第九十三話 炎の家系
最大限まで力を溜めた体が爆発するように加速する。そのまま民家の屋根を蹴って私は最短距離で目的地に向かっていた。
『こちら茜。現在東シェルターの誘導中だよ。緒美と光もいるから』
『こちら孝治。現在上空だが、北シェルター方面に敵の一団が進行中』
『こちら浩平。それはこちらの射程内だ。相手する』
『こちら悠聖。式典会場付近はあらかた倒せた。今から子供達を護衛しながら冬華と一緒に中央シェルターに向かう』
『こちら琴美。今から悠聖達の護衛につくわ。他のみんなは誘導と護衛を』
『こちら都です。悠人さん達からメリルさんを受け取りました。このままメリルさんの護衛を行います』
『こちら鈴。今は外周のフュリアス部隊にクーガーさんとラルフさんと一緒に向かっています。楓さんは大丈夫ですか?』
『こちら楓。来るまでは持ちこたえられるから』
次々と入る通信を私は身につけた装着型小型通信機を通じて聞いていた。魔力消費は激しいけど高速で移動している最中ではかなり有効な新製品。ちなみに、つけているのは私と夢くらい。
通信出来る範囲が狭いし、本格的な戦闘では使えないけどこういう時には便利だ。さすがは周の推薦品。
「こちらメグです。現在南シェルターに向かっていますけど避難している人達に混乱はありません。このまま誘導を手伝います」
通信を開きながらシェルターに向かって避難している人達を見ていく。全員不安そうだけど、確かな足取りでシェルターに向かっていた。
避難に慣れているのかもしれない。
手に握る炎獄の御槍を握り締め、私は全力で屋根を蹴った。蹴り込んだ屋根の一部が吹き飛んで私の体は通りの向かいにあった建物に乗る。
そのままさらに駆け出した。
一番避難で混乱するのは避難場所の入り口。だから、私はそこに向かっている。
『メグ! メグ!』
夢の切羽詰まった声に私は思わず足を止めた。
『そっちに向かった!』
ほとんど悲鳴に近い叫び声。その声に私は周囲を見渡した。夢があんな声を出すことはまずない。それなのに、あれほど叫んだということは何かが来ている。しかも、強大な何かが。
『今から、そっちに向かう! だから』
私は装着型小型通信機を外した。そして、それを虚空に収納して炎獄の御槍を握り締めた。
『逃げて!』
通信機の電源を切る。そして、私は前に転がっていた。
着地と破砕音が同時に鳴り響く。振り向きながら後ろに跳ぶ。私の体に当たるか当たらないかの距離を通り過ぎる鈍い色の光。
着地した足に力を込めてさらに跳ぶ。建物一つを通り越して奥の建物に。そして、炎獄の御槍を構えながら私は相手の姿を見た。
ジーパン。黒のジャンパー。マスク。サングラス。野球帽。
どう見ても不審者だった。
「誰?」
「邪魔をするな」
低い男の声。そして、男が身構える。
「我らは幸せを享受する者達を殺すために動いている。世界の滅びから救う第76移動隊を倒すつもりはない。去れ」
「そういうわけにはいかないんだよね。これでも、第76移動隊の一人だから。だから、民間人は守らないと。ううん。私が勝手に守らせてもらうから」
それに、と私は炎獄の御槍の先を男に向けた。
「滅びについて知っているなら、ちょっとだけ詳しい話を聞いてもいいですか? 人界でも詳しい話は聞かされてないから」
「なるほど。引く気はないか。残念だ」
「残念?」
警戒する。周じゃないけど嫌な予感がする。まるで、男の体からオーラみたいなものが立ち上っているような。
男は静かに身構えた。そして、地面が爆発した。いや、男が地面を蹴ったのだ。反射的に炎獄の御槍を跳ね上げる。
偶然か、炎獄の御槍に男の拳がぶつかって私は大きく吹き飛ばされた。すかさず体勢を整えて着地した瞬間、男が懐に向けて踏み込んできていた。
避けられない。だから、私は体に炎を纏った。男がギリギリで後ろに下がる。
「さすがに、こういうことをしたら下がるか」
「炎。なるほど。第76移動隊とわかっていたが、北村恵か」
「あれ? 私って有名人?」
そんな感覚は全くないんだけどな。
炎獄の御槍を握り締めながら相手を警戒する。警戒してもあまり意味はないが、由姫の戦い方を思い出しておけば戦えるだろう。
「実力が無いのに神剣を持つ存在として。そうか。第76移動隊の中の恵まれた人物か」
「うっ、それは否定出来ないな。周や由姫で考えても壮絶な人生を歩んでいるし。確かに私はみんなと比べたらまだ恵まれているかもしれない。でも、誰だって負い目はあるよ」
「知らないから言える言葉だな。安心しろ。俺は手加減はしない。幸せを享受する人物にはな!!」
とっさに炎獄の御槍を振り抜いた。それは男が加速すると同時。振り抜いた炎獄の御槍を軽々と弾き、男の拳が私の腹部を直撃し、背中から壁に激突した。
一瞬だけ息が止まる。とっさに振り抜きながら後ろに跳ばなかったら死んでいたかも。
「一撃でこれか」
男の拳は酷く火傷を負っていた。対策を立てなければ大怪我を負う。それでも男は踏み出してきた。
殺すつもりの打撃で。
周ならさばけただろう。同じ努力型の私と周ではスピードも技術も違う。もう少しスピードがあればさばけたかもしれない。
「だが、これなら二撃は耐えられる。北村恵。幸せを享受する者よ。ここで、死ね」
男がゆっくりと踏み出してくる。体に力を込めて起き上がるけど最大限の力を出せるとは思えない。それに、このままじゃ殺される。
あれを使うしかないか。
「炎獄の御槍。オーバー」
「それを使う必要はないよ」
その瞬間、私の体を暖かい炎が包み込んだ。
私はこの炎を知っている。全てを癒やす再生を意味する力を持った精霊が作り出す炎。
「お兄ちゃん」
男と相対するように私の前にお兄ちゃんがいた。
「どうして、お兄ちゃんが」
「こういう時は俺の出番だ。メグ。お前は確かに強い。だが、苦手なタイプにはまだまだ弱い。白百合由姫と訓練しなかったのか?」
「始まった瞬間に負ける」
「だろうな。だから、見ておけ。お前はここまでの域に達しなければならないということを」
「というか、お兄ちゃんは監禁していたはずだよね」
お兄ちゃんは私の話を聞いていないのか地面を蹴って男に殴りかかった。だが、そんなスピードは軽々と避けられる。
男は左右にステップをしてお兄ちゃんの攻撃を回避する。そして、お兄ちゃんに対して拳を放とうとした瞬間、フェニックスの炎が男を包み込もうと動いた。
もちろん避けられるけど、相手は攻撃出来ていない。もし、あの状態で攻撃すれば腕は消し炭になっていた。
「相手が速いなら、捕まえればいい。攻撃を受け付けない炎を作り出し、捕まえる」
「いや、簡単に言うけど難しいから」
「慣れればいい」
「慣れでどうにかなるものじゃないよね、確実に」
お兄ちゃんが男と向かい合う。すると、男はフッと笑った。もちろん、マスクをしているから音だけだけど。
「甘いな」
「何?」
「その程度の炎で俺を止めれると思っていたのか? お前の炎は覚えた。北村恵の炎もな。偽りの幸せを享受する者達に幸福な死を与えよう」
男が身構える。私達は同時に武器を構えた瞬間、男の姿が消えた。その動きはまるで、由姫を見ている感じだった。
だから、私は横に跳ぶ。跳びながら私がいた場所に向かって炎獄の御槍を振り抜いた。炎獄の御槍と拳がぶつかり合い弾かれ合う。
やっぱり。
男の顔は見えないけど、確実に驚いているだろう。
この動きは八陣八叉流。厄介な相手だけど、速攻無しの由姫との模擬戦を思い出して作戦を考えれば………。
一度も勝てたことのない相手に勝てる作戦なんてない。つまり、かなりマズい。
「偶然か? だが、次は」
「次という機会は私を倒してからにしてください。もちろん、私を倒せるならですが」
残像、という表現が一番だろう。目の前を由姫の残像が通り過ぎ男の懐に飛び込んでいた。そのまま繰り出された拳は男の防御を弾いて顎を殴り飛ばした。
「メグはこのままシェルターをお願いします。私は、こいつを倒してから行きますから」