第百二十五話 懐かしの兄
「では、我らレジスタンスは歌姫様に協力する、ということでいいですね?」
「レジスタンスが政府に敵対していることは知っています。ですが、ファントムやセコッティは無関係な人をも巻き込んでいます。力を貸してください」
「承知しました。さて、堅苦しい話はこれくらいにして」
ゲイルさんがメリルに向かって笑みを浮かべ、そして、深く椅子に座り込んだ。
「久しぶりだな、悠坊。リースやアル・アジフさんは元気か?」
そう言いながら満面の笑みを浮かべた。本当なら不敬罪を適応出来るけど、僕はそれをしないしみんなにも言いくるめている。
僕とゲイルさんは本当に久しぶりだから。
「うん。二人共、元気だよ。まさか、ゲイルさんが生きているなんて」
「俺もかなり不思議だった。まあ、運が良かったんだ」
「悠人。彼とはどこで知り合ったのですか?」
そんな僕達を遮るようにメリルが尋ねてくる。鈴もリリーナも頷いているからすごく聞きたいのだろう。
本当はあまり話したいことじゃないけど、ここはそれを堪えて話さないと。
「えっとね、ゲイルさんは僕が『ES』にいた頃から知り合いなんだ。僕やリースの上、立場的には兄や姉に該当するのかな。近接格闘に才能があるからよく訓練しているのを見ていた。だけど、狭間戦役の最後、中東の『ES』穏健派本部でみんなを守るために亡くなったって聞いていたんだけど」
「俺も生きているとは思わなかった。気づいた時には中東じゃなくてこのレジスタンスの治療室にあるベッドの上。そこで大怪我を負って介抱されてたってわけ。そして、戦っている内にケンゾウからレジスタンスリーダーを受け継いだんだ」
「気づいた時、ということは何らかの影響でゲートが開いたということですよね? その原因はわかっているのですか?」
「んや。全くわかってない。俺にはそういう知識は無かったからな。そもそも、ゲート自体知ったのがここに来てからだ」
あの時は音界なんて存在はあまり知られてなかったからね。有名になったのはエクスカリバーVSアストラルソティスとの戦いの時。
今までじゃ有り得なかった戦いを繰り広げちゃったし。
「にしても、歌姫って美人だよな。こういう奥さんを持っている悠坊は幸せ者だよな」
「ありがとうご「「異論ありだよ!!」」うるさいので静かにし「「静かに出来ないよ」」」
ゲイルさん。どうしてあなたはそこまで修羅場を作りたがるのですか?
僕だって三人が好意を寄せてるのはわかっている。だけど、僕の心にはまだルナの存在がある。だから、まだ駄目だから。
「はっはっはっ。面白いな。ケンゾウは幻滅したか? こんな歌姫様で」
「まさか。歌姫とて人間。恋することもあれば怒ることもある。わかっているのは、心優しい少女ということだ」
「そうだな。こんな純粋な子はまずいないからな。そう言えば、悠坊。今、人界ってどうなっているんだ? 詳しく話して欲しいんだが」
「まあ、いいけど。あまり面白くない話だよ」
そう前置きをして僕は語り始めた。それほど面白くないのは事実で、基本的には学園都市騒乱を中心とする極めて大規模な事件について。
後は、学園生活とか些細な話を含めたちょっとした話。時々、鈴やリリーナの語りも混ぜながらあれからのこと、狭間戦役以降の話をゲイルさんにした。
本当に面白くない話だ。辛い話もいくつかある。特に、学園都市騒乱における話はそうだ。
だが、学園都市騒乱は人界でも類を見ないくらい有名な話だ。おそらく、歴史の教科書に乗るレベル。
僕達が全て語り終わるとゲイルさんは小さく息を吐いた。
「そうか。悠坊は童貞じゃなかったんだな」
「ちょっと待って。いきなり何の話をしているの? そんな話じゃなかったよね!?」
「悠坊だけは魔法使いになると思っていたのに」
「さすがに怒っていいよね!? というか、何を言っているのかな!?」
ゲイルさんは悲しそうに目をこすっている。明らかにバカにされているよね? これは怒ってもいいよね?
すると、メリルが小さく咳払いをして口を開いた。
「第76移動隊は未だに力を貸していただいています。悠人や鈴、リリーナも元はと言えば第76移動隊でした」
「第76移動隊ね。レジスタンスのリーダーをやっている俺からすれば有り得ないことだよな。悠坊もそこに入ってたんだよな」
「うん。『ES』穏健派がなくなるのと同時に第76移動隊に。悲しいこともあったけど、楽しいこともたくさんあったから」
「そうか。にしても、あの悠坊がな。ちっさい頃なんて泣きながらリースと一緒に追いかけて来たのに」
「「「その時の話をぜひ!」」」
「三人はアル・アジフさんから聞けるよね!?」
今、ゲイルさんははぐらかしたような気がする。本当なら別のことを言おうとしていたのにどうしてかわからないけどはぐらかした。
聞こうにもゲイルさんの近くにはメリル達がいるから尋ねられない。
「悠人」
そんな僕にルーイが声をかけてきた。
「ルーイ、どうかしたの?」
「いや、ゲイルがはぐらかしたことを疑問に思ってな」
「ルーイも?」
今の流れは少し不自然だ。何かを言おうとして止めた。一体、何を言おうとしたのだろうか。
第76移動隊が有り得ない的なことだとは思うけど、有り得ないならどうして存在しているのだろうか。
何か隠しているのはわかるけどそれ以上がわからない。
「困っているようだな」
そうしていると、いつの間にかケンゾウの姿があった。
「ゲイルはレジスタンスのリーダーとなってから三年経つが、あいつはリーダーの素質がある。だからこそ、第76移動隊がどれだけ異質かわかったのだろう」
「第76移動隊が異質なのは今に始まったことじゃないのでは? 僕達が出会った時から異常な戦力だったが」
「戦力という意味じゃない。あまりにも幼すぎる。第76移動隊というのは」
確かに、僕が第76移動隊に入った時は平均年齢が満13歳だったしね。そう考えるとかなりおかしい。
「子供は大人が守らなければならない。だが、子供が戦うことになれば、国はお終いだ。本当なら、お前達も戦わない方がいい」
確かにそうだ。今の僕達は年齢的にはまだ幼いけど年齢的には責任が大きくなっている。
第76移動隊が出来た時なんて学園都市に戻ってからは部隊を解散するように自称人権団体が押し寄せてきたからくらいだ。自称人権団体からすれば子供達が戦う前例を作らないようにするためなのだろうけど、そういうのは本人からすれば大きなお世話だった。
その頃はまだ子供だったから選択したことに対する責任は少なかったけど、今はもう完全な自己責任だ。だから、あまり批判はされない。
だけど、第76移動隊が出来た時は違う。
「それが第76移動隊という異質な存在だ。どういう経緯で結成されたかはわからないが、リーダーにとって許容していいものじゃない」
「僕もそう思うよ。だけど、僕達はそれを選択したんだ。戦うことを決めたんだ。みんなで。第76移動隊の最初のメンバーは絶対に後悔していない。確かに、狭間戦役では大切な人を失った人もいる。学園都市騒乱では僕が大切な人を失った。でも、それがあったから僕達は強くなれた。第76移動隊が異質なのはわかるけど、その存在は否定されたくないよ」
第76移動隊は存在しとはいけないのかもしれない。まだ、中学生が世界的に有名な事件に関わったりしたからだ。
それを考えたらない方がいい。だけど、だからと言って僕達を否定されるのは嫌だ。どういう思惑で第76移動隊が出来たかは知らないけど、第76移動隊だから守れたものがたくさんあったから。
「そうだな。だが、これだけは覚えておけ。我らレジスタンスと同じく本来は無い方がいい存在はいつか世界から見放される時がある。その時が来た時、お前達はどうするか、考えておくんだな」
「僕達は選択するよ」
そう、僕達は選択する。例え僕達が世界の敵になったとしても、僕達はちゃんと選択する。それが僕達だから。
「選択か。まあ、いいだろう。これからよろしく頼む」
ケンゾウが手を差し出してくる。僕はその手を握って握手をした。
「よろしくお願いします」
これから世界はどうなっていくんだろうね。