第百十一話 灰の民
「『灰の民』?」
孝治が不思議そうに刹那を見る。刹那は軽く肩をすくめて首を横に振った。
「天界の歴史に詳しくはないッスから。一応、敵ですし」
「お兄ちゃん達はどこに住んでいるの? 僕達を知らないなんてお兄ちゃん達はニートのひきこもりなんだ」
「そうじゃない。そうじゃないから。私達は人界から来たの。ちょっと天界を調べに」
普通は本当のことを言わないが事態が事態だし知られずに行動するのは難しいとルネは判断したのだろう。孝治と刹那も異論はないようだ。
だが、少年には場所がわからないようで首をかしげている。対する少女は何かに気づいたように目を見開いた。そして、孝治に強く抱きついた。
「ニーナ、大丈夫か?」
ニーナと呼ばれた少女がフルフルと首を横に振って強く抱きついている。対する抱きつかれた孝治は呆れたように溜め息をつきながら運命を鞘から抜き放った。
その行為に息を呑む少年。そんな少年をルネは強く抱き締め、そして、全員が一斉に飛んだ。それと同時に大量のエネルギー弾がさっきまでいた場所に突き刺さる。
「な、何が」
一人事態を理解していない少年が声をあげるが、三人の行動は迅速だった。
刹那すかさず巻き上がった粉塵を紫電で吹き飛ばし、孝治が空中でルネにニーナを渡す。そして、すぐさま弓を構えて矢を放っていた。
二人を受け取ったニーナは地面に着地して二人を下ろし、マントをかける。
「ここで静かに。一応は結界を作るけど万が一があるから」
「上から来たッス!」
刹那の声に全員が空を見上げると、そこにはドラグーンの姿があった。ドラゴンに乗った竜騎士、に見えるが、実際はワイバーンに乗った竜騎士である。
ルネがすかさず武器を取り出す。取り出したのは小型のナイフ。それを上空から迫るドラグーンに向かって投げつけた。だが、ドラグーンは寸前で軌道を変える。それだけでナイフは当たらない。だが、ルネは笑みを浮かべていた。
「ショット」
ルネの声と共にナイフが不自然に軌道を変え、ドラグーンに突き刺さる。だが、相手にさすがというべきか、ワイバーンにも竜騎士にもナイフが突き刺さった状況でありながらドラグーンは必死に飛行して森の向こうに消えていく。
普通なら落ちるものだがさすがだろう。そう感心していたルネの近くにエネルギーライフルを構えた純白のフュリアスが着地する。純白のフュリアスはエネルギーライフルの銃口をルネに向け、両腕が地面に落下した。
もし、パイロットがルネをよく見ていたならエネルギーライフルの引き金は引かれていただろう。何故なら、ルネはほんの少しだけ薬指を動かしていたから。
「はいっと」
そんな軽い声と共にルネがその場で一回転すると、純白のフュリアスの頭が落ちた。そのままルネが事前に張り巡らせていた頸線を回収する。
「敵の強さはそれほどだが、よく鍛えられているな」
孝治が弓を虚空に戻す。それと同時に飛行していたはずの純白のフュリアスが全て地に落下した。
あっという間の出来事。ほんの数秒で制圧してしまった。
「移動する方がいいな。全員、俺に掴まれ」
「何をするつもり?」
孝治の言葉に意味がわからず首を傾げるルネに孝治はニヤリと笑みを浮かべた。
「ゲートよりも確かな移動手段があるのさ」
天界の中でも極めて大きな六角形の建物。その中で慌ただしく動き回る翼を持つ人や天魔達。その誰もが焦ったような表情をしていた。
「ゲートからの侵入は無かったのか?」
「侵入者は忌むべき翼を持つらしいぞ」
「負傷者は100。ネメシスは七機撃墜された。ドラグーンにも負傷者が出たらしい」
現状を知らせる言葉が飛び交う中、アーク・レーベは一人でベンチに腰掛けていた。そして、動き回る仲間を見ながら笑みを浮かべている。
「クロノスが持ち出されたから帰ってきたものの、まさか、そういうことをするとはな」
楽しそうに笑みを浮かべながらアーク・レーベは目を瞑った。そして、フッと笑いながら言葉を投げかける。
「聞きたいことがあるのか? 聖天神レイリア」
だが、アーク・レーベの周囲には誰もいない。いないはずなのに、アーク・レーベの周囲から声が発せられた。
「気づいていましたか。アーク・レーベ様」
「様はよせ。同じ五神衆だろ」
「アーク・レーベ様はアーク・レーベ様です。ですが、アーク・レーベ様はあまりに落ち着いている。どうしてですか?」
その言葉にアーク・レーベは笑った。そして、空を見上げる。
「ライバルを見つけたからだな」
「はい?」
聖天神レイリアが不思議そうに首を傾げる。それにアーク・レーベは楽しそうに笑みをさらに深めた。そして、ベンチから立ち上がって大きく伸びをする。
「クロノスが動かされていることに疑問を持って戻ってきたが、まさか、こういう事態になるとはな。風霊神セルゲイと水精神カムニル、雷鳴神フレイアの収集を。少し、面白い話をしたい」
「わかりました」
その言葉と共にアーク・レーベの周囲だけに静寂が戻る。だから、アーク・レーベは口を開いた。
「花畑孝治。お前のために少し時間を稼いでやる。だから、真実を見つけろ。話はそれからだ」
そう、聞こえない言葉をライバルに向かって放った。
森の中にある小高い丘に掘られた洞窟。暗闇で何もないはずの空間に突如として迷彩色の塊が現れた。まるで、影の中から現れたかのように。
迷彩色の塊はもぞもぞと動き、迷彩色のマントを脱ぐ。
「これが『影渡り』ッスね。夜がつよいわけッスよ」
「逃走するにはもってこいの能力ね」
そこから現れたのは孝治達。身を縮こまらせていた二人が大きく伸びをする。
本来、孝治が持つレアスキルの『影渡り』は複数が同時に移動出来るものじゃない。だが、孝治はオリジナル魔術で即興のゲートを作り出すものを先程開発した。つまり、それを応用したのだ。
孝治はフッと笑みを浮かべる。
「俺は天才だからな」
「あー、はいはい」
ルネが呆れたように言葉を返すが孝治はすぐに二人の少年少女を見た。二人はギュッと孝治にしがみついている。
「もう大丈夫だぞ」
「だ、大丈夫? あれ? ここは」
少年が周囲を見渡す。どうやら数瞬で場所が変わったことに驚いているようだ。だけど、少女、ニーナは無言で孝治を見ている。
そんなニーナの頭を撫でて孝治はゆっくりその場に座り込んだ。
「さて、お前達の事情を話してもらおうか。俺達が追われる予定だったのは最初からとは言え、お前達が追われていたことが気にはなる。一体、何をしたんだ?」
不安そうにニーナを見る少年にニーナはゆっくりと頷いた。そして、孝治からゆっくり離れる。
対する孝治は優しい目でニーナを見ていた。
「私は『灰の民』の巫女、ニーナです。私とツァイスの二人は『灰の民』の現状を天王マクシミリアンに訴えるために旅をしていました」
「だけど、僕達『灰の民』はそう簡単に旅が出来るような種族じゃないから、見つかって追われて」
「ちょっと待った。私達は『灰の民』についてよく」
「翼だな」
孝治はそう言いながらニーナの翼を触った。灰色の翼を触られたニーナはビクッとなるがされるがままになる。
「黒の翼は忌むべき翼。それが天界の考えだ。純白であればあるほどいいとされるこの世界で黒が混じった灰色は忌避されるものの一つだろう。そうじゃないか?」
「はい。私達は黒が混じった翼のために災厄の種族とされ隔離されています。ですが、今はその隔離されている地域で異変が起きて無理を承知で行動したのですが」
「見つかった、というところか。刹那、ルネ。俺はこいつらについて行こうと思う。お前達はどうする?」
その問いに二人は呆れたように溜め息を返した。
「わかっている癖に。そもそも、私達は単独行動を出来るスキルなんて持ち合わせていないの」
「そうッスよ。だから、共に行くッス」
「だそうだ。俺達も同行していいか?」
「はい。ですが、一度私達は『灰の民』の居住地に戻ります。それでもいいなら」
「大丈夫だ」
孝治の言葉に続くように刹那もルネも頷いた。それにニーナがホッと安心したように息を吐いた。
「では、行きましょうか。ここからそれほど遠くはなさそうですし」