第七十五話 弟と妹
悠人の能力って本当に魔術師殺しなんですよね。
光の剣が僕に向かって振られる。僕はそれを受け止めて握り潰し、前に踏み出す。
リースは僕から距離を取りながら一つも言葉を話さず雷を放ってきた。広範囲にバラまくような雷。だけど、そんなものは僕には聞かない。
「たとえ、昔がそうだったとしても!」
雷を手のひらに受け止め、受け止めた全ての雷を手のひらに収束させた。
「力がある僕は、敵を倒さないといけないんだ!」
リースがすかさず障壁を作り出す。それに向けて僕は収束させた雷を叩きつけた。二つがぶつかり合い、相殺する。
リースはとっさに光の剣を作り出すが、僕もとっさに作り出した光の剣を叩きつけていた。
「リース、君も僕の敵なの? 敵だったら殺さないと駄目だよね? どうなの?」
「悠人!」
リースが僕を力任せに弾き飛ばし光の剣を叩きつけてくる。僕はそれを軽々と光の剣で受け止めた。
「悠人はそんなんじゃない! ただ、戦って人を殺すために生きる人なんかじゃない!」
「わかっていないよ、リースは。生きるためには殺さないと駄目なんだよ。ずっと、ずっとそうだったじゃないか。『ES』穏健派時代も、敵には容赦しなかった。それと同じだよ」
光の剣を握り潰しながら前に踏み出す。踏み出しながら光を纏った拳を振るった。だけど、その拳は光を纏ったリースの靴底に当たり、リースを大きく弾き飛ばす。
この竜言語魔法はかなり応用が利くみたいだね。
「だから、僕は容赦しないよ。敵には容赦しない。気を抜けば誰かが死ぬんだよ。だったら、殺すしかないじゃないか」
「そんな理由で私達は殺しをしない」
「するよ。ずっとそうじゃないか。クロノス・ガイアの名前を誇っていた時だって、リースはずっと殺してきた。殺すことが当たり前だった。なのに、どうして僕に怒るの? 意味がわからないよ」
「それが、悠人の闇」
リースが小さく息を吐く。そして、無造作に現れた本の中から一冊を掴み、無造作に開いてページを千切った。
一枚。二枚。三枚。
さらに新たな本を掴み同じようにページを千切る。
一枚。二枚。三枚。四枚。
このやり方は初めて見る。どんなものが来るかわからないから警戒しないと。いや、別に警戒しなくてもいいか。僕に魔術や竜言語魔法は効かないから。
「私は、気づけなかった」
千切ったページがリースの周囲を舞う。その数はだんだん増えていく。
十枚。二十枚。三十枚。
何が起きるかわからないから迂闊には近づけない。周さんみたいな防御オプションがあればいいけど、今の僕には光の剣三回分と雷の力しかない。
「悠人が闇を抱えていたことに」
「闇? そんなものは抱えていないよ」
「違う。私達を見ていたから、悠人は気づけなかった。戦うことについての意味を」
意味がわからない。リースは一体何を言うつもりなのだろうか。
「確かに、私達は向かってきた敵に容赦はしなかった。私もアルもたくさん殺した。悠人はそれを見て育った」
「そうだよ。昔は人殺しなんてあまりしたくはないけど、無理ならしたよ。でも、それは甘かった。生きるためにはみんな殺さないと駄目なんだよ」
向かって来る敵を全て倒すか殺す。でも、そんな僕は嫌いだ。相手が魔術を中心に戦うなら十二分に痛めつけてからの勝ち目はあるけど、フュリアスに乗ればそうはいかない。
殺さないといけない。絶対に殺さないといけない。でも、守るためだから殺してもいいよね。
「殺せば、守れるんだよ、昔も今もそうだった。だから、殺せばいいんだ。向かって来るなら敵だよね?」
「そういうことじゃない! 私達が戦うのは、私達だけが汚れるため! 決して、向かって来るからじゃない」
「汚れる?」
「そう。『ES』穏健派は私やアルで守っていた部分が大きかった。戦うことを嫌う人も多かった。子供も多かった。だから、そんな人達に人殺しをさせるわけにはいかなかった。クロノス・ガイアの私やアルは殺さなければ生きてはいけない立ち位置だった。だから、たくさんの人を殺した。私達が汚れることで、戦いに取り憑かれた人を少なくするために」
「何を言っているの? 守るためには殺さないと駄目なんだよ。殺すことは誰にとっても」
「必要なんかじゃない!」
リースは、泣いていた。泣きながら、叫んでいた。
「必要なんかじゃない。悠人は、本当なら、戦いとは無縁でいて欲しかった。私の弟として、アルを含めた家族として、静かに暮らして欲しかった。悠人は戦うべきじゃない。そんな悠人は、駄目だから」
「駄目? どうしてリースが決めるの? 僕のことは僕が決めるよ。そんなに決めたいなら、僕を倒せばいいじゃないか。魔術師のリースには無理だけどね」
「もう、戻れないんだ。だったら、私が、悠人を殺す」
パンッと音がなった。それはリースの拍手の音。たった一回の拍手が周囲に響き渡る。
嫌な予感がする。この音をこのままにしていたら駄目な予感がする。
そう感じて動くまで少しの時間がかかった。そして、手のひらを開いて握る。握り潰す。感覚では何かを砕く感覚。やはり、竜言語魔法だ。
「初めて見る魔法だね。新しい竜言語魔法?」
「捉えた」
リースの反応は一言。その目は、まるで獰猛な肉食獣みたいな目だった。
「悠人は知らないはず。竜言語魔法の本当の力を」
「竜言語魔法の本当の力?」
その瞬間、ゾワッと背中が泡立ったような感覚がした。思わず横に跳んでしまう。そんな僕を見たリースは楽しそうに笑みを浮かべていた。
「捉えた。そして、捕らえた」
来る。
そう思った瞬間に僕は前に踏み出していた。何が来るかはわからない。だから、向かってくる攻撃に対してそれを破砕すればいい。
そう思った瞬間、全方位から嫌な予感が体を貫いた。逃げられない。それと同時に視界が闇に閉ざされる。平衡感覚を失う。匂いがなくなる。立っているのか倒れているのかもわからない。何より、嫌な予感すらしない。
「あ、ああ」
聞こえるのは耳だけ。口から漏れるのは音だけ。
怖い。怖いよ。
「耳以外の感覚を殺した。耳の感覚も消せば、悠人は発狂する」
発狂?
「頭の中で響くのは頭の中の声だけ。現実がわからなくなって悠人は狂う。狂いたい? それとも、殺されたい」
嫌だ。
そう呟いたはずだった。でも、口からは「ああ」という音しか出ていない。頭の中で思ったことが出来ない? 僕はどうなっているの?
「悠人。悠人はもう駄目。戦いに捕らわれた。これ以上戦えば、悠人は死ぬだけ。だから、私が殺す」
嫌だ。どうしてリースが僕を殺すの? リースとは家族みたいに思っていたのに。
「悠人が苦しむ姿を見たくない。悠人は傷つかなくていい。もう、傷つかなくていいから」
リース、どうして。
「傷ついて欲しくない。傷つくのは、私だけで、いいから」
どうして、泣いているの? 殺すと言ったリースが、どうして。
「悠人は静かに休んで。戦いなんて無縁の世界で。私が悠人の闇を引き継ぐから。私だけが傷つくから。悠人はもう、傷つかないで」
嫌だ。
別の意味での言葉を紡ぐ。
僕はただ、アル・アジフさんやリースを逆に守りたかった。傷つけるために強くなったわけじゃないのに。
嫌だ。
死にたくない。助けて欲しい。でも、何より、
大事な妹に傷ついて欲しくない。
リースは優しい。だから、ずっと傷ついていたんだ。そして、僕は気づけなかった。人を殺す度に傷ついていくリースを。でも、リースは僕みたいな人が傷つくのは嫌だから傷ついていた。
嫌だ。
僕を殺せばリースはきっと、今以上にもっと傷つく。だから、絶対に嫌だ。
僕は、強くなりたい。もっと、もっと強くなりたい。だから、こんな竜言語魔法で倒れているわけにはいかない。
強くなれ。強くなって、感覚を制御するんだ。傷つくだろう。でも、傷つくのはみんな一緒だ。僕は、みんなを守らないと。傷つくのは、僕達だけで十分だから。
「だ、め、だ」
口から声が漏れる。視界が徐々に明るくなる。感覚が戻ってくる。
倒れている僕。平衡感覚は戻っている。
「駄目。リース、傷つかない、で」
「どうして。竜言語魔法は完璧なのに」
ボロボロと無くリースに僕は笑みを浮かべようとした。だけど、感覚が全く戻っていないから笑みが浮かべられない。
ゆっくりと起き上がる。力は全然入らない。だけど、雷の力で強制的に筋肉を動かす。
「ごめん。僕は、勘違い、していた」
「悠人」
「傷つきたくない、から、僕は戦った。僕だけが、そう思っていた。でも、リースも、そうだったん、だね」
リースがボロボロ涙を流しながら頷く。眩いばかりの光を放つ剣は見ないでおこう。
「僕は、何もわかっていなかった。何も、本当に。自分だけが不幸だと思っていた。自分だけが傷ついていると思っていた」
ゆっくり起き上がる。服は土まみれだし、口周りは涎でベタベタ。でも、ちゃんと言わないと。
「でも、違った。リースも、アル・アジフさんも、みんな、同じだった。戦えば、勝っても負けても傷つく。わがままだったんだ。目を逸らしていたんだ」
「そんなことは、ない」
「ううん。そうだよ。そうなんだよ。リース、ありがとう」
リースが驚いたような顔になる。そんなリースを僕は抱きしめていた。
「僕は、戦うよ。傷つくと思う。もっと、もっとたくさん傷つくと思う。でも、みんな一緒だから、頑張れる。僕の力が、傷つく人を少なく出来る力だから」
「これだから、弟の世話は大変」
リースが苦笑しながら応える。僕も苦笑しながら言葉を返す。
「妹のおかげで僕はやっていけるよ」
リースと目が合い、どちらからともなく笑い出した。
大丈夫だ。僕はきっとやっていける。やっていけるんだ。
「これからも、よろしく。弟の悠人」
「よろしくね。妹のリース」
僕達は仲直りするために握手をした。二人共、満面の笑みで。
「ふぅ」
その様子を見ていたアル・アジフは安心したように息を吐いていた。隣にいる浩平が呆れたように苦笑している。
「親バカだな」
「否定はせん。我は子供が作れんから、悠人やリースみたいな者は我の子供だと思ってしまう」
「いいことだと思うぜ。そうなると、お母さんって呼んだ方がいいか?」
「好きにせい。じゃが、どうやら大丈夫みたいじゃな」
そう言いながらアル・アジフは座っていた木から飛び降りた。同じように浩平も飛び降りる。
「そろそろ、子離れしないとの」
「えっ? 無理無理。親バカが子離れ出来るわけないぜ」
「脳天気なそなたの頭をかち割りたいところじゃが、今回は止めてやろう。リース、悠人。そなたらは我の自慢の娘と息子じゃ」
隣で浩平が震えていたのは言うまでもない。