい。
『攻撃、というより補食に関してはかなり特殊な形態だと私は考えています』
「あれは補食というとり空間をえぐり取っていたからな。流動停止によって空間自体を干渉不能にしてなければ」
『今頃ケツアルコアトルの腹の中だと考えます。それにしても、ケツアルコアトルがまさかあのような攻撃を行うとは』
「放電か?」
『はい』
確かに、あれはかなり凶悪だった。放電は流動停止で止めることは可能だ。だが、その場合はどうしても放電する地点、つまりはケツアルコアトルの近くにいかなければならない。
放電された後に止めるのは流動停止では不可能だ。
『ケツアルコアトル自体、未だに生態はよくわかっていません。詳しくわかっているなら何かとやりようはあるのですが』
「ちょっと待て。ケツアルコアトルは幻想種じゃないのか?」
『幻想種ですが?』
「幻想種って神世の時代から存在する神に仕える存在じゃないのか?」
『エンシェントドラゴンやゲルナズムはそうですが、ケツアルコアトルなどの大多数の幻想種は神世から存在する獣。言うなれば神そのものですね』
「頭が痛くなってきた」
オレはどこで勘違いしたんだ?
「えっと、つまりはケツアルコアトルは長い間生きている動物ってこと? じゃ、子供とかいるのかな?」
「いるわけないだろ。幻想種だぞって、リリィ。それ、何?」
いつの間にかリリィはじゃれあっていた。どう見てもケツアルコアトルの小さい奴と。
リリィの右手はそいつの頭を撫でて左手は甘噛みされている。
「獣質にしたらどうなると思う?」
『空間放雷に耐性があった以上、焼き尽くされるかと』
「怪我でもさせたら」
『灰すら残らないかと』
リリィに懐いてくれているからかなり安心だけどさ。
「悠聖、可愛いね」
「どうやって懐かせたんだよ」
「頭撫でただけ」
絶対にそれはおかしい。
オレがゆっくりケツアルコアトルの子供に近づくと子供は甘噛みしていたリリィの手を離してオレに向かってうなり声を上げた。
オレはとっさに後ろに下がるとそいつはリリィの手を伝わって肩に登る。
「悠聖は大丈夫。優しい人だから」
そうリリィが語りかけるとケツアルコアトルの子供はリリィの肩から飛んだ。だが、翼がまだ未発達だからかすぐに落下する。
そんなこいつを守るためにオレはとっさに滑り込んで受け止めていた。
クェ~とこいつが鳴いてオレの頬を舐めてくる。
「めっちゃ可愛いいッス」
「ふふっ、そうだね。でも、この子のお母さんがあのケツアルコアトルかな?」
「可能性としてはな。にしても、可愛いよな。一生撫でたいかも」
「だよね」
あー、癒される。
「とは言っても、一生撫でているわけにはいかないんだよな。この子には悪いけどそろそろ脱出しないと」
「悠聖はもう大丈夫なの? 体、痛いところはない?」
「完全復活、と言いたいところだけど、八割くらいかな。体は鍛えているからそれほど深刻じゃないし。じゃ、そろそろ行かないと」
ケツアルコアトルの子供の頭を撫でて歩き出そうとした瞬間、感じた。
優しい、優しい優月の感覚を。
「リリィ、こいつを頼む」
そう言いながらオレはリリィに向かってケツアルコアトルの子供を投げた。リリィはしっかりと受け取ってその腕の中で抗議の視線を感じるが、今はそんな場合じゃない。
無言で召喚陣を作り出してオレ達を囲むようにディアボルガ、ルカ、グラウを召喚する。すでに現れているエルブスはリリィの隣に移動した。
『どうやら回復したようだな』
「心配かけたな、ディアボルガ」
『ふん。我に言うのではなくレクサスに言うのだな。そして、帰ってきたアルネウラやライガにも』
「わかってる。この空間ではお前の力が頼りだ。だから、頼むぜ」
『承知』
オレは顔を引き締めて身構えた。それと同じくして歩く音が響き渡る。しかも、複数。
そして、優月の気配も近づいてくる。
なんとなく繋がってきた。オレ達とケツアルコアトルをぶつけるのは作戦だったのは正しい。そして、こいつらの狙いはおそらく、
「よぉ。一足先にケツアルコアトルの子供は確保させてもらったぜ」
笑みを浮かべながら現れた一団に向かって声を放った。
大体50くらいのおっさんと優月を大人にしたような女性を戦闘に20前後の女性が2人と20前後の青年が3人。
そして、彼らに囲まれるように優月がいる。
「悠聖」
「元気そうでなによりだ。あんたとも久しぶりだな」
先頭にいる男に向かってオレはニヤリと笑みを浮かべる。対する男はつまらなさそうに鼻で笑った。
「しぶとさだけは一人前か。ケツアルコアトルを差し向けたはずなんだが」
「生憎、ケツアルコアトル程度に喰われるような奴じゃないんでな。さてと、優月を返してもらおうか」
オレは身構えた。対する向こうも20歳前後の男女が身構える。男は身構えない。
「勝てると思っていたのか? 無様に負けているくせに」
「確かに前はそうだったな。だけど、状況が違うならいくらでも勝ち目はあるさ」
前の開けた場所とは違う。それに、今回ばかりは奥の手すら利用させてもらう。
オレは静かにエルブスの手を取った。エルブスは小さく溜め息をつきながらも握り返してくれる。
「シンクロ!」
「レムリア、アレン。やれ」
男の言葉とともに左右から男女一人ずつ飛び出してきた。女性の手には両手に、拳銃にナイフをつけた銃剣。青年の手にも両手に小太刀が握られている。
ケツアルコアトルが通る場所だから広さ的には文句が無いとは言え武器は小さいものを携帯するのが常識だ。
対するこっちはそんなものよりも遥かに小さい。
『破壊の花弁』の輝きが二人に襲いかかる。
エルブスの『破壊の花弁』の操作の仕方は頸線の操作の仕方に近い。『破壊の花弁』も頸線も魔力を通したものであるという共通点があるからだ。
違う点は頸線は最小で魔力によって作られる目には見えないくらいの糸であるのに対し、『破壊の花弁』は花びらのような水晶、つまりはそこそこな大きさがある。
女性が動く。こちらに走り込みながら銃剣の引き金を三連射。計六発の弾丸が放たれる。
頸線を動かすコツはそこにあるということをイメージすること。大きさ、形、姿、必要な魔力。全てをイメージする。
七葉から習ったことだ。だから、それを上手く使い、銃剣から放たれたエネルギーの弾丸を『破壊の花弁』によって弾き返した。
弾丸をリフレクトするコツは優しくすること。真っ正面からぶつけ合っても潰れるだけだから、角度をつけて優しく受け流すんだ。そうすれば、弾丸は上手く跳ね返ってくれる。
親友の言葉を思い出す。あんな雨霰みたいな弾丸の嵐と比べたら六発なんて少ない。
反射した弾丸は的確に距離をつめてきた青年の腕と足を貫いた。
「アレン!」
声を上げた女性に対し踏み込む。女性はすかさず銃剣を構えて突撃してくる。
弾丸が跳ね返されて味方にダメージを与えるなら使わずに近接戦闘に入る。確かにそれは間違ってはいない。
高速でナイフのように振り抜かれた銃剣を『破壊の花弁』で受け流す。どうやら洞窟内だから銃剣を使っているのではなく、最初から銃剣が武器だったようだ。
切り込み方が鋭く、ほんの一瞬の隙をつこうとして弾丸を放ってくる。近距離で放たれた弾丸は受け流すことが難しいので潰すしかない。
浩平なら簡単にビリヤードやらリフレクトやらで跳ね返すだろうけど。
右、左、回転左、右、右、後ろに跳ばれたから前に進む、右、左、左、左、右、回転右。
流れるような動作で斬りかかってくる銃剣を『破壊の花弁』によって最低限の動きで受け流す。右の銃剣を受け流した瞬間に左の銃剣が迫っている。それをすかさず受け流したと思ったら今度は右。
埒があかない。
オレは小さく溜め息をついて前に踏み出した。それに反応するように銃剣がオレの首を狙って振り抜かれる。その切っ先は首に当たる寸前で止まった。
相手が止めたわけじゃない。『破壊の花弁』によって挟み込んだ止めたのだ。
女性の動きが止まった瞬間に『破壊の花弁』によって覆われた腕を女性の鳩尾に叩きつけて吹き飛ばす。
「次は誰が来るんだ?」
「今、慣らしていたな」
男の言葉に笑みを浮かべる。そう。最初から本気を出せば二人を瞬殺することは容易かった。だが、『破壊の花弁』の調子と体の調子を見極めるためわざとゆっくり戦ったのだ。
アルネウラがいたらもっと無双出来るんだけどな。
「さあ、次はどいつが相手だ。はっきり言って、負ける気はしないがな」
「そうか。ならば、偽りの幸福を夢見ながら死んでもらおうか。ユニゾン」
男が隣にいた優月を大人にしたような女性の手を取りユニゾンを行った。そして、その手に薙刀を構える。
「悠聖」
「安心しろ、優月。こいつを倒してお前を必ず救い出してみせるからな」
「うん!」
「余裕綽々か。ならば」
「そうはいくかよ!」
薙刀で斬りかかってきた男に向かって『破壊の花弁』を飛ばす。だが、『破壊の花弁』のほとんどは男に向かう前に動きを止め、何とか動いたものでも少なすぎて止めるに至っていない。
やっぱり、魔力崩壊の力は強力だ。
エルブス。『破壊の花弁』の操作は任せた。
『確かに、私が操作した方が強いと私も考えます』
頼んだ。
エルブスによって作られた『破壊の花弁』の剣を男に叩きつけるようにして振る。だが、男は薙刀でいとも簡単に受け止めていた。
「厄介だな。魔力崩壊の力が作用しない相手は」
「オレには通用するけどエルブスが特別なだけだ。ここでお前との決着を」
その瞬間、大きな振動をその場が襲った。オレと男は同時に跳び退いて振動の原因を探ろうと耳をすませる。
音が聞こえる。何かが突進してくるかのような音が。こんな場所で聞こえるということは、ケツアルコアトルしかいない。
それに気づいたオレ達は顔が真っ青になった。
「「ケツアルコアトルが来るぞ!」」