第百十三話 最小限と最大限
銀閃が駆け抜ける。冬華の右手に握られた刀が鞘から抜き放たれ、相対するリリィの持つアークレイリアを狙う。だが、リリィはその銀閃を軽々と受け流した。
すかさず、アークレイリアが静かに空間を裂く。攻撃を受け流した後の無音のカウンター。本来なら反応が遅れる攻撃に相対する冬華は静かに動いた。
振り抜いた刀をすかさず手放し、その右手に雪月花を現出させる。そのまま雪月花はアークレイリアとぶつかり合い、お互いに弾き合った。リリィはとっさに後ろに下がろうとするが、それより早く冬華が手放した刀を左手で掴み弾かれた勢いを利用して振り抜いた。
刀とアークレイリアがぶつかり合い、アークレイリアが空を舞う。リリィはそのまま後ろに下がるが冬華は前に踏み出していた。
雪月花の銀閃がリリィに向かって放たれ、
『そこまで』
アルネウラの声と共に雪月花がリリィの肌を斬り裂く寸前で止まる。ちなみに、服は斬り裂いている。
「反撃はとても良かったわ。凡人クラスなら通用していた」
「無音だったんだけど。反応されにくいタイプの」
「音姫なら気配でわかるわ。私の場合は視界に捉えていたから。雷魔術とは少し違うけど、脊髄反射に近いことが出来るから」
「もういいです。ああ、もう。一日たったのに強くなった気がしない!」
『一日で強くなるなんて高望みしすぎじゃないかな?』
アルネウラが苦笑しながら答える。
確かに、一日で強くなろうとするのはどう考えても高望みしすぎだ。だが、リリィは今日を含めて二日で強くならないといけない。そう考えると無理もない。
だが、リリィもそれがわかっているのかアルネウラの言葉に軽く肩をすくめた。
「わかってる。高望みでも何でも、私は強くならないといけないから。アークレイリアと一緒に」
『そうだね。私にももう少し力があれば、きっと優月は』
「辛気臭くならないでくれる? 私まで気が滅入ってしまうわ。それに、敵があの敵なら仕方のないことじゃないかしら?」
そう言いながら冬華が雪月花を空高く投げる。そして、落ちてきた雪月花の柄を掴んで鞘に収めた。
「精霊の能力から言って優月の上位存在でしょ? いくら、アルネウラが能力を強化出来ると言っても、上位の精霊には通用しないんじゃないかしら」
『いや、まあ、そうなんだけどね。悠聖の精霊の中で私が群を抜いて弱いから。もう少し強くなればって思う時が多々あるんだよ』
「強さだけが全てじゃないものね。ともかく、このままだと間に合わないわね」
「それには同意。このままじゃ間に合わないから、もっと訓練をしないと」
「訓練だけで簡単に強くなれるなら誰だって強くなると思うけどな」
その言葉にリリィは不満そうな顔になって振り返った。そこにはアークベルラを肩に担いだリリーナとダークエルフ用のパワードスーツを改造したと思われる着込んだ悠人の姿があった。悠人の手には大型エネルギーライフルが握られている。
「来たわね。もう少し遅くなると思ったけど」
「いやー、悠人やルーイが強すぎて私の出番がほとんどなかったよいうか。ともかく、軽く手合わせしようか」
「手合わせ? 一対一で?」
「ううん」
リリーナが首を横に振った瞬間、背後で刀が抜かれる音が響いた。その音にリリィが振り返ると、そこには雪月花を抜き放った冬華の姿がある。
背後にはアークベルラを持ったリリーナと大型エネルギーライフルを持つ悠人。前には雪月花を構える冬華。嫌な汗がリリィの額を流れる。
「三対一だよ」
背後でリリーナが地面を蹴る音がする。リリィはとっさ振り返って大きく横に飛んだ。リリィがいた位置にリリーナが振り上げたアークベルラが突き刺さる。とっさに地面を蹴ってリリーナに切りかかろうとするが、それより速く冬華が距離を詰めてきた。
リリィはすかさずアークレイリアを構えて、大きく後ろに跳んだ。
アークレイリアを狙ってエネルギー弾が通り過ぎる。リリィが視線を向けると、そこにはパワードスーツと繋がった配線をもつエネルギーサーベルを持った悠人がおアワードスーツのブースターを利用して距離を詰めてきていた。
前は冬華。横は悠人。判断は一瞬。
リリィは悠人に向かって地面を蹴る。振られたエネルギーサーベルをアークレイリアで受け流しそのまま肘を顎に向かって放とうとした瞬間、天地がひっくりかえっていた。
何が起きたかわからないリリィの目の前に悠人がエネルギーサーベルを突きつける。
「チェックメイト、だね。というか、今のを僕はよく反応できたよね」
「無意識だったのね。あまりに綺麗だったから狙ったものだと思ったけど」
「何が起きたの?」
地面にひっくり返ったままリリィが冬華に尋ねる。冬華は苦笑しながらリリィに手を伸ばした。リリィはその手を掴んで起き上がる。
「アークレイリアでエネルギーサーベルを受け流された瞬間に悠人はエネルギーサーベルを手放した。そのまま二の腕の部分の服を掴みながら足を払ったってわけ」
「動き、見えなかったんだけど」
実際、傍から見ていたアルネウラやリリーナは口をぽかんと開けて驚いている。それはそうだろう。
今の悠人の動きを傍から見ていたなら、
1.アークレイリアによってエネルギーサーベルが受け流される。
2.すかさずエネルギーサーベルを捨てる。この時にはリリィは悠人の顎を狙って踏み込んでいる。
3.腕の補助スラスターが開き加速した腕がリリィの二の腕の部分にある服を掴む。
4.スラスターとブースター&身体強化を最大限まで使用した足がリリィの足を刈り取った。
ちなみに、1から4まで0.2秒も過ぎていないくらい早業だった。パワードスーツを着ているなら普通は出来ない芸当だが。
「まあ、上手くいったからよしとするわ」
「上手くいった?」
リリィは眉をひそめる。それに冬華はクスッと笑った。
「今の悠人の動きはどうだった?」
「見えなかった」
「普通はそうよね。でも、普通に相対したら対応出来ない動きじゃないわよ」
その言葉と共に冬華が動く。対する悠人は後ろに下がりながら最大限の加速で蹴りを放った。しかし、それを冬華は軽々と受け流し、受け流された悠人がすかさず回転しながらまた蹴りを放つ。
今度は冬華が受け止めて素直に雪月花を振った。だが、雪月花は驚異的な加速で振られた悠人の腕が弾く。
「さすが冬華さん。上手く入ったはずなんだけどな」
「悠人はまだまだ近接戦には甘いわよ。とは言っても、パワードスーツを着てその機動力は破格を通り越して化け物だけど」
「えっと、どういうこと?」
リリィがわけもわからず尋ねる。すると、リリーナがこれ見よがしに大きな溜め息をついた。
「最小限の加速でも最大限の状況で使えば最高の結果を生み出す。そんなことも理解出来ないの?」
「むかっ。なんであんたにそんなこと言われなきゃいけないのよ!」
「それはあんたがバカだからだよ!」
「バカって言う方がバカなの! バーカバーカ!」
『あのさ、少しは仲良くしないの?』
「「無理!」」
声が重なったことが気にくわないのか二人は同時にそっぽを向いた。それを見る悠人と冬華はお互いに苦笑している。
「悠人の戦い方は最小限の力を最大限の状況で最高の力に変える戦い方よ。強さは元からある潜在能力と戦い方によって大きく変わる。どちらが必要かは人によっては違うわ。音姫は前者、周は後者って具合にね。あなたは潜在能力もまだ開花していない。アークレイリアもそれは同じ。だからこそ、戦い方を学んで欲しいの」
「最小限の力を最大限の状況で最高の力に。うん。やって見る。もう一度手合わせをお願いします」
「じゃ、行くわよ」
冬華の言葉に悠人、リリーナが距離を取る。対するリリィはアークレイリアを構えた。そして、四人が動き出す。リリィが圧倒的に不利な、だけど、潜在能力を引き出しつつ戦い方を身につける訓練を行うために。
「盗み見とは暇なことをしてるな」
その言葉にリリィの訓練の様子を盗み見ていた人物はすかさず純白の剣を抜き放とうとした。だが、それより早くその人物の前にレーヴァテインが突きつけられる。
レーヴァテインをその人物に突きつけた光は目を細めた。
「うちが聞いた話やったらレジスタンスに戻ったって聞いたけど、聞き間違いやったんか?」
だが、相手は答えない。
「まあ、あんたがいたら戦力は増強やから嬉しいけど、しつもええか? あんたはどうして」
光は静かにレーヴァテインをいくつも増やした。
「殺す気で見てたん?」
そう、目の前の人物、ミスティーユ・ハイロスに尋ねた。