第五十九話 入学の日 後編
「凄まじいことをしましたね」
入学式の出来事を簡潔に纏めて由姫に言ったところ、由姫は呆れながらも返事をした。
言ったのは入学式に新入生代表として壇上に立ったこと。そして、第76移動隊隊長として話したこと。先生との言い争いは省いた。
「でも、お兄ちゃんらしいかな」
その言葉はオレにだけ聞こえるような声だった。周囲には他の生徒もいるしな。
オレは笑って由姫の頭を撫でてやった。
「お前があんなことをしなかったら見れたことだぜ」
「に、兄さん。皆さん見ていますよ」
「だろな。これからは気をつけろよ」
「はい」
オレは返事が聞こえて手を離した。すると、篠宮と佐々木が近づいてくる。
「痴話喧嘩は家でやれよ。つか、お前ってすごいな。あんなこと話すなんてよ。俊輔のやつ、感激してたぜ」
「ふっ、当たり前だ。まさに俺が考えていた一部と同じこと。愚民には考えつかないことだと思っていたが、お前も天才の一人だとはな」
「オレはそこまで天才じゃないさ。ただ、みんなより器用に器用貧乏なだけだ」
「兄さん、それは言い方が間違えていますって」
器用に器用貧乏なだけっていうのは合っているような気がするけどな。
オレの戦闘能力は平均より高いが一芸特化の面々から見れば完全に埋もれる。だけど、全体で見ればバランスのとれた素材らしい。時雨から聞いた。器用貧乏っぷりに驚かれたけど。
だから、器用に器用貧乏であると表した。
「面白い言い方だな。だが、この佐々木俊輔には勝てまい。なに、俺は天才なだけだ」
「はいはい。んじゃ、席に座ろうぜ。先生が来た」
「だな」
オレはそう言って来た先生を見た。そこにいた人物を見てオレは完全に固まってしまう。
由姫は自分の席に戻ろうとして足を上げた姿のまま固まっている。
教室に入って来たのは女性の先生だ。ただ、若い。本当に若い。中学生と間違えても違和感がないくらい若い。実際の年齢はもうすぐお婆さんだけど。
問題としては、この人は担任ではないということ。確か、担任は福家という人だったはずだ。
なのに、入って来たのは違う人。オレ達が知っている、いや、由姫の方が知っている人だろう。てか、なんでここにいるの?
「皆さん、席に座ってくださいね」
「し、師匠が何故ここに?」
由姫の声は少しだけ裏返っていた。
由姫が師匠と呼ぶ人物は一人しかいない。里宮家の頂点に立ち裏社会最強と言われている人物。
里宮愛佳。
八陣八叉流を極めており、近接戦闘で戦えるのは音姉か、明らかなチート能力を持つ時雨に、『無敵』の異名を持つ慧海の三人だけ。
「師匠ではなく先生と呼びましょうね」
「は、はい。わかりました」
明らかに由姫は緊張して席につく。まあ、一番前の席だからかなり疲れるだろうな。
「担任の福家先生はご家族が事故に遭われたため早退しました。私は皆さんの副担任となりました里宮愛佳です。これから一年間よろしくお願いしますね。白百合兄妹とは知り合いですが、お二方とも私の年齢は秘密でお願いしますね」
オレ達はコクコク頷いていた。こんな場所で死にたくないから。
「皆さんはこれから同じ教室で勉強します。ですから、まずは皆さんの自己紹介から。最初は新入生代表だった白百合周君。その次は一番の人からお願いします」
オレは軽く息を吐いて立ち上がった。
「白百合周だけど、海道周で名乗っている。まあ、こっちの方が好きだから。趣味は読書。得意な科目は不明。小学校はほとんど登校していなかったからいろいろ迷惑をかけると思うけどよろしく頼む」
小学校はほとんど行っていないけど、大学に入学出来るレベルの学力はある。多分。
「質問がある人は」
オレがそう言った瞬間、クラスのほとんどが手を上げていた。むしろ、手を上げながら質問をしてくる。ええい、耳に神経を集中させる。
「全ての魔術が使えるの?」
「海道周の伝説は本当?」
「『GF』の最終兵器なの?」
「ハーレム作っているのか?」
とりあえず全てを聞いて要約したらこうなった。最後のはもちろん篠宮だ。
「んなにたくさん言われて聞こえるか。一応、魔術は全て使えない。最終兵器なんて聞いたことはない。伝説に関してはノーコメント。自己紹介が進まないから終わり」
オレはそう打ち切って椅子に座り込んだ。そして、出席番号が一番の人から立ち上がって自己紹介を始め出す。
オレは小さく息を吐いた。
「んで、ハーレムはどうよ」
「前を向け」
オレは溜息をつきながら篠宮に言う。だけど、篠宮は無視して話を続けてくる。
「答えてくれたっていいだろ。俺とお前の仲じゃないか」
「だから、他人が自己紹介してんだからそっちに注意を向けろ」
このままだと篠宮がかなりマズいことになるのでオレは無理やり篠宮に前を見させた。そして、篠宮が固まる。
教壇の前にはにっこり笑みを浮かべたまま殺気を篠宮にぶつけている愛佳先生がいるからだ。
ちなみに、自己紹介は淡々と進んでいる。
とりあえず、オレは自己紹介に耳を傾けることにした。死にたくないし。
「海道君ってすごいんだね」
HRが終わり今日の学校が終わったと思った瞬間、オレの周囲には人だかりが出来ていた。
まあ、オレに興味があったのはわからんでもないけど、
「そこまですごいとは思ってないけど」
「謙遜しすぎだって。海道周の伝説は本当に有名だから。若手で一番じゃないの?」
ちなみに、オレの周囲に来ているのはほとんどが女子で、由姫の周囲には男子が集まっている。
「音姉、三年に転入した白百合音姫が同年代、U-18の中で最強だな。その次に隣のクラスにいる花畑孝治。三番目がドイツのアルト。オレは二十番目くらいだな」
「ドイツのアルトと言えば『鋼鉄騎士』のアルト・シュヴェッサーか」
「ああ。佐々木はよく知っているよな」
『鋼鉄騎士』の異名を持つアルトはオレの親友の一人だ。よく任務でオレ、孝治、アルト、亜紗、中村の五人で突入したこともある。
年は今年で18なのでオレ達からすれば頼れる兄貴みたいな感じだ。
「この佐々木俊輔に知らないことはない、と言いたいところだが、『GF』に関しては秘密が多くてな。それ以外なら負ける気はない」
「珍しいな。俊輔が知らないと答えるのは」
「和樹よ、知らないことを恥じるのはしない方がいい。本来、知らないのが当たり前だからな」
佐々木はそう言って笑みを浮かべる。その意見に関しては、オレは全面的に肯定しよう。
「でも、海道君って最強の何とかっていう異名があるよね。それは?」
「『最強の器用貧乏』と書いてオールラウンダーと読む。まあ、U-18どころか世界を見てもトップレベルの器用貧乏ってこと」
まあ、そう言うとかなりかっこ悪いけど。
「あらゆる状況下で戦えるようにしているからな。全てを伸ばして強さを得る。昔に考えたオレのスタイルだ」
「あらゆる状況下ってことはアラスカとか?」
「もしかしたらサハラかもしれないよ」
「では、大穴を狙って海溝ではどうだ?」
「山の上とかじゃねえの?」
みんな思い思いの普通じゃない環境下を挙げてていく。ちなみに、今挙がった場所はまだ優しい環境下だ。
世の中には致死量ギリギリまで充満した魔力粒子の海で戦闘しないといけない場所まである。それを思い出せば簡単だ。
「ちなみに、海底以外は普通の場所な。海溝だけは圧力の関係で生きていられない」
オレは肩をすくめながらそう答えた。すると、教室の入り口付近で人だかりの中を覗き込もうとぴょんぴょん跳ねている誰かを見つける。ちなみに、由姫はそれに気づいたのか立ち上がってこっちに来ていた。
オレも立ち上がる。
「じゃ、そろそろオレは帰るわ。待たせているみたいだからな」
オレはそう言って入り口を指差した。
立ち上がって気づいたのだが、いつの間にか孝治や悠聖達も集まっている。だからか、凄まじく廊下が騒がしい。
「兄さん、行きましょう」
由姫も人の間を抜けて横に来ていた。オレは由姫の言葉に頷いて歩き出す。
人だかりがモーゼのごとく割れた。
「待たせたか?」
廊下の前には同学年の第76移動隊が全員集合していた。
悠聖は軽く肩をすくめている。
「オレらはさっき来たところさ。浩平は先に連れて行かれた」
誰がという言葉が入っていなくても浩平という名前を聞けば誰がやったか簡単に思いついた。
オレは小さく溜息をつく。
「じゃ、行きますか。一応、都やアル・アジフが入学祝いをするから早く駐在所に帰って来いって言ってたし。あっ、今日の訓練は無しだから」
「だと思ってた。つかさ、孝治がすごく不機嫌なんだよな」
悠聖の言葉に孝治を見ると、確かに不機嫌だった。確か、『GF』の若手実力者が集まったパーティの時、女性陣に囲まれていた時と同じ顔。
オレは孝治の肩に手を置いた。
「そんな状態で大丈夫か?」
「大丈夫だ。問題ない。が、さすがに辛い」
だろうな。
孝治は結構硬派な部分が多い。彼女を大事にしたいからだと思うけど、女子から質問攻めにあったら辛いだろうな。
オレは孝治の手を取るとそのまま中村の手も取った。
「手、繋いでおけよ」
「な、な、ななな、なんで? なんでそんなことしやんなあかん? 恥ずかしいって」
「あのな、中村は孝治に他の女子が近寄って欲しいのか。孝治は女子が苦手だからな、しっかり引っ張ってやれよ」
「そ、それやったら仕方ない。孝治、いいやんな?」
「あ、ああ」
孝治も中村も顔を真っ赤にして手を繋ぐ。
うん。確か、付き合い出してそろそろ一年なのにいつまで初々しいんだか。見ていて全く飽きないけど。
ちなみに、孝治と中村が手を繋ぐと一部で悲鳴が上がっていた。
オレは歩き出す。
「さあ、行こうぜ」
これからのことを考えながら。
鬼が言った期限まで後一週間強。その一週間後には春祭りがある。逆に言うなら春祭りから一週間前に鬼は何らかのアクションを起こすということだ。
時雨や慧海には相談したが、やはり脅迫状が届いているらしく、『GF』からは誰も応援には行かせないと言っていた。アル・アジフも『ES』の方に脅迫状が届いたらしく、過激派代表のアリエル・ロワソと話をした結果、戦力は増強しないことになった。
責任逃れではなく、オレ達ならやると信じてくれたから。
『大丈夫?』
オレの目の前にスケッチブックが差し出される。
「大丈夫だ。これからのことを考えたらな」
『相手が行動を起こさないで時間が経った。多分、そろそろ仕掛けてくる』
「同感だ。『天空の羽衣』の情報がそろそろ渡っただろうしな。リースが常に索敵をしてくれているとは言え、貴族派に関してはノーマーク。一人になるのは得策じゃないしな」
『私は、都さんか琴美さんが狙われると思う。推測だけど』
確かにそれはありえる。特に琴美は春祭りの巫女だ。だから、狙われる可能性はある。
「そっちはオレがつく。亜紗、矛神の半使用を許可する。だから」
『わかった。任せて』
「悪いな。すぐに連絡取れるのはお前だけだから。危なくなったらすぐに逃げろよ」
『大丈夫。周さんが助けてくれるから』
オレはその文字に笑みを浮かべて頷いた。
本当に、これから何が起きるかわからない。だから、気を引き締めないと。
オレはそう思って小さく息を吐いた。
矛神について
亜紗が持つ神剣で能力についてはまだ明かせませんが、読み方は自由です。ほこが(か)み、むじ(し)んと決まっていません。矛神が見つかった時にその文字だけが一緒にあったのが理由です。