第五話 鬼
ようやく戦闘映像が入ります。あくまで映像なので中身はかなり薄いかと。
記憶媒体を専用のプレイヤーに差し込む。そして、投射装置につなげる。だけど、記憶媒体はこれだけで中の記憶を見れるものではない。ポケットから取り出したペンダントを机の上に置く。
デバイスと呼ばれる演算機器だ。
他の演算装置と違って演算能力が桁違いに高く魔術の補助にも使われるくらいに優秀なものだ。それらを総称してデバイスと呼ぶ。別名魔術器である。
記憶媒体のほとんどが余りの情報量にほとんどの機器で再生できない。だが、デバイスを介入させることでそれを可能とする。演算を肩代わりさせることで可能になるのだ。機器が欠陥品という見方はあるが、それは技術が追い付いていないだけである。
ペンダントに端子を付けてそれを投射装置に繋げた。
「再生するぞ」
オレはそういうとすぐに記憶媒体の中身を再生する。写真のスライドか、それとも映像か。
「これは、映像かな?」
投射装置からスクリーンに流れた映像は大きく動いている。まるで空を飛びまわってるかのような感じだ。わかるのは揺れ動く空。そして、金色の人型の何か。大きさは大きい大人よりも大きいだろう。特に腕が大きい。
「こいつか」
孝治の言葉で全員に緊張が走る。
そこにいるのは確かに金色の体を持つ鬼だった。その口元は赤く染まっている。まるで、血によって濡れているかのように。
「喰らったということはこういうことだな。だが、どいつが撮った? こんな高度に鮮明なものを」
「多分、アル・アジフだろうな。確か、記憶媒体に映像を記憶できる魔術をアル・アジフが使えると聞いたことがある。噂だから確証はないけど、この速度をぶれないように撮るのは普通の機器では不可能だ」
映像が動く。鬼に一気に肉薄したかと思うとそのまま急に飛び出した光の剣が鬼とぶつかった。鬼はそれを右腕で受け止めている。光属性の形成系統の魔術。確かフォトンソードだったと思う。
『そなたは何者じゃ!』
アル・アジフの声が響く。だが、鬼は答えることなくそのまま後ろに跳ぶ。その距離は極めて長い。
『逃がすか!』
アル・アジフはすかさずいくつかの直線的に進む魔術を放った。映像から読み取る限り、水属性のアクアブラスト、炎属性のフレイムランス、雷属性のサンダーバードを同時に放っている。しかし、当たらない。動くスピードがかなり速い。
「直線的な攻撃は当たらないか。光なら」
「うちなら何とかとらえれると思う。面攻撃なら」
孝治と中村の会話を耳にしつつ映像を食い入るように見る。
アル・アジフはこのままではらちが明かないと判断したのか魔術を放ちつつ一気に距離を詰めていく。放つ魔術も広範囲に攻撃が届くものに変っていた。
相手の行動によって動きを大きく変える。簡単なようで難しい。特に魔術は戦闘前に必ず魔術をいくつかストックするので戦闘スタイルは戦闘中に変えにくい。それをアル・アジフは簡単に行っている。
これが、世界トップクラスの実力。発動タイミングから考えてかなりの発動速度だ。
「おいおい、鬼さんは空も飛べんのかよ。対処できんのか?」
鬼の空を飛ぶ速度は速いように見えるが実際には空を飛んでいない。それに気付いているのはオレと音姉だけだろう。
「違うよ」
音姉が小さく首を横に振る。他の顔を見ると全員が不思議そうな顔をしていた。
「飛ぶではなく、跳ぶだな。飛翔しているんじゃなくて跳躍しているだけだ」
映像をよく見ると、鬼は時折地面を蹴るような動きをとる。それに気付ける人は少ないと思うが。実際に新しく気づけたのは孝治ぐらいだ。
「筋肉が微かに動いているな」
「微かにって、見えねえよ」
これはよく注視しなければわからない。筋肉がミリ単位で動いている。
アル・アジフも負けじと空に飛びあがり鬼を追いかけて高速の空中戦闘。それなのに映像がぶれないのは魔術の能力が高いからだろう。羨ましい限りだ。
いくつかの魔術を併用しつつ鬼を追い詰めていく。そう、この時は完全にアル・アジフの方が優勢だ。
「アルちゃんが捕まえられなかったんだよね」
「らしいな。これを見る限りそういうことはありえな、なっ」
オレは次の瞬間に完全に絶句していた。
鬼が振り返ったと思った瞬間、映像が勢いよく揺れたのだ。まるで、大地震を受けたかのような揺れと共にアル・アジフが地上に落下する。なんとか衝突するのは避けたみたいで地面が見えるが、すでに空には鬼の姿がなかった。
そして、映像が終わる。その中、誰もが無言だった。
最後の瞬間、アル・アジフが落とされた瞬間、振動が起きたということはあの魔術しか存在しない。
「ダウンバーストやんな」
中村の言葉に全員が頷く。
対暴徒鎮圧用魔術
空中で受けて意識があることが奇跡なくらいだ。正直に言って、まともに受けたなら気絶するのが普通。それほどの威力がある。無音かつ音速で叩きつけられる攻撃。範囲20m以内しか効果がないのが問題だが、それを抜きにすれば最大威力の魔術。
「まさか、相手がダウンバーストを使えるとはな。周は使えるな?」
「ああ。ただ、空中では使えない。下手をすれば自分が墜ちる」
ダウンバーストには弊害が多い。一番の弊害は術者自身も衝撃を受けるという点だ。だが、鬼がそれを平然と使った。もしかしたら切羽詰まっていたかもしれないがああいう状況で使えることがわかれば十分な収穫だ。
「アルちゃんが頑張って残したんだね」
「そうだな。逃す可能性があったから魔術で戦闘を撮影していた。これを知らなかったらやられていたな」
確実に二人は墜ちる。そう断言できた。
「事態は深刻じゃね? 周隊長もそう考えているだろ?」
「深刻通り越して最悪だけどな。孝治、悠聖、出来れば明後日には狭間市に入るぞ」
オレの言葉に孝治と悠聖が嫌な顔をせずに答える。
「急だな。だが、悪くない」
「賛成だ。でも、全員じゃないのか? オレ達の戦力でいけるのかよ」
「音姉も中村も女の子だから準備に時間がかかるだろ」
「なるほど。あっ」
何かを思い出したかのように苦々しい顔になる悠聖。オレもその顔を見て思い出した。
「七葉はどうするよ」
「オレに聞くな」
家族への説得をオレに尋ねられても困るんだが。
悠聖は小さくため息をついてぶつぶつ何かをつぶやき始めた。多分、七葉をどうするか考えているのだろう。オレは小さくため息をついた。
「ともかく、ちゃんと家族にはいうことだな。オレと音姉はこのまま書類の作成に入るから。集合時間はま連絡する。じゃ、解散だ」
この物語の魔術に関してですが、
炎、水、風、大地、雷、氷、闇、光、物理、天空、
の全部で十の属性があります。
基本的に体内で合成される魔力を使って使用。並列発動も可能。ちなみに、魔法ではないので詠唱は任意。
この中でわかりにくいであろう物理と天空について。
物理は一言で言って錬金術。某兄弟の物語を参考にしていただければわかりやすいと思います。
天空は治癒とか全体身体強化など補助的な役割から特殊な攻撃まで使える万能タイプ。目立つのは唯一の治癒魔術のある属性で、それ以外はただの器用貧乏。名前は中二ですが勘弁を。
作中において、飛ぶと跳ぶがありましたが、前者は文字通り飛翔。リリカルななのはを思い浮かべてくれればわかりやすいと思います。後者は魔術ではなく魔力を固めて足場を作りだしたものを蹴って跳ぶタイプです。壁キックみたいなものかなと思っています。