第七十四話 進むべき道
「迷ってる」
式典会場から少し離れた位置にあった小さな公園。その中に僕とリースはいた。リースは誰もいない公園にある遊具を見ながら小さく呟く。だけど、僕に聞こえるようにはっきりと。
「何が?」
「心の底ではここにいたいはずなのに」
「だから、何が」
リースが振り返った。そう思った瞬間、目の前に光の剣が迫っていた。
「悠人のことなら丸わかり」
「だから、何が」
「気づいている癖に」
その言葉に僕は俯いた。
わかっている。リースが何について言っているかなんてわかっている。でも、あんまり認めたくなかった。
僕は、あんな僕が嫌だから。
「怖がりの癖に。ずっと、悠人は私を守ろうとした。年下の癖に。ずっと、悠人は私を妹扱いした」
「それは」
「それは感謝している。あの頃の私は世間知らずで弱かった。クロノス・ガイアの名を受け継ぐためにやってきたから何も知らなかった。そんな私を悠人が守ってくれた」
確かにそうだ。最初は僕には力が無かった。でも、リースを見て守ろうと思ったのだ。力は無いけれど、それでも思ったから。
「悠人はまだ気づいていない。どうして戦っているのかを」
「どうしてって、守るために」
「違う。だから、気づいていない。気づいていながら見ていない。悠人はもう、知っているのに」
「最初は守るためだったよ。でもね、僕は戦いを楽しむようになった。こんな僕はもう、戦わない方がいい」
そうだ。きっとそれがいい。戦えば、きっと前みたいになる。敵を殺すことに執着する哀れな人間に。
そうならないためにも、アル・アジフさん達に迷惑をかけないためにも、僕は戦わない方がいい。
「悠人」
リースの声に僕は顔を上げた。いつの間にか俯いていたらしい。そして、顔を上げたその瞬間、リースの手が僕の頬を叩いていた。
一瞬、何が起きたかわからない。ただ、パンッと凄くいい音がなったのだけはわかった。
「それは、本当に思っているの?」
「リース?」
「悠人はずっと私を守ってくれた。私が強くなるまでずっとそばにいてくれた。だから、悠人がそう思っているのはきっと違う」
「違わないよ」
「違う」
「違わないよ。僕は」
また、パンッと今度は逆の頬が叩かれた。前よりかは少し痛い。
「いつまで隠しているつもり?」
「隠してなんかいないよ。僕は」
「嘘。隠している。だって、悠人は最初、守るつもりでも殺すつもりでもなく、フュリアスに乗ったから」
どういうこと?
僕がフュリアスに乗ったのは守るためで、今、フュリアスに乗りたいのは殺すためのはずなのに、リースは違うと言う。
違わないのに違うと言う。わけがわからない。
「悠人が最初にフュリアスに乗った日のことは覚えている。だって、あの時の悠人は輝いていた。フュリアスに乗れることを誇らしげに思っていた」
「だって、それはアル・アジフさんが僕にくれたものだから。だから、嬉しかっただけでそれに乗る理由はフュリアスを使って僕でも守れるとわかったから。だから」
「違う」
イライラしてくる。僕は守りたいと思っているだけなのに、リースは違うという。一体、リースは僕に何を言いたいのだろうか。
僕は、守りたいだけなのに、守りたいだけなのに。
「リースに僕の何がわかるって言うの? 何も分からないくせに、憶測だけで語るのは止めてよ!」
「悠人こそ、隠しているくせに、今までずっと甘えていたくせに、この時になってその時の気持ちを隠すつもりなの?」
その言葉に僕が驚いていた。リースが怒っている。戦場以外では見たことがないくらいにリースが怒っている。
リースは起伏の少ない人でもある。それなのに、リースは怒っていた。
「ふざけないで。ずっと甘えて、自分が怖くなったら逃げるの? 無邪気に言っていたあの時のままなのに、殺すことを自覚したら逃げるの?」
「リースは、いったい何を」
「思い出させてあげる」
リースがゆっくりと前に踏み出した。そして、僕の顔に向かって手を伸ばす。
僕はとっさに身を反らしてその手を避けた。いや、避けようとした。だけど、アイアンクローでもするかのようにリースの小さな手が僕の顔を捉える。
「思い出させてあげる」
その瞬間、リースの目が輝いたような気がした。
“僕は、アル・アジフさんのために強くなる。アル・アジフさんを僕がこの手で助けるんだ”
頭の中に浮かぶ光景と共に子供の頃の僕の声が響いた。
“そなたはわかっておるのか? 戦うと言うことは人を殺すことじゃぞ”
アル・アジフさんの言葉も頭の中に響いた。僕はこの光景を知っている。大体、九歳か十歳くらいの時の言葉だ。
“僕は強くなって、アル・アジフさんを、みんなを守るためだけに戦うよ。そのためなら、僕は殺して見せる”
“守るため、か。まるで日本みたいじゃな。じゃが、子供はそのようなものでいいのじゃ。生きるために殺すのではなく、守るために戦う。そなたもそう思わぬか?”
今よりも小さい、僕よりも年上のはずなのに身長は僕よりも小さなリースが退屈そうに読んでいた本からアル・アジフさんに視線を向けた。
“興味無い”
“興味無いと来たか。そなたらしいの。悠人、そなたはリースも守るのじゃぞ”
“自分の身は自分で守れる。悠人は私よりも弱い”
確かにそうだよね。今はともかく、いや、今でもリースは僕なんかよりも遥かに強い。強くて、そして、弱い。まるで、周さんみたいに。
“そうじゃな。でも、我が常に傍にいるとは限らぬ。じゃから、リースを守ってやるのじゃ。そなたが強くなりたいなら、そなたが望む強さをイメージせよ”
“イメージ?”
その頃の僕は意味がわからなかった。だから、今だからこそアル・アジフさんが言いたい言葉がわかる。
“そう。想像するのじゃ。そなたがどのようになりたいか。そなたが望む強さはなんなのかを”
“僕は、みんなを守れるような大きな力が欲しい”
“漠然としておるの。じゃが、そなたらしいの。なら、約束じゃ”
アル・アジフさんが小指を差しだす。
“そなたはいつか人を殺す。そして、それを自覚する。その時になって、そなたは進むべき道を決めなければならぬ”
アル・アジフさんの言うことは難しいから当時の僕にはわからなかった。でも、今の僕はその言葉がよくわかる。
“そなたがその時になった時、そなたはなりたい自分を貫くのじゃ。誰から言われようとも、そなたはそなたのイメージを大切にせよ”
“よくわからないけど、強い自分を考えればいいの?”
“そうじゃ。そなたが望む姿をの”
リースがゆっくり僕から手を放す。僕はその場に膝をついていた。
「僕は」
「私は覚えている。アルとしていた約束を。悠人はずっと昔から決めていた。守るために戦うのではなく、アルのために強くなりたいと。恩返しのつもりだったかもしれない。でも、悠人はいつの間にか、逆になっていた。強くなって守るのではなく、守るために強くなるって。今の悠人は、自分のために強くなっている。悲しみたくないから強くなろうとしている」
その通りだ。当時の僕はみんなを守りたいから、強くなって守ろうと思った。でも、今は守るためにつよくなっている。意味は同じように見えるけど、リースにとっては大きく違うみたいだ。
僕も、違うと思う。だって、あの時は守られてばかりいる僕が嫌いだったから強くなりたかった。でも、今はあんな悲しいことのはなりたくないから強くなろうとしている。
理由が違うだけでここまで変わるんだ。
「僕の望む姿、か」
「悠人」
その言葉に僕は顔を上げた。すると、そこには光の剣を僕に向けるリースの姿があった。
「決着、つける」
「急に何を」
「勝負」
意味がわからない。どうしてリースは急に僕と戦おうとしているのだろうか。勝ち目なんてないのに。
「勝ち目がないと思っている?」
素直に頷きを返す。
「悠人が戦うのは私と、自分自身。悠人は、自分のためだけに戦う。そして、自分の望みのためだけに力を使う。だから、見せて。悠人が私を守れるかを」
僕は拳を握りしめた。そして、リースが向ける光の剣を開いた手で握り、破壊する。
「わかった。うん。リースの言うように、自分のためだけに僕は強くなった。だから、戦ってあげる。今の僕は間違っていないから!」