第百二十七話 樹海の主
巨大な翼。そして、蛇のように長い胴体。小さいながら手はついており、大きな足。そして、全長は40m級。
そんなものが茂みから飛び出して来た。ヨーロッパの伝承にある竜と中国の伝承にある龍を合わせたかのような姿だからどう考えても普通の動物じゃない。
「ちょっ、こんな奴が出てくるのかよ!!」
「知らないわよ!!」
オレはリリィを掴み、冬華は俊也と一緒に委員長を掴み大きく横に跳んだ。先程までいた空間を謎の生物が通り過ぎる。いや、その場所をぽっかりとした空間が出来るくらいに消し去っていった。
思わずリリィと顔を見合わせてしまう。
「悠聖。私の顔を引っぱたいて」
「んな場合じゃないからな!! アルネウラ、ルカ!!」
『わかったよ!』
すかさずアルネウラとルカの二人とダブルシンクロを行い、ルカが持つ背中の翼で大きく飛び上がった。飛んでいる敵相手に飛び上がるのは愚の骨頂ではあるが、今回ばかりは仕方ない。
樹海の中にいる方が相手に倒されやすい。多少の危険は目を瞑らないと。
「奴はどこに」
「上!」
リリィの言葉が響き渡った瞬間、オレはその方向に向かってアルネウラの能力である流動停止を発動させる。だが、空から落ちてくる奴の動きは流動停止でも動きが止まっていない。
とっさに流動停止の目標を変更して相手の突進を受け流す。謎の生物はそのまま地面に激突し、周囲に粉々になった木々と粉塵を撒き散らした。
『悠聖。今』
ああ。お前の力の流動停止が聞かなかったよな? お前の能力が効かない相手とかいたっけ?
『普通は停止するよ。だけど、相手が私よりも上位の存在、幻想種には効かないかな』
つまりはエンシェントドラゴンと同レベルの存在ってことだよな?
明らかに勝負するような相手じゃない。というか、なんでこんな場所にそんな奴がいるんだ。
「悠聖! 大丈夫!?」
オレを心配してリリィが隣まで浮上してきた。まあ、リリィは素で翼を持つから飛翔能力には問題が無いんだよな。
オレと同じように判断した冬華や俊也が空に上がっている。委員長がいないが、おそらく音姫さんが回収したのだろう。さもなくば、俊也はここにはいない。
「悠聖。いま、流動停止を使ったわよね?」
「お師匠様の流動停止で止められないとなると、敵は神に近い存在ですよね?」
「はっきり言って戦いたくないわね」
戦いたくないどころか勝負にならないような気しかしない。だが、ここで戦わないと奴の胃袋の中に収まりそうなんだよな。
左右に飛び退いた時のあれ、多分、空間に喰らいついて呑み込んだはずだ。そうじゃなければああいう風にならない。そうなると、防御はその上から消されると言うことになるよな。
空間に流動停止をかければ回避出来るみたいだけど、優月がいない以上、そう連続して放てない。
それにしても、奴はどこに行ったんだ?
「敵としては最悪ね。本音を言えば戦いたくないわ」
周囲を見渡しながら雪月花を構える冬華。オレは冬華と背中合わせになりながら周囲を見渡す。
動きがない。隠れているのか様子見をしているのかわからないけど、どこから来る?
「移動しているみたいです。音は聞こえます」
すると、俊也が目を瞑りながら答えた。どうやらフィンブルドとシンクロしているらしく、空気の振動に敏感になっているのだろう。
移動しているということは普通なら音がする。だけど、俊也にしか聞こえていないということは樹海の中を走り回っているんじゃない。
「ねぇ、悠聖。私、嫌な考えを思いついたのよ」
「ううっ、私も」
「僕もです」
どうやら全員同じ考えみたいだ。オレ達は乾いた笑みを浮かべ、そして、弾かれたように散会した。それと同時にあの謎の生物である奴が現れる。
地中から。
「やっぱり地中からかよ!!」
奴から距離を取りながらすかさず魔術陣を展開した。五秒間だけ攻撃の威力を上げる魔術だ。すかさずそれを使って奴に向けてルカの能力でもある遠距離への斬撃を放つ。
だが、放った斬撃は軽々と鱗によって弾かれていた。
奴がこちらを見る。その目はまるでオレを貫くかのように鋭かった。
『あれは、まさか』
「エルブス、知っているのか?」
突如として隣に現れたエルブスにオレは尋ねた。相手が幻想種ならエルブスが何かを知っていてもおかしくはない。
エルブスは何回か考えるような仕草の後に小さく頷いた。
『ケツアルコアトル。幻想種の中でもとびきりの強さをもつ守護獣。こんなところにいるのはありえないと私は考えます』
「ありえないならここにはいないだろ。ケツアルコアトルの弱点は?」
『エンシェントドラゴンの二本又は三本角クラス。弱点は物理的な攻撃。ですが、ケツアルコアトルは風の守護獣なので近づくのは自殺行為だと考えます』
ケツアルコアトルが動く。オレはとっさに右に大きく動いた。だが、ケツアルコアトルはオレの動きに反応して喰らいつくそうと飛びかかってくる。
簡単には逃げられない。空間ごと喰らいつくそうとするケツアルコアトルから逃げるるにはあれしかないか。
「ライガ」
だから、オレは逃げずに雷の精霊であるライガを召喚した。そして、とっさにルカとのシンクロを解除しライガとダブルシンクロをする。
すでにケツアルコアトルはすぐ近くまで来ており回避する暇はない。だが、回避はしない。
「痺れろ、『空間放雷』」
だから、紫電を爆発させた。
ライガの精霊の力は下手をすればミューズレアルより凶悪になる能力で、一定空間内で数秒間だけ紫電を撒き散らす能力になっている。
その威力は極めて高く、下手な防御では簡単に崩される上に放電による莫大なダメージを見込める。ただ、対人で使用すれば確実と言っていいほど殺すため対生物で使用したのは今回が初めてだ。
ケツアルコアトルは一瞬にして体の内外問わず焼き尽くされる。オレは小さく息を吐いてさらに後ろに下がった。
「これなら」
ケツアルコアトルが落下する。さすがの幻想種もあの空間放雷には耐えられなかったみたいだ。
『成功』
『うわ、生物相手に使うとああなるんだね。口から煙を吐いているよ』
オレも使っていながら驚いている。案外使えるな。
『案外じゃなくてかなりだよね。というか、幻想種でこれなら生身の人間に使えば』
確実に一撃必殺だな。
『危険』
呑気にアルネウラと話しているとライガの声が頭の中に響いた。
オレはすかさずケツアルコアトルを見る。そこには口を開けて空を向いたケツアルコアトルの姿。
ただし、その口の中には青白い雷が光っていた。
嫌な予感がする。だから、オレはとっさにケツアルコアトルから離れるために大きく距離を取った。
「悠聖、今のすご、きゃっ」
目の前に現れたリリィの腕を掴んでさらに加速する。
冬華や俊也なら単独でも大丈夫だし、委員長には音姫さんがついている。だから、今は逃げ切るしかない。
そう思った瞬間、空間を青白い輝きが満たした。
「あがっ」
体中に強烈な雷撃が駆け抜けてオレは地面に向かって落下する。落下する先に見えるのはぽっかりとオレ達を飲み込もうと開いている穴。
魔力を使っての飛行が出来ない。衝撃を抑えるしかない。そう思いながら魔術陣を作ろうとする。だが、体は動かないし魔術陣も発動しない。
マズい。
そう思うのと同時にオレ達は穴の中へと落下した。
ピチャン。ピチャン。
音が聞こえる。水滴が落下して落ちた時の音。そして、体が揺すられている。
「悠聖、悠聖」
声が聞こえる。だけど、その声はかなり遠く聞こえる。
誰かが呼んでいるのか? それにしても、体中が重い。まるで、鎖で縛られているかのような感覚だ。
「悠聖! 悠聖!」
声がだんだん大きくなる。近づいてきている? 誰が?
「悠聖!!」
オレはゆっくりと目を開けた。そこには目に涙を浮かべたリリィの姿があった。その後ろにはレクサスの姿がある。
「り、リリィ」
「良かった。良かったよ」
リリィがオレの胸に抱きついてくる。一体、何が。
そうしているとレクサスがオレの額に手を当てた。そして、オレに魔術をかけて中を調べたのがわかった。
『神経には異常が無いみたいね。あれだけの放電を至近距離で受けたから警戒はしていたけど』
「良かった。悠聖が私を庇って受けたから心配していて」
『あなたも怪我の程度は低くないことを自覚しなさい。悠聖はもう少し立てないと思うけど』
「アルネウラと、ライガは」
ケツアルコアトルの放電を受けた際、二人とはシンクロをしていた。だから、どちらもダメージは深刻なはずだ。
『二人は強制的に精霊界に戻したわ。本当ならするべきじゃないけど、特にアルネウラはあなたを庇った部分もあったから』
「無事なのか?」
『それは確証するわ。三日もすれば戻ってくる。それよりあなたが危険だから』
体中が重たいのは放電を受けたことによって筋肉が上手く動かせていないだけか。レクサスの診断からすればちょっとは大丈夫みたいだけど。
「それよりも、ここは、どこなんだ?」
「ここは地下の洞窟。多分、あの幻想種、ケツアルコアトルが通る道だと思う」