第八十四話 歌姫直属親衛隊
僕は孝治さんに通信機を返した。孝治は笑みを浮かべて通信機を受け取る。
本当に僕は恵まれているな。みんなと出会えて良かった。純粋にそう思ってしまう。
そして、後ろにいる鈴に振り返る。多分、リリーナじゃなくて鈴が中心になっていただろう。だから、鈴に聞いた方がいい。
「周さんから聞いたけど、第76移動隊のフュリアス部隊が音界に異動したのって本当なの?」
「あっ、知ったんだ。うん。私がメリルと話して考えたことを周さんに話したから。周さんは瞬間で採用したけど。移動と言っても期間限定、になるのかな。えっと、メリルが話してもらえる? 音界のメリットについて、そこのところがよくわかっていないから」
「わかりました。簡単に言うなら歌姫直属親衛隊、まあ、歌姫親衛隊の人員補充が一つですね。今まではルーイとリマ、そして、ルナがいたのですが」
その言葉にみんなの視線が、クーガーさんとラルフさん以外のみんなの視線が僕に向く。
まあ、確かに向く理由はわかっているんだけどね。
「式典に対する人員補充ではなく式典後に対する人員補充ですのでそこまで深刻化なものではありません。私はそこそこ皆さんからの信頼を受けていますから、レジスタンスとの抗争に対する調停役になりたいという思いがあります。だから、それを達成するための護衛として歌姫親衛隊の人員を増やしたいと考えているのです」
「なるほど。確かに、護衛も無く行っても捕まったら全てが水の泡だもんね。それはいいとしても、クーガーさんやラルフさんは? 実力としては十分だと思うけど」
「俺達も最初はそのつもりだったんだけど、歌姫様に声をかけたら悲鳴を上げて逃げられてから遠慮しているわけ。はっはっはっ」
「笑い事ではないぞ、クーガー。だが、俺達では役不足だとはわかっている。だから、実力があって歌姫様のそばで戦える人物を探していたのだ」
確かにメリルはかなり、というかほとんど男性恐怖症は治っていると言ってもいいが、突発的なことにはまだ慣れていないのだろう。
フュリアスのパイロットで女性かつ強い、という人は少ない。リリーナもかなり強い方だけど、パイロット全体からみればそれなりに強いになるし。音界でも同じことが言えるのだろう。
それに、僕や鈴、リリーナならメリルとは仲がいいからばっちりだ。
「それと、大きな声では言えないのですが、今の政府は二枚岩ではないのです」
「「二枚岩?」」
不思議そうに光さんと浩平さんが言う。他の人達はわかっているか意味が分からないかの比率は3:1くらいだろうか。
僕達はメリルと首相はかなり仲が悪いのは知っているから驚かないけど。
「二枚岩というより四枚岩というのが正しい状況です。勢力的には首相グループが一番ですが、その次にガルムスを中心とした軍部の半数弱。そして、どちらにも属さない第三者勢力。最後に私達歌姫の勢力です」
「クーガーさんやラルフさんも?」
「はい。その点では私達が勝っているのですが、数となるとどうしても勝ち目がありません」
確かに、ガルムスとか首相とかはかなりの部隊を持っていそうだ。メリルが歌姫親衛隊を探していたのもなんとなくわかる。
ルーイ、クーガーさん、ラルフさん、リマのグループに僕達が入ったらかなり強い面々になるのは明白だ。
「実のところ、悠人は引く手数多です。『悠遠』アストラルソティスとエクスカリバーとの戦いは今でも茶の間に流れるくらい有名ですから。首相なんてこちらに回して欲しいと頭を下げに来ましたし」
「いつの間にか僕は有名人になっているんだね」
「私達が有名人にしたんだよ。音界でビデオバラまいたり」
「宣伝したりしたよね」
「そうですね。リリーナも鈴も一緒に頑張りましたよね」
初耳なんですけど。
「ですから、悠人を『歌姫の騎士』にするには反対はあまり出ませんでしたから。それもこのためです」
さすがに胡散臭いけど、確かに歌姫親衛隊は人手不足だから仕方ないと言えば仕方ないけど。
「あれ? 歌姫親衛隊って昔から三人だけ?」
そう考えるとかなりおかしく思ってしまう。だって、基本的に三人一緒に人界に来ていたはずなのに、歌姫親衛隊が三人だけの場合は誰もいなくなってしまう。
すると、メリルはクスッと笑った。
「私の居城の中にいる人は半数は、ですね。もちろん、スパイもいていますが」
「あそこ、思っていた以上にドロドロしているんだね」
「そういうものだよ。特に、その世界で最も権力のある場所ならね。魔界だって、一枚岩じゃないから」
「その分、『GF』は固い、かな?」
「鈴。あれは身内固めなだけだからね。パパもよく愚痴を言うな。政策に対して文句を言う奴は大歓迎だが気にくわないから文句を言う奴らが多すぎるって」
「ここも魔界も同じようなものですね」
ここだと、政策を作るのが首相達政権で政策に文句を言うのは政府レジスタンスの歌姫側で気にくわないから文句を言うのは政府レジスタンスのゲリラ型、と言えばいいかな。
そう考えると、レジスタンスが出来た根本的な問題は何だろう。
「少し気になったのだが、レジスタンスの始まりは何だ? 歴史は詳しく調べているが、一度は世界が一つになったようだが」
僕と同じ疑問を思った孝治さんがメリルに尋ねる。孝治さん以外にも悠聖さんや楓さんが気づいていたみたいだけど、半数くらいがその言葉にハッとしていた。
音界の歴史を調べていたらわかるけど、一度だけは争いのほとんどない、裏側は除くけど、そんな期間が実在していた。
「はい。私の世代までは実際に一つ、正確には二つの都市を中心に音界は動いていました。その頃は私も幼く、今以上に男性恐怖症で、歌姫直属親衛隊の数は今以上でした。その最中でとても大きな事件が起きたのです」
「ふむ。汚職疑惑、又は濡れ衣か」
「正解です。現政府レジスタンスの本拠地である都市ルーヴィエ・アルマの当時の市長、現政府レジスタンスリーダーであるクロラッハが多数の貴族にお金を渡していた疑惑が浮上しました。もちろん、クロラッハはそのような人物ではありませんので濡れ衣です。ルーヴィエ・アルマは首都ほど大きいわけではなく、貴族の数も少ないので」
人界じゃ貴族ってのはよく分からないけど。周さんなら普通に繋がりがありそうだとは思う。
というか、そういう意味でドロドロしているのはやっぱり、と言うべきなのかな?
「結果だけを言うなら首都とルーヴィエ・アルマで勢力は別れました。当時の首脳陣がルーヴィエ・アルマを爆撃したためクロラッハは完全に怒って分裂した、というわけです。その時に歌姫親衛隊の大多数が向こうについたので」
「だから、あまり補充されなかったんだ」
多分だけど、当時から歌姫親衛隊は質が良かったのだろう。だから、歌姫としての力があった。だが、今はどうだろうか。
音界は荒れている。首都は静かなものだけど、周囲に目を向ければレジスタンスがいるため治安はいいとは言えない。
「私が望むのは皆さんが暮らしやすい世界です。海道周のように全てではなく、上に立つ者として最大多数の幸福。そのために力がいります。力無き正義は正義ではありません。ただの市民団体です。動くのを待つのではなく、私が動きたいと思っています」
メリルはクーガーさんとラルフさんの方を振り向いた。
「クーガー、ラルフ。今の話を聞いても私を手伝ってくれますか?」
「手伝うよ。そこまで言われたならしないのは男の風上にもおけないからな。だよな、親友」
「同意する。私も、あなたの理想に賛同します」
次に僕達の方を向く。
「悠人、リリーナ、鈴。それでもあなた達は歌姫直属親衛隊に入りたいと思いますか?」
「僕はメリルが望む世界を手伝うよ」
「私もだね。メリルが頑張ろうとしているのは伝わったから」
「やっぱり、世界は平和が一番だね」
最後にメリルは孝治さん達の方を向いた。
「第76移動隊の皆さん。私はもしかしたらあなた達に救援を頼むかもしれません。虫のいい話ですが、出来る限り手伝ってもらえませんか」
「第76移動隊を代表として俺が約束しよ」
「ありがとうございます。皆さん、これから、よろしくお願いします」
そして、僕達はこの日から歌姫直属親衛隊に配属された。