第八十二話 切り札その2
多分、マテリアルライザーでもこれはします。
『天聖』アストラルソティスは時間を操作出来る。それは何ら間違ってはいないようだ。だけど、相手の能力はかなり危険だ。
魔力の翼に力を込めて加速する。それと同じ、いや、それ以上の速度で『天聖』アストラルソティスは斬りかかってきた。
すかさず対艦剣で受け止め弾く。
『なかなかやるじゃないか、小僧』
ガルムスの声を聞きながら、僕は一歩前に踏み出した。そのまま『天聖』アストラルソティスに対して対艦剣を振り抜く。
だが、そこに『天聖』アストラルソティスの姿はない。すかさずその場で宙返りを行って後ろから振り抜かれた対艦剣を避けた。
『ちっ、ちょこまかと』
「やっぱり、一筋縄じゃいかないよね」
先手を受け止めた印象が強いから相手は近接戦しかしてこない。僕の能力はエネルギー弾には有効だけど、対艦剣にはあまり意味がない。というか、ダークエルフは出力の無い対艦剣でも殴られたら破壊される。
距離を離そうにも離れてくれないだろう。でも、今はそれでいい。
エネルギーライフルを片手に『天聖』アストラルソティスに向けてエネルギー弾を放った。だが、『天聖』アストラルソティスはそれを軽々と避ける。そのまま一歩踏み出しながら対艦剣を振り抜いた。
だが、『天聖』アストラルソティスは対艦剣を受け止めて弾き飛ばされる。
アストラルソティスのスペックは近接戦中心の機体じゃない。だから、例え向こうが悠遠の翼を持っていたとしても近接戦ではダークエルフに分はある。
アストラルルーラならそうはいかないけど。
そのまま踏み出して対艦剣を叩きつけようとした瞬間、僕の体はダークエルフを後ろに跳ばせていた。
体が勝手に動いたと思った瞬間、先程までダークエルフがいた場所に対艦剣を振り下ろしていた。
見えなかった。一体、どのように移動したのかが。
「完全な時間操作? いや、今はいいや。今は、それを考えるより『天聖』アストラルソティスを追い詰めることを考えないと」
小さく呟きながらも対艦剣を叩きつける。『天聖』アストラルソティスはそれを受け止めるけど、僕はすかさず懐に潜り込んでいた。
相手が反応するより早く肘を鳩尾部分、コクピット下の集積デバイスがあるところに叩きつけた。運が良ければ一撃必殺だけど、そういうわけにはいかないだろう。
『貴様!』
ガルムスの声が聞こえるのと同時に『天聖』アストラルソティスの姿が消えた。感覚を頼りにダークエルフを前に動かす。
衝撃。いや、『天聖』アストラルソティスが振り下ろした剣が地面を砕き、その破片がダークエルフを打ったのだ。
すかさず後ろに下がる。そう。アストラルソティスの懐に飛び込むように。
『なっ』
ガルムスが驚く声が聞こえる。おそらく、対艦剣を振り上げるのだろう。だから、僕は半身を反らした。
対艦剣がギリギリ当たらない場所を通り過ぎ、『天聖』アストラルソティスに致命的な隙が出来る。だから、僕は対艦剣を振り抜いていた。
体をひねる『天聖』アストラルソティスに合わせて。
宙を舞う『天聖』アストラルソティスの左腕と対艦剣。僕は後ろに下がりながら対艦剣を『天聖』アストラルソティスに向かって投げつけた。
だが、いや、やはりと言うべきか。対艦剣は軽々と避けられる。
『殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる!!』
目論見通り。
相手の性格から考えて、わざと手加減すればいい。今のように、確実に倒せる隙なのに腕だけとか。
今回は偶然勝ったらダメなんだ。切り札をあと一つ出し切ってから勝ちたい。
『天聖』アストラルソティスが動く。体の感覚に従って横に転がり後ろから振り下ろされた対艦剣を避け、取り出した対艦刀で横に振られた対艦剣を受け止めた。
ガルムスからしたら初めての感覚だろう。常に先手を取ってきたガルムスからしたら。
「じゃ、そろそろ決めようか」
僕は笑みを浮かべながら今朝、朝陽が登る前のことを思い出していた。
「鈴! 鈴!」
僕は倒れたイグジストアストラルのコクピットを叩く。それほどまでに先程の攻撃は極めて威力が高かった。だから、中にいる鈴のことを考えたら頭が真っ白になってしまう。
鈴は大丈夫だろうか。また、あの時と同じようになっていないだろうか。頭の中で同じ考えがグルグルと、グルグルと回っている。
そして、イグジストアストラルのコクピットが開き、そこから鈴が飛び出してきた。
「悠人!」
嬉しそうな声を上げて僕に抱きついてくる鈴。
えっと、どういうこと?
「すごいよ。さっきの技、本当にすごいよ! あれが悠人だけが使える能力なんだね」
「周さんも使えると思うけどな。ダークエルフもマテリアルライザーも一撃を受ければ終了という点では同じだし」
「そうだとしても、あんな使い方を本番で決めたら敵は何も出来ない。実際に、イグジストアストラルがそうだったんだから」
「そういうものかな?」
少し疑問に思ってしまうけどそういうものなのだろう。いろいろとよくわからないけど。
でも、鈴はすごく嬉しそうだな。あれだけの技だから怪我くらいしてそうなのに。
「鈴は大丈夫? 怪我とかしていない?」
「私は大丈夫。悠人の技がすごくて興奮したくらい。でも、あれを見たらみんな驚くだろうな」
「そうかな」
「そうだよ。悠人はわかっていないな。フュリアス戦にとってフュリアスの致命的な弱点、一定加速以上にいる場合は魔力結合が出来ないのを使ったすごいやり方だよ」
「それ、本当だったんだ」
理論だけなら僕も聞いたことがある。そもそも、そんな理論上の速度を叩き出せるフュリアスはおそらくだがエクスカリバーとフルブーストのイグジストアストラルくらいだろう。
そもそも、理論上の数値でエネルギー弾を放てばエネルギー弾の方が遅いからエネルギーライフル自体が爆発するし。
「勝てるよ。悠人。私が保証するからあいつをボッコボコのギッタギタにしておいて」
「いや、まあ、勝つつもりだけど、使い道が大変だな。フィールドから出たらダメだし、『天聖』の力が使われたら当たらないし」
「あっ、そのことなんだけど、『天聖』の力って常に使えるものなのかな?」
鈴が首を傾げる。その言葉に僕は何が言いたいかわかった。
「周さんの『天空の羽衣』もそうだけど、使用制限が必ずあると思うの。常に発動出来るなんて真似は悠遠の翼でも無理だろうし」
時を操る魔術は膨大な魔力を消費する。そのことを考えても悠遠の翼が常に発動出来るわけがない。
『天聖』はソードウルフみたいにチャージが可能?
「どうかな?」
「間違ってはいないと思う。本番で試してみるよ。ガルムスも、手加減されたと知ったら本気を出すだろうし」
『天聖』アストラルソティスの姿が消える。その瞬間にはダークエルフは前に転がっていた。すかさず『天聖』アストラルソティスが対艦剣を振り抜くが、それを簡単に回避して前に踏み出す。
『天聖』の一回の発動には時間がかかる。だから、今しかない。
「FBDシステムオーバーロード!」
その瞬間、ダークエルフのエネルギーが跳ね上がった。地面を蹴りながら『天聖』アストラルソティスの頭を正面から鷲掴みする。
「翔べ!」
そして、加速しろ!
加速する。翼が力を持ち、一瞬にしてフィールドの端から端まで移動して上に急上昇する。
『天聖』と言っても相手はアストラルソティスだ。ならば、いくらでも壊し方はある。
「速く速く速く速く速く、限界を超えろ! ダークエルフ!」
最高速による急上昇。すでにメーターは全て振り切っている。
「これが僕の、僕達の力だ!」
急上昇からの急降下。高度と速度を最大限まで使った攻撃。フュリアスにしては神速の速さを叩き出した加速のまま、『天聖』アストラルソティスを地面に叩きつけた。
ギリギリの方向転換で地面への激突を回避して地面に着地する。
激しい火花を散らしながらダークエルフは端から端まで滑った。ギリギリで動きが止まり、僕は『天聖』アストラルソティスを見た。
そこには四肢がひしゃげ、完全に壊れた『天聖』アストラルソティスの姿。コクピットが開いてガルムスが出ている以上、どうやら無事だったらしい。
「僕の勝ちだ」
僕は拳を握りしめ、そして、笑みを浮かべた。