第八十一話 切り札その1
夢を見た。夢と言ってもありえない夢を。
僕がお母さんやお父さんと一緒に暮らしている夢。小さな家の中で僕達は笑っている。貧しそうな光景でも僕達は笑っていた。
ありえない夢。起こり得ない夢。だからだろうか、僕はこういうのを望んでいるのだとわかった。
大切な人がいて、大事な人がいるから幸せで、笑っているような家族が欲しいのだと。
「夢」
目を開けたそこに見えたのは格納庫の天井。体を起こしたそこには死屍累々となった技術者達の群れ。
みんな、ダークエルフの修繕を頑張ってくれたのだ。真夜中に訓練するという迷惑なことをしても、みんな頑張ってくれた。
話によると、ガルムスは『歌姫の騎士』に相応しくないから。そして、僕がメリルと親しいことを知っているから。
「本当に、僕は幸せものだよね。さて、と」
体にかぶさっていた毛布をどける。そして、前に立つダークエルフを見ていた。
その白かった装甲はいたるところが汚れている。到底、『歌姫の騎士』が使う機体には見えない。
だけど、この機体は僕の全てに答えてくれる。だから、頑張って欲しい。
「ダークエルフ。最後のお勤めになるけど、一緒に頑張ろう。僕は、僕達は負けないから」
最後のお勤めと言ったのは訳がある。
別に新型機に乗るからじゃない。システムにかなり無理をさせているからだ。奇跡的に残ったエクスカリバーの集積デバイスは使えないから僕が使えるのはこれだけ。
しかも、アル・アジフさんの見立てでは後二回戦えるか戦えないからしい。
これが最後の戦いになる。一番昔から使っている機体。時々動かしていたけど、今日で終わりとなると悲しいような気もする。
「というか、ダークエルフを失ったらこの力の使い道がないんだよね。それは少し残念かな」
僕は小さく息を吐いて歩き始めた。集合場所にはそろそろ向かっておかないと。
「へぇ。面白いことになっているね」
僕が向かっていた扉のそばに、いつの間にか海道正の姿があった。そのそばには光さんや楓さんの姿がある。
何かを話し込んでいたのだろうか。そうだとしても、面白いこととはどういうことだろうか。
「武装無しのダークエルフ。つまりは空の民の力を使うんだね」
「えっ?」
僕は思わず足を止めてしまった。もし、相手がかまをかけたとしても、それが正しいと言ってしまったようなものだ。
それよりも、どうして空の民のことを。
すると、海道正がクスッと笑みを浮かべる。
「怖い顔はして欲しくないな。これでも周とは親しくしてもらっているからね、そういう話は時々だけど耳に入るから」
「本当に?」
「否定したくても出来ないのが辛いところだけどね。楓、光、どうにかならないかな?」
「「私に振らないで」」
「残念だよ。僕のことはそれほど気にしなくてもいい。でも、やっと使う覚悟になったんだね。それはそれで嬉しいな」
「どういうこと?」
海道正が何を言いたいのかがわからない。一体、何を言うためにここにいるのかが。
海道正はまたクスッと笑って近づいてくる。かなり近づいていたから約八歩。それだけの歩数を歩いていた海道正は僕の胸に人差し指を当てた。
「どういう、の意味は君の中にあるよ。僕は今回は傍観者だからね。介入するつもりはないよ」
信じられない。もし、言うことが事実なら多分、そういうことなのだろうけど、少し不思議に思ってしまう。
「まあ、介入しないならいいよ。あの時みたいに殺されかけるのはもうごめんだから」
「それはすまなかったよ。あの時は君を必死にさせるためだからね。後悔はしていない」
「反省はしてね。あんな真似はこりごりだから」
海道正は笑みを浮かべ、そして、僕の頭を撫でてきた。少しくすぐったくて気持ちいいのはどうしてだろうか。
「君に幸あらんことを。怪我することなく戻ってくることを切に願う」
「任せて。僕を誰だと思っているの? 最強のパイロットである真柴悠人だよ」
その言葉に僕は笑みを浮かべて返した。
しっかりと着込んだパワードスーツを再度確認する。精神感応は最大限まで使うから大丈夫だろう。もしかしたら、このパワードスーツも今日で着るのは最後かもしれない。
頭はすでにすっきりしていて起きている。やっぱり、起きた後に軽く運動したのが良かったかな。
「よし。大丈夫」
死屍累々となっていた技術者達の大半は未だに寝ている。若干起きているが、目が少し虚ろだ。ちなみに、訓練に付き合ってもらった鈴も。
「悠人。準備は大丈夫ですね」
メリルの言葉に僕は笑みを浮かべる。そして、ちょうど向かい合うようにして立つガルムスを睨みつけた。対するガルムスはニヤニヤと笑みを浮かべている。
多分、今頃勝った後のことを想像しているのだろう。
「ルールは簡単です。相手フュリアスを戦闘不能にすること。撃破してはなりません。ルールはそれだけです。異論はありませんね?」
その言葉に僕とガルムスは頷く。
『天聖』アストラルソティスははっきり言うなら趣味の悪い機体だった。金メッキが何だか知らないけど、関節は金色で機体のカラーは黒色。
リアクティブアーマーが無くて良かった。
「ハンデはつけなくていいのか? 子供相手だから武装は限定しても」
笑みを浮かべながら話しかけられる。それに対して軽く肩をすくめることで返した。
「負けた時の言い訳にしかしないからいいよ。あなたは自分のことが『歌姫の騎士』として相応しいと思っているけど、実際は逆じゃないかな?」
「何がいいたい」
「さあ。人間並みの知能があればよくわかることじゃないかな?」
戦いはすでに始まっているというべきか。挑発だけだけど。
「では、お互い機体へ」
メリルの言葉に僕達は離れた。僕はダークエルフに近づく。ダークエルフのそばにはリリーナと鈴の姿が。二人共、心配している。
だから、僕は笑みを浮かべた。
「心配しなくても大丈夫だよ」
「でも、相手は最大限まで『天聖』の力を使って来るよ。それを考えたら心配しない方が無理だよ」
「うん。いくら練習したところで、本番で成功するとは限らないから」
確かにそうだ。だけど、今回だけはやるしかない。それに、リリーナの言う通り、ガルムスは持てる力を全て使ってくるだろう。
なら、それなりにやり方はある。
「まあ、見ていてよ。勝つから」
心配する二人を尻目に僕は飛び上がった。そして、ダークエルフのコクピットに飛び込む。
海道正はもしかしたら未来を知っているのかもしれない。訓練風景は関係者以外に誰にも見せていない。それを考えたら海道正が知っていたのはおかしい。
海道正に視線を向ける。海道正が僕を見る視線は周さんと同じ優しい視線だった。まるで、ずっと見守っているかのような視線。
「勝つよ。必ず、勝つから。だから、見てて、みんな」
『天聖』アストラルソティスと向かい合うダークエルフ。その姿を正は満足そうに見ていた。
隣に座る楓は小さく溜め息をついてそんな正を見ている。
「どうしてさっき、話しかけたの?」
「ん? ああ。本当なら話しかけるつもりは無かったよ。でもね、悠人を見ていたら思ったんだ。彼ならきっと、今まで到達出来なかった局地に到達出来るって」
意味がわからないからか楓が首を傾げる。そんな楓に正は苦笑した。
「僕達の空の民と、悠人の空の民の能力は違う。だからこそ、機体するんだ。新たな道を、新たな極地を。それに、命を狙ったことに負い目があるからかな」
そういう正の表情には嘘をついている節は無かった。だから、楓は呆れたように溜め息をつく。
「どうして周君はこんな奴を選んだんだか」
「褒め言葉だね。っと、始まるよ」
正の言葉に二人が二機の方を向く。『天聖』アストラルソティスはエネルギーライフルを持っており、対するダークエルフは腰を落としている。その真ん中近くではメリルが旗を掲げていた。原始的だが正しいやり方。
「さあ、見せてもらうよ。君の力を」
正がそう呟いた瞬間、メリルが旗を振り下ろし、音姫がメリルを回収した瞬間、『天聖』アストラルソティスが構えたバスターライフルが火を噴いた。
開始する前はエネルギーライフルだったとに今握っているのはバスターライフル。バスターライフルから放たれた極太のエネルギー弾はダークエルフに当たった瞬間爆発して煙を撒き散らす。
誰もが一撃で終わったと思っていた。それこそ、正ですら。
『歌姫様。戦闘は終わりました』
『勝手に終わらさないでくれるかな?』
だが、そこに悠人の声が響きわたる。それと同時に煙の中から魔力の翼を持つダークエルフが飛び出してきた。
「そうか。それが君の切り札なんだね」
そして、正は満足そうに頷いた。
死にかけた。
あの瞬間を表すならまさにそれになるだろう。とっさに手のひらを突き出してエネルギーを吸収しなければ(ぶっつけ本番)一撃でやられていた。
でも、先手は取った。
翼のエネルギーを最大限にして『天聖』アストラルソティスに手を伸ばす。これが掴めたらいい。だが、視界から『天聖』アストラルソティスが消えた。それと同時に嫌な予感が襲いかかってくる。
とっさに地面を蹴って大きく動いた刹那、ちょうどダークエルフがいた場所に『天聖』アストラルソティスが振り下ろした剣が突き刺さっていた。
やっぱり、一筋縄じゃいかないか。
僕は小さく息を吐いて『天聖』アストラルソティスと向かい合った。