第七十六話 覚悟
恥ずかしい。
今の状況を表すならまさにそれだった。汚れた服装やヨレヨレになった服を指しているわけじゃない。
リースが僕の手を握って前を歩いているからだ。本来なら僕が前を歩くところだけど、今の僕はまだ体を動かせない。あの地味に凶悪な竜言語魔法によって。
というか、周囲の視線が凄く痛いんだよね。みんな、興味津々に僕達を見ているから。
「恥ずかしい?」
リースがゆっくり振り返りながら尋ねてくる。
「少し」
だから、僕は苦笑と共に言葉を返した。リースも苦笑を返してくる。
「私も。だけど、悠人は私の弟だから」
「リースが妹って言いたいけど、この状況はね」
何も言い返せない。リースはどこか満足そうに頷いて歩き出した。多分、このままみんなのところに戻るんだろうな。
「悠人は」
そう考えていると、リースが振り向かないまま話しかけてくる。
「悠人はまだ戦う?」
「うん。この力が少しでも傷つく人を少なくできるなら」
「みんな、反対する」
「覚悟の上だよ」
そう、みんな反対するだろう。みんな優しくて、僕を守ってくれる。僕が自分のためだけに戦っていた時も、ずっと見てくれていた。みんな優しいから。
でも、その優しさに乗っかっていてはいけないから。
「守られるだけは嫌なんだ。見守られるだけは嫌だから。僕が逃げても、みんなはきっと攻めてくれない。みんな、こんな僕でも守ってくれる。でも、それじゃ、ダメなんだ。みんな戦っている。鈴もリリーナもメリルもリースもアル・アジフさんもルーイもリマも周さんも悠聖さんも、みんな戦っているのに、僕だけ守られているだけなんて嫌だから。何より、最強のパイロットとしての意地がそれを許してくれない」
「意地か。悠人らしい。悠人は本当ならみんなの希望のはずだった。戦いから無縁で、守るべき存在。そして、日常の象徴。でも、私は、悠人と一緒に戦っているのがいい」
「リース」
「アルも戦っている。私も戦っている。悠人が近くで守ってくれる。それが一番いいから。悠人がそう望むなら私は反対しないけど、一応」
「ありがとう」
本当に、リースと出会えてよかったと思う。僕はこれから戦わないといけない。みんなを守るために。傷つく人を少なくするために。
僕に何が出来るかを考えないと。ちゃんと、一生懸命考えないと。
「でも、悠人ならきっと、みんなの期待にこたえれると思う」
「そうかな。よくわからないけど、ちゃんと出来るかは分からないけど、やってみるよ。そうなると、ダークエルフを修復しないとね」
「大破?」
「両腕の欠損だけど、中枢は破壊されていないから中破になるのかな。修理が出来ないレベルでもないし、まあ、昔からの相棒だから」
ダークエルフは昔から使い続けてきた機体だ。だから、これからもずっと使い続けたいと考えている。でも、ストライクバースト相手にはダークエルフでは無理だ。
相手のエネルギーソードはリアクティブアーマーでも受け止められない。収束率が高いのかわからないが、ともかく受け止められないのだ。
「何か、新しい手を考えないと。ストライクバーストと戦うには今の機体では不十分なんだ」
「イグジストアストラルやマテリアルライザーは?」
「どちらも使いにくい。イグジストアストラルは高機動じゃないし、マテリアルライザーは周さんが乗ることで最強になる機体だから。ストライクバーストに対抗するには、やっぱり昔の機体を使うしかないのかな?」
「難しい」
「難しいね」
ストライクバーストを倒すにはそれ相応の火力がいるだろう。あの攻撃を受け止めるにはリアクティブアーマーでは役不足だから、攻撃を受けずに倒すことを考えないと。
そうなると、考えることが出来るのは速度と火力。マテリアルライザーみたいに装甲を最大限削る方法もあるけど、近づくまでに被弾する可能性は高い。一定の装甲と速度の二つが欲しい。
「FBDシステムを積み込んでも限度があるから、どうすればいいんだろう」
「悠人は開発者じゃないからそうそう考えられるものじゃないと思う」
「そうでもないよ。人界のフュリアス部隊隊長機は大なり小なり改造をしているからね。ユニークな改造から堅実な改造まで様々。パイロットが考えた改造から技術者が考えた改造もね。パイロットの意見は間違いではない。だけど、達成は難しい。今は理論を詰めるよりもアイデアを出す方がいいから」
周さんやアル・アジフさんならきっと最高の機体を作ることが出来る。でも、時間が足りない。現存する機体を改造してストライクバーストと相対出来るようにしないと。
可能性はソードウルフ。高出力かつ高機動で近接戦にも強い機体。リアクティブアーマー並みの防御力はないけど、上手く改造すれば並のエネルギー弾は効かないはずだ。
ただ、ストライクバースト相手ではスペック不足感が否めない。そもそも、フルスペックを出せるのは初号機のリリーナ専用ソードウルフくらいで後続機は一般向けだからスペックは低くなっている。
フルスペックなら最大出力を出し続けて戦う方法はある。
鈴のイグジストアストラルに乗せてもらうという手段はあるけど、イグジストアストラルはストライクバーストに対して決定的な攻撃を持たないから難しい。
「せめて、悠遠の翼持ちがあるなら欲しいな」
「無理」
呆れたようにリースが即答する。そんなことはわかっているから僕は苦笑を返すだけだ。
悠遠の翼は全部で六つしかない。そのほとんどが音界にある。
『悠遠』アストラルルーラ。『栄光』アストラルレファス。『天剣』アストラルソティス。『加護』の機体はフルーベル平原で大破しパイロットは死亡。悠遠の翼は行方不明と聞いている。他に『天聖』アストラルソティスという機体があるらしい。詳しくは知らないけれど。
後は学園都市の地下にあった『豊翼』の力の計六つ。
天聖だけは未だに見ていないからわからないけど、ストライクバーストと対抗するには一体どれだけの悠遠の翼が必要だろうか。
「せめて、ストライクバーストに魔術が効けば」
リースがそう呟きながら手のひらでバチバチと紫電を迸らせている。リースの言うとおりなんだけどね、ストライクバーストが魔科学時代の遺産なら、イグジストアストラルの倒し方も考えられる。
問題は、パイロットが天王マクシミリアンだ。
イグジストアストラルの場合は鈴の体が衝撃に耐えられなかった。そもそも、鈴は成長期、終わっているかもしれないけど、ともかく、成長期の最中だからまだ未成熟だ。だから、想定外の衝撃によって骨が折れた。
対する天王マクシミリアンはあの魔王ギルガメシュや善知鳥慧海と殴り合えたという噂も存在する1800の噂を持つ人物。そんな化け物相手にイグジストアストラルに乗っていた鈴と同じ手法が通じるわけがない。
「せめて、パイロットを中から引きずり出す方法があればな」
「悠人だと無理」
「分かっているけどさ! でも、ストライクバーストは僕達が戦わないといけない。リースやアル・アジフさん相手をすれば危なくなる可能性だってあるんだ。僕が頑張らないと」
「無理はしないように。また、悠人が」
「大丈夫。みんながいるから」
多分、僕は背負いすぎたんだ。僕が戦わなければならないって。僕が戦わなければみんなが死ぬ。僕が傷つくのが嫌だから倒さないと。
でも、今は違う。イグジストアストラルに乗る鈴がいる。ソードウルフに乗るリリーナがいる。アストラルルーラに乗るルーイがいる。それ以外にもたくさんの仲間がある。
だから、僕は大丈夫だ。
「みんなでどうにかしないとね。でも、ストライクバーストはみんなでどうにか出来る相手じゃないから。覚悟を決めないと」
「気負いすぎ。覚悟を決めたならもう少し落ち着いて」
「そうだね。ありがとう」
「どういたしまして。あっ、見えてきた」
リースが呟いた先にはメリル達の姿があった。アル・アジフさんや浩平さんの姿もある。
覚悟は決めたんだ。だから、みんなに伝えないと。この覚悟を、決めた意志を。