第八十五話 式典準備
何かとやっていたら少し空きました。というか、書いては消しての繰り返しとリアルが忙しい。でも、頑張ります。
第76移動隊の制服を棚の中に仕舞う。これはもうすぐ返さないといけないものだから。そして、僕は振り返った。
ハンガーにかけられた軍服。普通の緑色と違って鮮やかな青色をした軍服であり、胸には高らかに歌う歌姫をあしらったワッペンが貼り付けられている。
『歌姫の騎士』専用の軍服。それを見ながら僕は小さく息を吐いた。
これからの制服、なんだけど基本的にはこれを着ないといけないらしい。鈴やリリーナは私服でも時と場合を選べば大丈夫だけど、僕は時と場合も選ばないといけない。
すごく、面倒だ。
「まら、着るしかないけどね。今までは私服だったけど今日からはこれを着ないと」
軍服に袖を通す。新品だし少し重いから着心地は悪い。
「というか、御披露目は明日なのにどうして今日から着なくちゃいけないんだか」
「似合っているからいいと思うがな」
その言葉に振り返った。いつの間にかそこには軍服を着ているルーイとリマの二人がある。二人共緑色の軍服だ。
鈴とリリーナは未だに着替えているのだろうか。
「似合ってると言われても軍服だから微妙なんだよね」
「だが、これからは歌姫直属親衛隊で音界の兵士だ。『GF』は軍隊ではないがここでは軍隊の一員だ。僕も普段は着ない。ここに来るのと大きな行事以外はな」
私服でここに着ていたことなかったっけ。
「覚悟はしておくよ。ところで、二人はどうしてここに?」
「歌姫親衛隊の隊長は僕だ。例え、『歌姫の騎士』であっても、新人ならばそれを指導していかなければならない。何か質問はあるか?」
「別に指導されなくても、大体のことはメリルから聞いていたし」
『歌姫の騎士』が何をやるかはメリルから聞いている。だから、聞かれれば何かと答えられるはずだ。
「『歌姫の騎士』の役割は?」
「歌姫を精神的に安定させ、その身を守ること」
「『歌姫の騎士』の仕事は?」
「歌姫の護衛。常時というわけではなく、戦闘時を除けば周囲の警戒が中心」
「休日は?」
「歌姫がいる限り無し」
「『歌姫の騎士』の優先順位」
「歌姫を最優先にする。民間人はその次」
「合い言葉は?」
「そんなのあったっけ!?」
「合格だ」
矢継ぎ早に言われた質問に答える。最後のものだけは確実に遊んだのだろう。
まあ、ルーイも僕が間違わないような質問ばかりしてくれたし。さすがに礼儀作法は無理だから。
「というか、ルーイがどうしてここに? 麒麟工房の方に行っていたんじゃ」
「悠人があのガルムスと戦ったと聞いていてもたってもいられなかっただけだ。だから、アストラルルーラを最速で整備してもらった。愚痴をたんまり言われたし、アンからは昨日から明日まで徹夜だと怒られた」
「それは、ごめん」
「気にするな。僕も徹夜だから」
気になるんですけど。
「だが、間に合うそうだ」
「何が?」
「悠人の機体、アストラルリーネ改めエターナルツヴァイのことだ」
エターナルツヴァイ? すごく不思議な名前だよね。どうして英語とドイツ語?
「どうしてそんな名前?」
「アンが決めた。最初はエターナルワンだったが、気にくわないという理由らしい」
「中二?」
「なんだ? それは」
「あ、うん。気にしないで」
本当に気にしないで欲しい。
「エターナルツヴァイは明日御披露目だ。アストラルルーラ同様、華々しく登場する予定だが、これはまたでいいだろう」
どっちにしてもそれに関する話は後の会議で必ずするだろうし。今話されてもすぐにどうにか出来るものでもないし。
それにしても、エターナルツヴァイか。名前はともかくとして元の名前がアストラルリーネだから悠遠の翼を持っているんだろうな。
確率としては『加護』か『豊翼』か。まあ、順当に考えて『豊翼』だろうけど。
そもそも、悠遠の翼自体があんまり解析されていないから能力はかなりぶっつけ本番になるけど。
「不安そうだな」
「確かに不安かな。でも、大丈夫だよ。僕はこれから『歌姫の騎士』として戦っていくから。これだけのことで不安になっていたら仕方ない」
「違いない。僕はこれからメリルのところに向かう。式典準備で相談しなければならないからな」
「そっか。明日か」
昨日はかなり慌ただしかったから式典のことを完全に忘れていた。明日に式典あるんだよね。ついでに僕の御披露目も。
そう考えるとかなり不安になってきた。
「うわぁ、どうしよう。アル・アジフさんに相談しようかな。いや、ここは周さんに」
「こんな時に焦るのか」
「らしいと言えばらしいですね。どうしてメリルはこんなやつを」
「リマ。その話は終わったことだ」
こういう時に周さんと相談出来たらいいなと思ってしまう。周さんって何でも聞いてくれるし。多分、こういう時の心構えも教えてくれるだろう。
僕はちゃんとやれるかな?
「やれやれ。これからが不安になるな」
「仕方ありませんよ。へたれですし」
「だよね。悠人はへたれだよ」
「悠人には悪いけど、私もかな」
いつの間にかルーイやリマと同じ軍服、ただし、つけている階級章やら何やらは違うがそれを着たリリーナと鈴がやってきていた。
着ているというより着られていると言った方がいいのかな。
「どうやらちゃんと着れたみたいだな。僕は苦労していると思っていたのだが」
「あはは、そんな悠人じゃないし」
「僕だってちゃんと着れるからね!」
「そうだっけ?」
「首を傾げるのは止めてくれないかな、鈴」
まったく、僕だってちゃんと着ることが出来る。寝ぼけていなければ大丈夫だから。みんな僕をいつも寝ぼけているように考えて。
というか、ルーイは僕を心配しなかったのに二人のことは心配するんだ。
「ともかく、今日の予定だ。僕と鈴、リマとリリーナの二組はそれぞれで式典準備に取りかかる。悠人はメリルと共に式典準備を見回ること。時には手伝えるように」
「僕や鈴はリリーナと違って身体強化はあまり出来ないよ?」
「そもそも、この世界に身体強化出来る人が少ないことを理解しろ」
確かにそうだったね。
人界じゃ当たり前のことで近接も可能なリリーナならともかく、僕や鈴はあまり魔術自体が得意じゃない。
でも、音界って魔術を使える人が少ないんだよね。白騎士とかはかなり強力な魔術が使える稀有な存在だけど。
「式典準備? どんなことをするの?」
「僕達は会場の飾り付けの手伝いと、台場両翼の式典用アストラルブレイズの位置調整。リマとリリーナはクーガー、ラルフの二人と最終調整。話はリマが中心だが、別視点が欲しいからリリーナで頼む」
「了解だよ」
「僕はメリルの付き添いか。つまり、今日が初任務?」
「そう思ってくれても構わない。とは言っても、それほど忙しいものではないだろう。式典と言っても今までは暫定的な『歌姫の騎士』の発表とお祭りの開始宣言だ」
「お祭り?」
式典じゃないの?
すると、その場にいた四人が同時に溜め息をついた。
「式典、創始式典は創始祭の始まりとなる式典だ。創始祭はこの国が生まれた日であり、人類皆兄弟という日だ。戦いが最も嫌われ仮初めであっても平和が尊ばれる日。連絡によれば、創始祭が近いから争っていたレジスタンスグループの大半が戦闘や裏工作を止めたらしい」
「ちょっと待った」
僕はその言葉が気になった。
戦闘や裏工作とルーイは言った。しかも、大半のグループ。それに、歌姫親衛隊を僕以外がメリルから離れるということ。
「もしかして、悪意ある誰かが入ったってこと?」
その言葉に全員が驚いていた。ただ、ルーイとリマだけは驚きが少ない。
「なるほど。さすが、というべきか。悠人の言う通りだ。不確定情報だがな。式典準備をしながら周囲への警戒、第76移動隊にも頼んでいるが、それを頼む」
「わかったよ」
「わかりました」
ルーイとリマが僕を見る。何を言おうとしているのかはわかっていた。
「メリルは任せて。他の場所をお願い。僕は、『歌姫の騎士』だから」