第八十八話 悪意ある者
一応、悠人もそれなりに身体強化が出来ます。
拳を握り締める。感覚を研ぎ澄まし、背中に魔力を集める。それと同時に翼の感覚が頭の中で閃いた。驚くことに、この翼は感覚がある。ダークエルフで使った場合は感覚はないが、肩甲骨だったか忘れたけど、ともかくそこら辺から翼の感覚がある。
小さく息を吐きながら僕は空を見上げた。ダークエルフでの飛行は出来た。というか、飛行というより制御が難しいジェットコースターというべきか。だけど、この状態でま未だに空を飛べていない。
同じ感覚じゃないみたいだし。
「悠人、大丈夫ですか?」
「どうかしたの?」
扉越しに聞こえるメリルの声に僕は言葉を返した。
現在、僕達は式典会場付近にある今回の祭りのパンフレットを配る場所にやってきていた。メリルの話によると毎年来ているらしい。コスプレをするために。
それはそれでどうかなとは思うけど、まあ、いいか。
「いえ、動きがないので心配になって」
「翼の練習をしていただけだよ」
「翼ですか?」
「うん。もしもの時に飛翔出来たらなって」
「悠人の場合は飛翔というより弾丸ですからね」
そうだけど、そえだけども!
とは言えなかった。実際にそうだし続く言葉が見つからない。それに、生身だと浮くことすら出来ていないし。
「とっさに使えたらメリルを抱えて逃げれるからさ。逃走訓練でも周さんからよく教わったし」
「そのような訓練があるのですか」
まあ、逃走訓練と言ってもそれほどすごいものじゃない。いや、仮想敵が強すぎて何度もする度に誰もが悪知恵を働かせて逃げようとするのだ。
仮想敵は孝治さん、音姫さん、浩平さんかアル・アジフさんに時々周さん。
不用意に開けた場所に行けば簡単に蜂の巣にされるしかといって狭いところばかり走っても孝治さんと音姫さんに捕まる。
時々他の部隊の人が参戦したこともあった。というか、見た目は超大人数の鬼ごっこなんだけどね。
「採り入れる必要がありますね」
「鬼役がいないから無理だと思う」
逃走訓練は敵が強いからこそ役に立つ訓練だ。そもそも、逃走する場合というのは限られていて、その限られた中でどうやって目的地に辿り着くかが問題だ。
というか、周さんや悠聖さん以外に辿り着いた人がいないような。
何を使ってもいい。反撃してもいい。どうにかして捕まらないように移動する。もちろん、味方を盾にしてもいい。音姫さんが相手なら盾にした刹那にやられるけど。
ともかく、何でもいいから逃げ切ればいい、という訓練。
「逃走訓練は私もした方がいいですよね?」
「どうかな。僕の時は相手が相手だったから必死で今だと逃走技術は上がってるけど、メリルがそんな状況になったら終わりじゃないかな」
「そうですね。歌姫が逃げないといけない状態なんて想像しにくいですし」
「そういうことかな。まあ、基本的なことは教えておくよ」
そう言いながら僕は壁を指差した。そして、天井を指差す。
室内で孝治さんや音姫さんと会った時の対処法だけどね。
「壁や天井を使って三次元を有効活用する」
「三次元ですか?」
「前後左右の行動はどうしても難しいところがあるから、縦も使う。それだけでも違うよ」
「なるほど。ちなみに、海道周ならどのような逃げ方をしますか?」
「真似出来ない」
あれは三次元を活用しているレベルじゃないし。
「妨害は山ほど使うし、稀に敵を返り討ちにして捕まえて目的地に行くし、空中に作った足場を使って道を塞ぎながら空を走るし」
「人ですか?」
「残念ながら人なんだよね」
僕は軽く肩をすくめた。そして、周囲を見渡す。廊下には誰もいない。一応、警戒はしているけどそこまで警戒するような状況でもない。
そもそも、メグは人気が高いから問題事はあまり起こらないし。
「終わりました。悠人、入ってきてください」
「わかった」
僕は振り返ってドアを開ける。壁に掛けられたメリルの服がまず目に入り、そして、いや、何故かメイド服を着たメリルの姿があった。
僕は呆然として口を開けてしまう。
「どうですか? 皆さんからは可愛いと評判ですが」
「どうしてメイド服?」
「ビラ配りならメイド服なのでは?」
「どこの知識だよ!?」
「はっ、まさか、悠人は巫女服の方が」
「そういう意味じゃない! というか、メイド服を着ていることが理解出来ないんだけど」
ビラ配りでメイド服ってどこの秋葉原だよって感じだ。学園都市が出来る前はオタクの街だと言われていたらしい。
メリルが首を傾げる。そして、不思議そうに口を開いた。
「日本ですが」
「だろうね。というか、日本以外に無いだろうし。だけど、ビラ配り=メイド服を着て行うは間違っているの。せめて、もう少しちゃんとした服をお願い」
「これが正装ですから。では、行きましょうか。あっ、悠人もメイド服に着替えます?」
「着替えないよ!!」
せめて執事服って言って欲しいのに。
パンフレット配り。それはすごい人気だった。歌姫から受け取るパンフレットに何かご利益でもあるのかわからないけど手を合わせて頭を下げながら受け取る人もいる。
本当に、すごい人気だけどわけがわからない。僕はそんな様子を近くの建物の屋上から見ていた。というか、こんな人気の中で近づけるわけがない。
パンフレットは本来一つなのに複数買っている人達もいるし。
「本当に、どういうことなのかな?」
意味がわからないけど大盛況ならいいか。
僕は小さく息を吐いて周囲を見渡した。メリルの隣には軍の関係者がメイド服を着ているから僕は屋上や不審な通行人を探せばいい。
まあ、歌姫を狙う人はいないだろうけど。
「ルーイもこういうのをしていたのかな?」
小さく溜め息をついた瞬間、何かが光った。一瞬だけキラッと光ったのだ。だから、僕は思わずその場に伏せていた。
逃走訓練の時と同じような光景だったからでもある。浩平さんの遠距離射撃。勘違いだと思いたい。
「端から見たら間抜けだろうな。だから」
立ち上がった。その瞬間、頬を何かが掠った。すかさず近くの物陰に隠れて頬を触る。
指先についたのは血。僕は小さく舌打ちをした。
「射撃、だね。こちら歌姫親衛隊の悠人です。一番近くにいる人は応答してください」
デバイスを取り出して通信機を繋ぎ第76移動隊との通信を開く。こういう時に頼りになるのは第76移動隊だ。
『こちら海道茜。現在緒美と一緒にメリルからパンフレットを貰っているよ』
「そんな近くに。茜さんと緒美さんはメリルをお願いします。僕は狙撃を受けました」
『了解。今からメリルに事情を話すから。他に近い人は』
『私』
話に割り込んでくるようにメグの声が響いた。メグさんって呼んだら恐縮されたからメグなんだよね。
『今は夢と一緒に屋上に飛び移った。狙撃の方向は?』
「方向は大通りから」
その瞬間、嫌な予感が僕の頭の中に生まれた。すかさず通信機を手放して後ろに下がる。すると、どこからか飛来したエネルギー弾が通信機を貫いた。
デバイスを収めて周囲を見渡す。一体どこから。
「サイレント式。えっと、確か」
サイレント式の銃の特徴は音がしない代わりに弾速が遅い。僕の拙い身体能力強化でも回避は可能だ。
体中に魔術を馴染ませて地面を蹴る。走りながらすかさず近くの建物の屋上に飛び乗った。
来る。
体の感覚を頼りに横に跳ぶ。エネルギー弾が空間を切り裂くが僕には当たらない。
今の感覚から敵の場所を見つけ出す。
「そっちか」
屋根を蹴り、屋上に上り、跳んで屋根に乗って走る。時折襲いかかってくる感覚から避けるように体を動かしつつさらに屋根を蹴った。
見えた。
黒服でライフルを構えた男。そいつが僕に先を向けている。
ここまで来れば回避は簡単だ。放たれたエネルギー弾を軽々と避ける。男はすかさず弾丸を装填してライフルを構えた。でも、遅い。
最大まで加速しながら男の鼻に膝を叩き込む。そのまま姿勢を戻して屋上を滑るように着地した。だが、男は吹き飛ばされながらもライフルを向けて来ている。
避けられない。そう思った瞬間、ライフルが飛来した矢によって弾かれた。男はすかさずライフルに手を伸ばすがライフルが炎獄の御槍によって両断される。
「間に合った。悠人さん、大丈夫ですか?」
「大丈夫。助かったよ。どうして僕を狙ったんだ?」
僕は男に近づいた。だけど、男は無表情で僕を見ている。何か嫌な予感がする。
「我らの使命はただ一つ」
男が動いた。メグもとっさに炎獄の御槍を振るがそれより早く男は何かを飲み込んでいた。
「偽りの幸せを享受する者達に幸福な死を」
そして、男の体が大きく膨れ上がったと錯覚した瞬間、その場に男が倒れた。そして、口や鼻から血を流す。メグがとっさに首筋に手を当てるがすぐに首を横に振った。
自殺? それよりも、さっきの言葉は一体どういうこと?
「間に合って良かった。悠人さんは怪我はないですよね?」
「うん。メグにも夢にも助けられたな。メグ、今の言葉を聞いていたよね?」
「はい。偽りの幸せを享受する者達に幸福な死を、でした」
「どういうこと?」
これに関しては情報が少なすぎる。ルーイに聞かないと。
「嫌な予感がする。本当に、嫌な予感が」