第百十話 天界
ここから天界の話、孝治を主人公とした話がちょくちょく入っていきます。
天界。そこは天に地が浮かぶ世界。
天界に住む種族はそのほとんどが翼を持ち、翼を持たない種族は極一部とされている。それほどまでに翼の存在が必要とされている世界。
その世界に孝治の姿があった。正確には孝治とルネに刹那の姿が。三人共に迷彩柄のマントで身を隠している。
「本当に参っているッスよ。まさか、こういう事態になるなんて」
「それは同感だ」
「同感って。全くそんな感じに見えないのは私だけかな? 君のせいでこういう状況になっているのに」
「静かに」
孝治が小さく声を呟いた瞬間、周囲から何かが向かってくる気配がする。そして、通り過ぎた時、三人は同時に溜め息をついていた。
通り過ぎたものを見たからだが、誰もが顔を強ばらせている。
「天界の特殊部隊であるドラグーンッスね。そんなにたくさんいるわけじゃないッスけど、これは天界にいることを見つかったと思った方がいいッスね」
「だな。大丈夫か?」
孝治はマントの中に語りかけた。正確にはマントの中にいる女の子に対して。ルネもマントを開くとそこには男の子の姿。
二人共、灰色の翼を持っている。
「お兄ちゃん達、追われているんだよな」
「そのようだ」
「うわ、他人事」
ルネが驚いたように孝治に声を上げるが、孝治は男の子の頭を軽く撫でた。
「だが、お前達も追われていたな」
「うん。だから、お兄ちゃん達にお願いがあるんだ。僕達を、『灰の民』を助けて欲しい」
「『灰の民』?」
聞いたことのない名前に孝治が眉をひそめる。それに男の子が頷いた。
「お願い。お兄ちゃん達が頼りなんだ」
そう言って懇願する男の子にルネは呆れたように溜め息をついていた。
隠れて天界を行動していたはずの三人がこうなったのは少し時間を遡らなければならない。そう、それはまだ音界にいた時のこと。
レジニア峡谷付近の森。そこでは前に孝治達が謎の勢力と天界の勢力と戦った場所。謎の勢力はセコッティの陽動だと言われているが未だにはっきりしてはいない。その森の中に孝治とルネに刹那の姿があった。
「こんなところで何をするつもりッスか? 天界はここからじゃ行けないッスよ」
刹那の言うように天界へのゲートは空にある。一方的に天界から地上に来ることは可能だが、逆に、地上から天界に向かう方法はないため天界に向かうには空のゲートを使うしかない。
だが、孝治はこの森に来ていた。ルネと刹那は勝手についてきただけ。だからこそ、意味がわからなかった。
「刹那はいいのか? 今から向かうのは天界だ」
「いいッスよ。アーク・レーベとは一度だけ本気で戦いたかったッスから。広大な空を持つ天界なら正々堂々戦えるッス」
「そうか。なら、ゲートを開く」
「ちょっと待った。君、常識を知らないの? ゲートは特殊な装置が必要で、上から下に下る一方通行ならともかく下から上に上がる移動は出来ないってことを」
「知っているさ」
孝治はそう言いながら運命を地面に突き刺した。
「だが、それが不可能だと誰が言った?」
「いや、それは世界の常識」
「常識を考えるなら魔術というものこそ非常識だ。イメージを固定化させる。言うならば考えた概念を作り出す力は世界の理から見てもおかしいのは自明の理。だが、それは当たり前に出来るからこそ誰も疑うことはない」
簡単に言うならいくら原理的に非常識なことでも日常で使っていたならいつしか常識に変わってしまうということだ。
「ならば、そんな非常識を俺が常識に変えればいい」
「簡単に言っているけど凄く難しいことだね?」
孝治がルネと世界の二人に迷彩柄のマントを渡してくる。二人共素直に身につけるから大きな不満はないようだ。
孝治は運命の柄を握り締めた。
「周はオリジナル剣技を作り出した。ならば、俺はオリジナル魔術を作り出さなければならない」
「いや、簡単に言っているけど、ゲートは座標と座標を合わせなければならないから。世界と世界が違うだけで座標を合わせるって、えっ?」
ルネが絶句していた。隣の刹那も固まっている。何故なら、孝治の目の前にはゲートが出来上がっていたからだ。
本来ならありえないという状況。それに孝治は満足そうに笑みを浮かべる。
「ゲートを作り出すのは難しい話じゃない。今の地点と向かう地点の二つの座標を把握する。たったそれだけのことだ」
「いや、普通は無理だから」
「それはゲートという本質を理解していないからだ。そもそも、ゲートは世界と世界を移動する。座標を合わせる際に必要なのはx軸とy軸にz軸の数値。だが、これはゲートが違う世界でありながら同じ位置に位置しているとした場合の座標だ。ならば、正しい座標を入力することで、ゲートは違う世界で違う場所に作り出せるのではないかと思ったのだ。つまり、x軸とy軸にz軸という三つから場所と場所を指定するw軸としておこうか。それを加えることで導き出される座標こそが本来の座標であり、それを導き出すことによってゲートは新たな力を作り出す。何か質問はあるか?」
「全く意味がわからないということがわかった」
「理解出来ないッスね。これが周の世代で三強にはいる天才ッスね」
「いや。一応君も天才の一人だから。若手で魔王の後継者でしょ。私なんかと比べ物にならないや」
そう言いながらルネは呆れたようにため息をついた。そういうルネも世界的に有名な一人なのだが、そういうことに関しては誰もが一番自分のことがわかっていない。
孝治は運命を鞘に納めてゲートをくぐろうとする。だが、それをルネと刹那の二人が慌てて肩を掴んで止めた。
「何だ?」
「いや、自分が何をやっているかわかっているッスか? 今から天界に行くんッスよ。もう少し準備と言うものを」
「大丈夫だ。問題ない」
「問題だから言っているんじゃ無いッスか」
刹那が呆れたようにため息をつくが、孝治は自信満々な表情で笑みを浮かべている。
「そうだな。だが、天界に言っても静かに行動すれば見つかるのは時間がかかる。それに、ゲートは自由に作り出せる。時間を稼いでもらっている間にな」
「なるほど。君の考えはわかった。でも、行く時は声をかけてね。準備できないから」
「そうか。なら、行くぞ」
「そう言う問題じゃないんだけどな」
ルネが呆れように歩き出した孝治を追いかけるようにゲートに体を入れた。その後を刹那が追う。
三人は一瞬の浮遊感を感じて、そして、急速に落下する。
「へっ?」
ルネが変な声を上げるが三人共すかさず飛翔した。孝治は漆黒の闇の翼を作り出して、刹那は紫電を体に纏わせて、ルネは黄色に光る光の翼を作り出して。
「光の属性翼か。珍しいものを持っているな」
「そうかな? 楓も持っているけど」
「光の属性翼は珍しいッスよ。魔界じゃ絶滅危惧種ッスから。それにしても」
刹那は周囲を見渡した。それと同時に孝治とルネの二人も周囲を見渡す。
眼下に見えるのは海。大きな大きな、それこそ360°地平線しか存在していいない大海原が広がっている。しかも、透き通った綺麗な蒼。周囲に島があればそこはバカンスを楽しむ場所となっていただろうというくらい綺麗な海だった。
ルネはそれに勘当したのかぽかんと口を開けているが孝治の表情は違う。むしろ、孝治は地上ではなく空を見ている。
「なるほどッスね。天界。確かにその名前にふさわしい世界ッスね」
「どういうこ」
ルネの言葉が止まる。それは、ルネが空を見上げたから。空に浮かんでいるのは大地。そう、空に浮かぶ島。浮島と言う表現が正しいかもしれない。それが頭上にいくつもあった。
地平線を見渡しても何もなかったのは上空に存在していたからだろう。
「確かにこれは、翼が必要不可欠な世界だな」
「そうッスね。とりあえず、これからどうするッスか? このままだとよくわかるッスよ」
「このままあの浮島に向かおう。俺達が目指す場所はそこだ」
「そういうことは言ってられないかもしれないわ。ほら」
ルネが指さした先。そこには純白の大群が迫っていた。孝治が弓を構える。
「見つかったか」
「距離がありすぎるッス。このままより速く飛翔して距離を取れば大丈夫なはずッス」
「だったら、すぐさま行動に。まだ距離は」
「いや、違うな」
孝治はそのまま弦に手を触れた。そして、純白の大群を睨みつけながら魔力の矢を作り出す。
「二人の子供を追いかけている。灰色の翼を持つ二人の少年少女。少年少女が追われているのか? 口の動きから考えて、捕まったら悲惨な目に合うだろうな」
「見えるの?」
「この程度の距離はどうということはない。俺は助けに行く。お前達はすぐに隠れて」
「あのさ。そう言う事情だったら私も行くから。君の実力が不安じゃなくて、見過ごせないだけだけど」
「そうッスね。こういう時に抜け駆けは許さないッスよ」
「そうか。なら、でかい花火を撃つぞ」
孝治が弦から弓を離した瞬間、一本の矢が純白の大群に向かって放たれていた。だが、距離がありすぎる。だから、孝治はすぐさま目の前にゲートを作り出していた。
瞬間的にゲートを作り出す行為に二人は驚くがそれは一瞬。すぐさま二人は孝治と共にゲートの中に飛び込んだ。
現れた場所は集団の後ろ。誰もが純白の鎧と兜を身につけて統一されている。そして、背後に現れた孝治達に気づいていない。
「チェックメイトだ」
その言葉と共に孝治が矢をまた放つ。その声を聞いた後ろの兵が振り向いた瞬間、集団の真ん中で魔力が集団を包み込んだ。先に放っていた矢と後から放った矢をぶつけたのだ。
魔力閃響弾という非殺傷技の一つだが、凄まじいまでの魔力を消費するため使用されることは少ない。だが、それを受ければ魔力を根こそぎ奪われ、飛行中ならそれ以上の戦闘継続は不可能なほどのダメージを受ける。
大きなダメージを受けた集団の間を縫うように三人は動きが止まった集団を見て固まっている少年少女に近づいた。
「大丈夫?」
灰色の翼を持つ二人をルネが抱えて空に向かって飛翔する。戦闘を刹那が行き、殿軍を孝治が務める。
「誰?」
少女が不思議そうに首を傾げる。対する少年は抱えられながらも警戒していた。
「通りすがりの異世界人かな? とりあえず、安全な場所まで向かうからちゃんと捕まっていてね。こういう時に落ちたら元も子もないから」
「僕達だって空を飛べる」
少年が警戒しながら声を上げる。だが、ルネはすぐさま首を横に振った。
「高速飛翔の訓練は受けた? 見知らぬ場所での風の読み方、予期せぬ状況における行動の仕方、空中における高速飛翔中の戦闘の仕方は?」
少年は答えない。意味がわからないのではなく、答えられないから。そんなものはこんな少年少女の年齢で習わないだろう。よほど特殊な環境にいなければだが。
「大丈夫。私達はプロだから。孝治。どこに向かう?」
「すぐそこの浮島だな。動きすぎても見つかるリスクは高い。今は身を隠して落ちつくのを待とう」
「賛成。もう少しだけ我慢してね」
そう言いながらルネは少年少女を抱きしめた。
この後に隠れて最初に戻る、という流れです。