第百十二話 因縁
「帰ってきたようじゃな」
その言葉と共に頭上を走るアロンダイトを見上げるアル・アジフ。アル・アジフは笑みを浮かべながら風でたなびく前髪を押さえた。
アロンダイトが基地に行くのを見送りながら、唐突にアル・アジフの表情が不機嫌になった。それと同時にアル・アジフがいる場所の近くに誰かが降り立つ。
「やあ、探したよ。まさか、民家の屋根に座り込んでいるなんてね」
アル・アジフはゆっくりと振り返った。そこには白いゴスロリ服を着込んだ正の姿があった。正は笑みを浮かべながら屋根を伝って歩き、アル・アジフの隣に座る。
「そなたか。風の噂では天界に向かったと聞いたがの?」
「やるべき用事、いや、聞かなければならないことがあってね。それに、孝治とは現地集合だよ。アルペルタ島東地区第七区画八番一号でね」
「聞かなければならないこと、か。そなたが一番理解しているのではないかの?」
「僕は文面で理解していただけだよ。僕の時は今回と同じように大部分を人界にいたからね。それに、時期が違いすぎる」
真剣な表情で語る正にアル・アジフは軽く肩をすくめた。そして、ゆっくりと立ち上がる。正も同じように立ち上がろうとするが、アル・アジフはそれを手で制した。
座りながら肩をすくめた正はそのまま足を延ばす。
「我とて多くのことを語れるような状況ではない。じゃが、そなたに対する明確な解答なら我は一つ持っているぞ」
「何だい?」
「創世計画」
その言葉に正は不思議そうに首を傾げた。その仕草でアル・アジフは全てを理解する。
「やはりの。この言葉はアル・アジフに記された言葉じゃ。アル・アジフにはあらゆる魔術が記録されている。それは瞬時に使うことも出来れば、その魔術が関係する事柄をも知ることが出来る」
アル・アジフ自体は魔術を自動的に記録する装置だ。ただ、その魔術に関するエピソードも記録されるため、全く魔術が使用されなかった出来事以外ならアル・アジフを見るだけで歴史の流れを把握することが出来る。
それに、魔術が使われなかった出来事はかなり少なく、それが新たに作られた魔術ならアル・アジフは事細かく理解することが出来る。
「創世計画。聞いたことがない言葉だよ。もしかして、それは慧海や時雨が隠れて動いていることに関係があるのかな?」
「創世計画は内容だけなら凄まじい計画じゃ。下手をすればそなたが目指した未来よりも遥かに作り込まれた完璧な計画。だからこそ、我は干渉せぬ」
「アル。君は何を知っているの? それは周の未来に関係があるの?」
「我は答えぬ。その答えを必死に探すのがそなたらの目的じゃろ? じゃが、創世計画を我は気に食わぬ。何より、周が確実に反対する。少々喋りすぎたようじゃな」
そう言いながらアル・アジフは笑った。そんなアル・アジフを真剣な表情で見ていた正はフッと肩の力を抜く。そして、苦笑した。
正も本当は詳しい話を聞きたいだろう。だが、アル・アジフはまるで母親のように正を見ている。だから、正は聞くのを諦めた。
「天界に行くのを止めようかな」
「じゃが、そなたは天界に行かなければならないと思っているのじゃろ?」
「そうだね。とりあえず、アルには伝えておくけど、今回の天界の動きはあまりに歪だよ」
「我もそう思っていた。意思疎通が出来ていないと最初は思っていたが、どうやら違うようじゃしの。意思疎通が出来ていなくても、後から動いた者が足並みを合わせたらいい。なのに、後から来た天王マクシミリアンは前の戦いで敵対した。天界の勢力であるはずの機体と」
内紛を起こしている。と言うだけなら簡単だ。前の戦いを見てもそう見えるのは間違いない。だけど、レジニア峡谷とフルーベル平原の戦い。この二つはそうは言えない。
レジニア峡谷では悠人がエクスカリバーに乗ってストライクバーストと激しく戦い、フルーベル平原ではダークエルフに乗った悠人がまたもやストライクバーストと戦った。それなのに、前の戦いではこちら側の味方をしたように思える。
あのディザスターが天王マクシミリアンの差し金ならば、破壊されたパーツを砕く作業にストライクバーストが関わったことがおかしくなる。
「創世計画を気にはなるけど、どうせ周が答えを出してくれそうだね。僕はそちらを探すとするか。問題は、天界に行く方法だけど」
「そなたなら簡単に行けるのではないかの?」
「それが、昔侵入しようとして見つかってね。それ以来、天界に行くのを止めていたから。今回ばかりは最大限まで力を使って侵入しなければならないけど」
「無理をするではないぞ。そなたが傷つけが悲しむ者もいる」
「そうだね。だけど、盗み聞きするような奴でも悲しむ人はいるのかな?」
その言葉と共に正はレヴァンティンレプリカを引き抜いて立ち上がった。アル・アジフはすでにアル・アジフを開いている。
二人が見る視線の先にある空間が揺らいだと思った瞬間、そこから長い青い髪をした耳の長い水晶の翼をもつ女性、エルブスが現れた。二人は静かに腰を落とす。
「よく見つけましたね。今のは本気で気配を消していたと私は考えます」
「そうじゃな。今の気配の消し方は賞賛に値するレベルじゃ。じゃが、元から気配が高いなら、どれだけ隠そうと気配は出る」
「視覚聴覚嗅覚触覚の全てから隠れるようにしていても、そこにいることは隠せない。そうじゃないかな?」
「そうだと私も考えます」
アル・アジフが静かに魔術を展開する。それに対抗するようにエルブスも水晶の欠片を浮遊させ、そして、世界の時が止まった。
二人が慌てて周囲を見渡すと、そこには呆れたように溜め息をつく正の姿があった。
「二人共、今戦えば街は無事で済まないって理解している? 理解していないなら相当にバカだよね?」
「正、止めるではない。こやつとは決着をつけねばならぬのじゃ」
「同感だと私も考えます。あなたは危険人物であり、野放しにしておくのは」
「二人は相当にバカだね。なんなら、僕が相手になるよ」
そう言いながらレヴァンティンレプリカと聖剣を構えた。その尋常ならざる雰囲気にアル・アジフもエルブスも正を警戒してしまう。
世界と時を切り離す結界を展開している以上、強さでいうならかなり落ちるだろうが、真っ正面からやりあえば戦うのは辛いと暗に示しているかのようだった。
アル・アジフは魔術書アル・アジフを閉じる。対するエルブスも水晶を翼に戻した。
「僕は詳しく知らないけど、どうやら二人には因縁があるようだね。軽く話してくれないかい?」
「話すわけにはいかない、と言いたいところじゃが、そなたなら秘密裏に介入していてもおかしくはないしの。昔、我とこの者は本気の殺し合いをしたことがあっての、それ以来の因縁じゃ」
「あなたがいたから私は間に合わなかったと私は考えます。ですから、今ここで」
「だから、止めなよ。今は仲間じゃないか。君達にどんな因縁があるかはわからないけど、それは今、殺し合いをしてみんなの戦いを邪魔してまでする価値のあるものなのかい? もし、そうなら、僕は戦うことは否定しない。だけど、止めてみせる」
正の言葉に二人が溜め息をついた。そして、呆れたように正を見る。二人の視線を受けた正はキョトンとしながら突っ立っている。
「そなたという者は」
「バカだと私は考えます」
「心外だね。でも、戦うつもりはないみたいだね、良かった」
レヴァンティンレプリカと聖剣を鞘に戻す。
「そなたはやはり同じじゃな。一つ気になったのじゃが、遺伝子の違いは男か女だけかの?」
「私に聞かれても答えるのは難しいと判断します。例え、私の様な神であっても生命を司る神ではないのでわかりません。ただ、海道周が量産されるのではないかと私は考えます」
「量産型海道周じゃな。それはそれで面白そうじゃが。ん? 呆けた顔をしてどうかしたのか?」
「いや、僕の正体を知っていたの? アルはともかく、エルブスは」
すると、二人は何をいまさらという風な顔になっていた。それに正は苦笑してしまう。
「そなたの正体を気づいているのは数少なくないぞ。それに、我は聖剣についての知識もあるからの? 我からすればどうしてばれていないと思ったのかが不思議じゃが」
「僕は、いや、僕達が馬鹿だからかな? そう考えたら納得できるし。まあ、いいや。ねえ、エルブス。君に一つ聞きたいことがあるんだ」
「何でしょうか?」
正は少しだけ目を細めた。
「君は、死ぬつもりなの?」
その言葉にアル・アジフがかすかに目を見開いてエルブスが楽しそうに笑みを浮かべる。
正は何かに気づき、アル・アジフはその言葉を聞いて心底驚いているようだ。張本人のエルブスはこの事態を楽しんでいる。
「さあ、どうでしょう。一つ言えるのは私達も今回が最後だと考えています。そのために、私が使える最後の切り札を切る。ただ、それだけですよ」
「なるほどね。そうか。君達はもう、繰り返す力がないのか」
「そうじゃな。どう考えても、この世界が最後の戦い。そう考えていいみたいじゃな」
「そういうことです」
三人が笑い合う。そして、エルブスが水晶が砕けるように細かな破片となって消え去った。それを見たアル・アジフが小さくため息をつく。
「そなたはどこまで歴史を遡っているのじゃ? もしかして」
「魔術の始まりから、かな。アル。僕は予定通り天界に向かうよ。面白い話もいくつか聞けたしね。でも、世界はどこに向かっているのかな?」
「神のみぞ知る、と言いたいところじゃが、その神ですら知らない未来を歩んでいるからの? おそらく、周のせいでの」
「そうだね。それじゃ」
正の姿が消える。その原理を知っているアル・アジフは驚くことなく消える様を見ていて、そして、軽く肩をすくめた。
「どうやら、因縁は封じなければならぬようじゃな。さて、悠人のところに向かうかの」
そう言いながらアル・アジフは魔術書アル・アジフの上に座り込んだ。
アル・アジフとエルブスの因縁に関して書くのは多分、十年後ぐらいですかね? どうなるかはわかりませんが。ともかく、別作品で書く予定です。