第八十九話 ファントム
「偽りの幸せを享受する者達に幸福な死を、か」
ルーイが少しだけ眉をひそめてさっき僕が言った言葉を繰り返す。ちなみに、ルーイだけでなく音姫さんも何故か眉をひそめていた。
今、僕達はイグジストアストラルやアストラルルーラが整備ブースに入れられている格納庫に中にいた。そこで僕とルーイに孝治さん、音姫さん、メグ、白騎士の六人は顔を寄せ合っていた。
ちなみに、メリルはリリーナとアル・アジフさんにルーリィエが見ている。
「まさか、その言葉が聞けるとはな。僕からすれば嫌な言葉だ。音姫も同じか?」
「私の場合はメリルから聞いていたから。あの時に壊滅したんじゃないの?」
「壊滅させたはずだ。なのに、どうして」
「二人共ストップ。他が理解出来ていないから」
特に僕やメグは完全に蚊帳の外に置かれているし。
その様子に気づいたからかルーイが小さく頷いた。
「五年前の話だ。とあるレジスタンス、いや、テロ組織があった。手口は残忍にして凶悪。地方の軍事基地やレジスタンスグループを壊滅させることをたくさんしていた組織だ」
いくら不意打ちをしても基地やレジスタンスグループを壊滅させたなら被害は出る。つまりはかなり大規模だったというわけか。
「メリルによるサーチで本拠地を特定し、悠遠の翼を持つ五機とそれぞれの配下及び各部隊で叩いた。結論だけ言うならテロ組織グループは全員自決。僕やクーガーですら一時は小破で撤退したほどだったがな。その集団の合い言葉が」
「偽りの幸せを享受する者達に幸福な死を、だね」
「ああ。あいつらの考えは山賊と同じ快楽主義だ。かなり質の悪いものだがな。本拠地と集団を消し去ったはずなのに」
「由々しき事態か。こういう時に周がいれば」
確かに周さんならこういう時にはとても頼りになる。だけど、そう言う孝治さんはやる気満々の目をしていた。
孝治さんって裏の仕事が得意だからな。
「えっと、どうして消し去った集団がまた生まれているんですか? というか、私には理解出来ないんですけど」
メグが恐る恐る手を上げる。確かにその気持ちはわからないわけではない。だけど、こういう場では完全な空気が読めていない子になってる。
まあ、仕方ないか。メグは最近入ったメンバーだから。
「わかりやすく説明するなら、生まれや育ちになるのかな? 私の場合を思い出してくれたなら早いと思うけど」
「ごめんなさい。わからないです」
音姫さんの場合ということは確か、
「常に強要されていたこと、ということか。音姫さんの場合は白百合の名前を受け継いだことによる剣の道」
「そう。生まれや育ちに大きく影響するのが主義主張だから。例えば、自分が不幸な人生を歩んでいると考えた場合、そこで取る選択肢は幸福だと思う人に怒りをぶつけること。私が、昔に弟くんや由姫ちゃんにやったことだから」
「なるほど。確かに、僕やメリルみたいな道を進んでいたら到底分らなかったものだな」
ルーイもなんとなくわかったようだ。でも、僕にはよくわかる。本当によくわかる。
昔は僕が一番不幸だと思っていた。でも、アル・アジフさんと出会えていたからこうなることが出来た。もし、アル・アジフさんと出会っていなければ今頃戦ったいたかもしれない。アル・アジフさんや周さんと。
「相手はそれをやろうとしていると思うの。だから、一番簡単な対策はやられる前にやること」
「確かに。レジスタンスの一派は生い立ちから政府又は歌姫様に怒りを募らせる集団もいる。私達はただ政府のやることがあまりに偏っているだけだから」
「そういう奴らばかりなら僕も苦労はしなかった。だが、問題はそうじゃない」
「俺の今までの経験から言って一番厄介な集団だ。相手は諦めることがない。だから、一番の対策は音姫さんの言ったようにやられる前にやること」
「だけど、それはメリルの願うことじゃないと思う。メリルならきっと、話を聞こうとするから」
そう。メリルはそういう人だ。戦いだけでは終わらせたくない。歌姫だからこそ、メリルは対話を選ぼうとしている。それは間違ってはいない。でも、
『歌姫の騎士』としては許容できるものじゃない。
「でも、それでメリルさんがやられたらどうしようもないと思いますけど。それに、その集団が動くのは」
「明日だ」
ルーイが苦々しそうに言う。本当に、こういう時に周さんがいてくれてたら。
「悠人君の気持ちはわかるけど、ここは私達の力で頑張らないと」
「えっ?」
「弟くんがいてくれたらって思ったでしょ? 違う?」
正解だった。だからか、音姫さんがクスッと笑う。
「弟くんはきっと人界で戦っている。だから、私達は私達で頑張らないと。それに、第76移動隊は弟くんを除いてみんなここにいるから、きっと大丈夫」
「そのきっとが少し不安なんですけど」
「メグちゃんはそうかもね。でも、私達だけじゃない」
「僕達に協力して欲しい。まさか、ファントムが現れるとは」
「|国連特殊部隊直属特殊機動隊?」
それは僕も思った。実は天界の勢力だったということがわかってから完全にその存在が消え去った部隊の名前だ。実在していたか怪しかったから切られても何の問題にならなかったらしい。
まさか、ここでそんな名前が聞けるなんて。
「あー、みんなの頭の中に出た言葉とは少し違うかな。そいつらはよくゲリラ活動をしていたからそのためにそう呼ばれるようになっただけだから。そうなると、私達はかなり不利なんだよね」
「確かに。音姫と言ったか、人界の歌姫よ」
白騎士が音姫さんに向かって尋ねた。音姫さんはその言葉に頷く。
「精霊召喚符となるものが使われる可能性は?」
「無くはないかな。そもそも、精霊召喚符は黒猫一派がバラまいたものだから使ってくる可能性は高いと思う。だから」
「少し待ってもらえないか?」
音姫さんの言葉を遮るように孝治さんが口を開いた。
「疑問に思っていたのだが、本当に黒猫一派が精霊召喚符を作り出したのか?」
えっと、どういうことだろうか。
「様々な報告を聞いて疑問に思っていたのだが、少しおかしいと思ってな。黒猫一派は人界出身だ。なのに、精霊召喚符を使おうとしている」
「それは精霊召喚符が強力なものだから、じゃないですか?」
「孝治君が言いたいのはそうじゃないと思う。多分、黒猫一派は精霊召喚符を受け取る側だと考えている。違う?」
「ああ。精霊召喚符はそれほど強力なものじゃない。いくらユニゾンしたところでその能力は一般人を超えるくらいだ。それがわかっていながら精霊召喚符を使う理由にはならない」
つまりは孝治さんの話だと、黒猫達が精霊召喚符を受け取る側であって黒幕がいるということになる。
そんなバカな、と言いたくなる状況だ。僕達からすれば意味がわからない。悠聖さんは黒猫に率いられた精霊召喚符を使う奴らを見たと言っていたのに。
でも、間違ってはいないように聞こえる。だけど、それを考えると、
「敵の選択肢が無数に広がるな。僕からすればただの悪夢だ」
ルーイの言う通りだ。黒猫一派が精霊召喚符を作り出したなら話は早かった。どういう敵というのも。
つまりはレジスタンスのグループが作っている可能性すらあるということだ。
「考えられないことじゃないけど、白騎士さんはどう思っているのかな?」
「私は詳しい話がわからないからどう言えばいいかもわからない。もう少し人界に精通していたなら何か言う言葉があるかもしれないが」
「だよね。今の私の見解から言って後手に回るしかないと思う。私も由姫ちゃんも新たな戦い方はあるし、みんな強くなっていると思うから今はそれを信じるしかないかな」
「でも、敵の狙いは何になるんだろう」
僕は呟いた。はっきりと、みんなに聞こえるように。
「無差別なら意味はないけど、あの場にいたということは何か狙っていたんじゃないかな? 実際に、僕が狙われていたし」
「悠人が言いたいのは歌姫が狙われると言うことか? ありえない。歌姫親衛隊だけじゃないんだぞ。メリルの護衛はたくさんいる。それこそ、フュリアスを使わなければ」
「ありだな」
ルーイの言葉に孝治さんが反応する。それに音姫さんも頷いていた。
あり、ということは、式典の時にフュリアスが攻めてくるかもしれないと言うことだろう。それはそれでかなりまずいような気しかしないけど。
「孝治君、私は警備を見直してくる。楓ちゃんやアルちゃんには悪いけど、外の見回りをやってもらい事になると思う」
「いや、外は俺で十分だ。だが、楓や光は欲しいところだな」
「うん。じゃ、ここをお願い」
音姫さんが走り出した。それに僕とメグの二人はぽかんと口を開けてみているしかない。
いつの間にかとんとん拍子で決まって言ってるよね?
「悠人。メリルを頼む」
ルーイが僕の肩に手を乗せてくる。それに僕は一瞬だけ驚いて、そして、頷いた。
「ルーイ。ルーイは僕の隊長だよね? だったら、こういう時に何を言うかは分かっているんじゃないかな?」
その言葉にルーイは笑みを浮かべた。
「歌姫を守れ、悠人」
「了解」
僕は笑みを浮かべて言葉を返した。
ようやく、ようやく式典に入る、と思っていたら幕間が入ることに。