第八十六話 蒼鉛の力
イグジストアストラル。
僕が知る機体の中では一番不思議な存在だ。ストライクバーストやマテリアルライザーにエターナルと同じ時期に造られた機体。それなのに、ストライクバーストやマテリアルライザーみたいな凄さはない。
ただ、硬いだけ。でも、それは事実だろうか。
硬いというのはわかる。今の技術でも、そして、過去の技術でも到達出来なかった、又は、到達しても大量生産出来なかった完全な魔鉄によって造られた装甲はダークエルフが身につけるリアクティブアーマー以上に硬い。そもそも、倒す方法がパイロットの気絶だ。馬鹿げてる。
翼が砲塔になるのもいいだろう。ただ、反り返ることで向く砲塔の威力は低い。ストライクバーストには通用しない。
あれほどの装甲と機動力と砲塔を持っている以上、イグジストアストラルにはまだ何かあると考えている。
アストラル機装である聖銃シルヴィルスと聖盾ウルバルスの二つを隠し持っていたし、聖砲ラグランジェも持っていないか不思議に思ってしまう。
でも、隣でクレープを頬張っている鈴は持っていたとしても語らないだろう。それほどまでに意志は固い。
視線が向いているのに気づいたのか鈴がこちらを向いてくる。
「どうかしたの?」
「いや、何でもない。ただ、美味しそうに食べると思って」
「美味しいから。でも、こんなに呑気でいいのかな?」
鈴が首を傾げるのは今のデート状態だろう。式典会場に向かった僕達だが、何故か式典準備は終わっており、アストラルブレイズも動かされていた。話を聞けば第76移動隊が手伝ってくれたらしい。
だから、手持ち無沙汰となった僕達はリマ達のところに向かっていた。
「終われば祭りを楽しむようにメリルから、命令、が出ている。だから、問題はない」
「なるほど。それにしても、ルーイは命令されるのが嫌いなんだ」
「メリルから命令されるのはな。僕がメリルと幼なじみなのは知っているだろ?」
鈴がゆっくり頷く。この話は音界の住人なら大半が知っていることだ。
「命令なんか無くても、お願いならいくらでも従うのに」
「そうかな? ルーイなら命令じゃなかったから隠れて仕事を手伝うと思うよ」
「それは」
図星だった。支障が出ない程度で手伝おうとは考えていた。
鈴がクスッと笑う。その顔は可愛くて思わずドキッとしてしまうくらいに。
「ルーイらしいね。メリルはもっとルーイのことがわかっていると思うよ。だから、メリルは命令した。ちゃんとルーイには休んで欲しいから」
「頼られているのはわかるけど、僕はまだ歌姫親衛隊だ。軍隊の一員だ。手伝える仕事は手伝わないといけない」
「だから、それがメリルに心配されているの。メリルはルーイのことを悠人と同じくらいに大切に思っていると思う。そして、信頼している。だから、休んで欲しいと思うよ」
まさか、そこまでわかっているなんて。
そうか。イグジストアストラルというのは防衛の基点。そこを基点に指示をだす。だからこその防御力だけなのだろう。
それはそれでかなり羨ましいが今はいい。
「でも、僕は動くよ。メリルはそう思っている。だが、僕はメリルのためだけに軍にいるわけじゃない。国のためでもあるんだ。だから、僕は動く」
「むう、そう言われたら私は何も返せなくなるのに。でも、働きすぎは駄目だから。倒れたりしたらみんな心配するし」
「倒れたことがあるのか?」
「うん。一度だけだけど。真柴と結城家との戦いよりも後、第76移動隊が学園都市に戻ってから、一度倒れたことがあって。みんなに心配されたし、周さんからは怒られた」
「あいつが?」
あいつはあまり怒るイメージがない。そもそも、あいつは戦闘では熱くなりやすいがかなり冷静であり戦場でも頼れるリーダーだ。
ただ、前に出すぎる傾向はあるが。
「うん。移動隊は世界を旅する。無理をしながら戦うならお前に移動隊にいる資格はないって」
「確かに。音界ですら端から端まで移動するだけでもくたくただ。それが気候や風土すら変貌する人界ならば」
「そういうこと。当時の私は強くならないと駄目だと思ってた。天才の悠人、努力家で才能のあるリリーナ。そして、天才の巣窟である第76移動隊。その中にいたら、嫌でもそう思ってしまう」
それは経験したことはないからわからない。だが、共同戦線を張った時ですら第76移動隊の異質さは感じていた。
あまりに強すぎる、というのはある。誰もが目的に向かって周囲を見ながら動く姿はよく訓練されている。それ以上に小さな部隊での動きは部隊と思えないくらい自由で、自由でありながら部隊のように連携が取れている。
それがある意味第76移動隊が最も異質なものだと証明しているだろう。
部隊を分ければ連携は取れない。だが、目的のために連絡すら取れない状況でも連携しながら戦える部分。特に、学園都市騒乱は異常だと言える。
そんな中にいればサブパイロット適性がとても高い鈴ではメインパイロット適性の高い二人のそばにいれば圧迫感を感じたのだろう。
「今は大丈夫なんだけど、悠人もリリーナも前に行っているのに、私だけは止まっているように思えるから」
「止まっている、か。本当にそう思っているのか?」
「うん。エンシェントドラゴン相手に、私は最後まで戦えなかった。戦う力があったはずなのに、私は簡単に負けた。リリーナは何とか大ダメージを与えたのに。強くならないといけないのに」
「僕がイグジストアストラルに乗ろうか?」
その言葉を言った瞬間、僕は言ったことを後悔した。何故なら、鈴がくしゃと顔を歪めて泣きそうになったから。
今の言葉は鈴に力が無いと言ったようなものだ。これほどまでに後悔した言葉はない。
鈴が顔を逸らす。
「わかってる。私が実力がないことくらい。パイロットとして向いていないことくらい」
否定出来なかった。否定する言葉が無かった。
「悠人やリリーナみたいな才能なんてない。だけど、イグジストアストラルは渡さない。あれは、私だけが使う機体だから」
「それはわかっている。だが、今のままでは鈴はその思いに捕らわれたままだ。パイロットが退けというわけじゃない。ただ、強くなるきっかけの一つとして」
「ありがとう。ルーイが慰めてくれるのはわかったから。でも、それでも私は強くならないといけないの。悠人やリリーナの隣に立つために」
「そうか」
言葉が続かない。どのような言葉を言えばいいかがわからない。
無言が続く。何かを話さなければならないのに話せない。すごく、もどかしい。
慰めるべきか? いや、逆効果だ。優しくするべきか? いや、それは僕の役目じゃない。だったら、歌姫親衛隊の隊長として接するしかないか。
「横に立ちたいためだけに強くなりたいならば、それは間違っている。今すぐ歌姫親衛隊を止めろ」
「ルーイ?」
「僕は、いや、僕達は戦い続けなければならない。この意味がわかるな?」
コクリと頷く鈴に僕は頷きを返した。
「なら、横ではなく前で守るために強くなれ」
「前?」
「イグジストアストラルは防御力に関しては並ぶ者がいない。ならば、それを有効活用しろ。前に出ればイグジストアストラルの体を張って守りながら戦えるはずだ。同じになる必要はない」
「でも」
「でもじゃない。強くなりたいのだろ?」
鈴はゆっくり頷いた。
みんな同じのはずだ。強くなりたい。僕やリマ、悠人に鈴にリリーナも、クーガーやラルフだって強くなりたいという気持ちはあるはずだ。
悠人はそのベクトルが多少変わっていたから暴走した。でも、誰でも強くなりたいと思い、それは否定することは出来ない。
「ならば、まずは自分を知れ。イグジストアストラルを知れ。戦場での役割を知れ。後方で芋虫になっているのが正しい姿ならばそれでもいい。だが、イグジストアストラルはそのようなものではないはずだ。イグジストアストラルの強さを見せてみろ。僕が、僕達が納得出来るように」
そもそも、悠人やリリーナと並ぶことが間違っている。
高機動の機体を使った攻撃機動型の悠人と、大火力を操る火力機動型のリリーナとでは大きな違いがある。
対する鈴は指揮官型に近い。周りをよく見ることが出来る。ならば、それを伸ばせばいい。
「強くなるという手段は一つじゃない。経験を積む、努力をする、技を磨き上げる。この中で一番重要なのは経験だ。だが、鈴は大丈夫だと僕は思っている。ならば、努力をしろ。そして、イグジストアストラルの技術を磨き上げろ。それこそが強くなる秘訣だ」
「強くなる秘訣」
「とは言っても、そこまで簡単に出来るわけではないが」
「ルーイ、後で手合わせをお願い」
そう来るとは思っていた。僕は込み上げる笑いを我慢しながら頷いた。
「いくらでもやるさ」
「絶対にコテンパンにしてやるんだから」
そう、鈴は涙を浮かべた目尻を指で拭いながら笑みを浮かべた。