第九十一話 侵攻
「メリル!!」
僕は叫びながら手を伸ばす。だけど、メリルには届かない。メリルは驚いたようにこっちを見て、そして、飛来したエネルギー弾がメリルの肩から鮮血を飛び散らせた。
顔が真っ青になる。でも、メリルはまだ死んではいない。
「メリル!」
肩を押さえうずくまったメリルに僕は駆け寄った。そして、すかさず助け起こしてそのまま物陰にメリルと一緒に隠れる。
「悠人!」
ギュッと僕が着ている服を握り締めるメリルの背中に僕は手を回した。
相手が狙ってくるのは式典の半ばだと思っていた。だが、今回狙われたのは式典の冒頭部分。最も警備が濃い状態だ。
「どうしてこんな時に」
ざわめきというより悲鳴が広がっている。リースは必死に竜言語魔法を展開しているところを見ると、会場では別の場所から攻撃されているらしい。
「動けるわね」
その声に上を向くと、そこには槍を持った琴美さんの姿があった。
「今すぐメリルを安全な場所に連れて行きなさい。民間人はメリルが見ているから」
「わかった。メリル、立てる?」
だが、フルフルと首を横に振るメリル。だから、僕はメリルを抱え上げた。そのまま駆けだそうとした瞬間、誰かが走ってくる音がする。
「一体何が」
「あれは」
僕と琴美さんが足音のした方へ向く。そこには尋常じゃない速度で駆け寄ってくる数人の男女の姿。その手には精霊召喚符が握られている。
正攻法じゃダメだ。この時に頼りになるのは、
「ルーイ!」
琴美さんが式典用アストラルブレイズの機動鍵をルーイに向かって投げた。ルーイはそれを受け取る。その最中には僕は本来メリルや僕が演説するはずだった式典場に向かって駆け出していた。
ライフルを持っていた狙撃手は倒れている。だから、大丈夫なはずだ。
手すりに足をかけて隣の式典用アストラルブレイズに向かって全力で飛ぶ。それに反応したかのようにコクピットが開いた。上手く開いたコクピットの部分に着地して後部座席にメリルを座らせる。
振り返ったそこでは逃げまどう人の中で戦っている冬華さんとミルラの姿があった。
「一体、何が攻めてきているんだよ」
「悠人」
「大丈夫。大丈夫だから。メリルは僕が守るから!」
いくつもの頸線が魔力の壁を器用にかいくぐり精霊召喚符を斬り裂いた。琴美はそれを確認しながら後ろに下がり物陰に隠れる。
「リース。術式は?」
「問題なく発動している。でも、敵が多い」
「まさか、黒猫達も襲いかかってきているんじゃないでしょうね? それだったらかなり最悪よ」
「そこまで強力な術者はいない。式典会場前広場では冬華ともう一人が戦っている。その近くには悠聖が子供達を守っている」
「なら、ここは私達で頑張らないと。っつ」
物陰に衝撃を感じ琴美が物陰から飛び出した瞬間、物陰が粉砕した。
ちょうど物陰の向こうにいたのは斧を持った男。速度はそれなりに速い。
一歩前に踏み出しながら琴美は前に出る。そして、頸線からトンファーを作り出し男が振り上げて振り下ろした斧に向かって合わせた。斧の刃をトンファーが受け流し琴美は前に出る。そして、カウンターを叩き込んだ。
微かによろめく男。だけど、男は力任せに斧を薙ぎ払った。
琴美は上手く受け止めるが大きく吹き飛ばされて背中から壁に激突する。
「かはっ。洒落になってないわね」
すぐさま物陰に隠れて飛んで来る魔術をやり過ごすがあの男をどうにかしないとこの場は止まらない。リースは竜言語魔法に集中している。
「千春。力を貸して」
琴美は槍を握り締め物陰から飛び出した。
振り上げられたアークフレイが飛びかかってきた男を両断する。そのまま振り下ろしてナイフを突き刺そうとした女を切り裂きそのまま一回転しながら白騎士はアークフレイを薙ぎ払った。たちまちアークフレイの周辺に血の海が出来上がる。
「こんなの聞いてないよ!」
「それはこっちのセリフよ!!」
そんな白騎士の後ろでリリーナとリリィの二人が急力して敵と当たっていた。三人は近くにいた敵を一掃して背中合わせになり周囲を見渡す。
そこには三人を囲むように存在している精霊召喚符を持ち武器を携帯する者達の姿。
リリーナは頬が引きつるのがわかった。
「どうしてこうなるのかな? ここは基地のど真ん中だよね!?」
「あー、あんたが軽く訓練しようとか言いだすからこうなったじゃない!!」
「そっちもいい案だって賛成したよね!? お互い様だよね!?」
「来るぞ!」
白騎士の言葉と共にリリーナとリリィの二人が動く。リリーナはアークベルラと同じ鎌をいくつも作り出して投げつけ、リリィはアークレイリアに光の刃を作り出してそれを放っていた。
ちなみに、白騎士はただアークフレイを振るだけだ。ただ、倒している量が桁違いではあるが。
「こんなんだったら悠人と一緒に言っていればよかった!」
「あんたのソードウルフが接続ミスで起動できないからこうなったんでしょうが! あとで 慰謝料請求するからね!!」
「話が違うよ、話が!」
リリーナがアークベルラを振り下ろした隙を狙った攻撃をリリィが弾く。そして、すかさずアークレイリアを首筋に突き刺した。噴き出す鮮血を浴びながらリリィはその場にしゃがんだ瞬間、リリーナのアークベルラがリリィの頭上をかすめるように振り回された。
立ち上がりながらアークレイリアについた鮮血を払いつつリリィが小さく舌打ちをする。
「どうなっているのよ」
「考えても仕方ない。今はこの場を生き残ることを考えないと」
「だね。みんな無事だといいけど」
三人はその場で武器を構え、そして、向かってくる敵の姿を捉えた。
「本当にあなた達は関係してないのよね?」
雪月花の刃が正確に精霊召喚符だけを断ち切った。その後ろでミルラが同じように精霊召喚符だけを剣で断ち切っている。
「私達は目的のために必要なら民間人を殺す。でも、必要じゃないなら手は出さない。それはお姉様がよくわかっているはずだけど?」
「そうね。でも、黒猫が精霊召喚符を持つ人たちを操っていた。だから、私は疑うわ」
「別にそれでもいいよ。少し悲しいけど、仕方ないから」
ミルラが一歩踏み出しながら剣を振り抜く。だが、その剣は炎の剣によって受け止められた。そのままミルラに襲いかかる人の群れ。
冬華はとっさに向かってくる敵を切り払ってミルラに助けに入ろうと考えた。だが、行動に移すより早くミルラが動いた。
懐に潜り込みながら肘を叩き込み吹き飛ばし、瞬間的に溜めた魔力を剣に纏って向かってくる人達を薙ぎ払うように放った。
ミルラがすかさず冬華と背中合わせになる。
「お姉様、私の心配はしなくていいよ」
「そのようね。背中は任せていいみたいね」
「うん。それにしても」
ミルラが悠聖に視線を向ける。そこにはセイバー・ルカと共に水晶の輝きを身に纏って戦う悠聖の姿があった。水晶の輝きはあっという間に精霊召喚符を切り裂いている。その動きは極めて正確であり、悠聖達を狙っている敵は一歩を踏み出せないでいた。
対する悠聖も一歩を踏み出せない。何故なら、さっきまでミルラが見ていた子供達を全員悠聖と精霊達によって守られているからだ。守っている以上、踏み出すことは不可能でもある。
「あれが白川悠聖。まさか、あそこまで防衛戦に強いなんて」
「精霊の能力自体が防衛戦に向いているものが多いのよ。精霊召喚符なんて邪道の極み。本来の精霊の使い方じゃないし」
「そういうお姉様はフェンリルを剣として扱っているけど?」
「例外があるのよ。でも、どうしてこんなに敵が湧いているのかしら。それに、目が少しうつろの様な気もするし」
「やっぱり?」
冬華の言葉にミルラは確認しながらも相手の目を見ていた。
よく見ないとわからない。そもそも、戦闘中に相手の目をじっくり見てうつろかどうか確認することなんて難しい。だけど、ミルラはそれをする。
見る以上、目が光っているような感じではなかった。でも、生きてはいる。
「黒猫様に報告しないと」
「だったら、ここは生き残ることね。行くわよ、ミルラ」
「はい! お姉様!」
二人が走り出す。精霊召喚符を破壊するために。