第七十一話 出会い
ある意味予定に無かった話です。
僕は一体何をしているのだろう。
「ははっ、滑稽だよね」
僕は小さく呟く。
逃げてしまう。フュリアスというものから。違う。フュリアス自身に逃げているんじゃない。フュリアスに乗る僕から僕自身が逃げているんだ。
仕方ないじゃないか。僕は、僕自身に恐怖を持ったのだから。
あの時のことは今でも覚えている。今でも、あの時の、笑いながら殺していた僕の姿を覚えている。
僕は人殺しだ。何百人も殺せば英雄になるなんて聞くけど、僕はそれを認めない。だから、僕は人殺しだ。最低最悪の人殺しだ。
それなのに、誰も僕を責めない。あれほど、僕の行動に怒っていたリリーナですらも。
「僕は、どうすればいいのかな?」
近くにあったベンチに座り込み、小さく溜め息をつく。そして、そのまま空を見上げた。
そらを見上げたそこには青空が見える。予報ではここ一週間は大きく崩れることのない青空が。
「このままここにいても、僕はみんなの邪魔になるだけだろうな」
多分、フュリアスに乗ればあの時みたいになると思う。だったら、戦えない。いても邪魔になるだけ。守りたかったのに、いつの間にか守る側じゃなくて殺す側にいる僕は、もう戦えないだろう。
「本当に、どうすればいいんだろうね」
自分で決めないといけない。このまま敵を殺すためにフュリアスに乗るか、それとも、昔みたいにただ守られる側になるか。
アル・アジフさんならどっちでもいいと言ってくれるだろう。でも、それじゃ駄目なんだ。
決めないと。僕が決めないと。
「お兄さん。どうかしたの?」
その声に顔を上げると、そこには少女がいた。いや、少女じゃない。ただの少女じゃない。
思わず下がりたくなる気分を落ち着かせる。少女は心配するように僕を見ているように思えるけど、気配が違う。
「どうかしたの?」
再度尋ねてくる少女に僕は小さく溜め息をついた。
「何でもないよ。少し、自分のことで考え事をね」
「へぇ。私が相談にのろうか」
「いいよ。だって、君」
僕は少しだけ笑みを浮かべた。
「僕の敵、黒猫一味だよね?」
心配そうにしていた少女の笑みが変わる。そして、そのまま僕の隣に座った。
感覚的にはこの子はまだ僕を殺すつもりはないらしい。少女は小さく溜め息をついて軽く手を上げ、下ろした。
「どうしてバレちゃったのかな? ミスをしたわけじゃないのに」
「気配かな。感覚的なもの。だって、僕を殺すつもりで近づいたんだよね? そういうのはよくわかるから」
「へぇー、お兄さんすごいね。最初はそのつもりだった。第76移動隊最強のフュリアスパイロット。前の戦いでもたった一人で敵の大部隊とストライクバーストを相手に奮戦。黒猫様からは始末するように言われたけど、実際会ってみたら戦うつもりのないただの男の子。殺す価値もない」
呆れたように言う少女に僕は思わず笑ってしまった。すると、少女が微かに眉をひそめる。
「ごめん。君を笑うつもりじゃなかったから。確かにそうかもね。今の僕には何の力もない。それに、戦うかどうか決めている最中だから」
「何それ、バカにしてるの?」
「そういうわけじゃないよ。バカになんてしていない。僕は、戦うのが怖いんだ。また、誰かを殺すことになるかもしれないから」
「それの何が間違っているの?」
確かにそうだ。死にたくないなら殺すしかない。それは完全な正解。だけど、僕の場合は違う。
「殺すことに喜びを見いだしても? 今までの僕は守るためにフュリアスに乗っていた。でも、前の戦いで僕は笑っていたんだよ。笑いながらフュリアスを破壊していたんだよ。僕の技術なら確実に一部破壊して撤退させることが出来たのに」
「何か問題があるの? 兵士は殺しを躊躇ってはいけない。それに何の問題があるの?」
「そうだね。でも、『GF』が目指すのはそういう兵士じゃないから」
この子のところなら僕のような戦闘狂は欲しいかもしれない。抵抗なく人殺しが可能な人が。でも、『GF』は違う。
殺すことで英雄になれるのは戦争中だけだから。
「怖い。僕が笑いながら引き金を引く僕が怖い。殺したくないのに、そう思っているのに、僕は笑いながら相手を殺すんだよ。いつか、もっと、もっとたくさんの人を殺す。殺して、殺して、いつかは追われるようになると思う。そうなるのが怖いんだ」
殺すことを日常にしたくない。でも、それを止めるのは無理だ。人に隠れてシュミレーションをしても、エネルギー弾は確実にパイロットを殺す位置に着弾している。
そして、それが当たり前で楽しいと思っている僕がいる。きっと、逃げられない。殺して殺されるか、逃げて孤独になるかのどちらか。
僕はどっちを選択すればいいんだ。
「お兄さんの悩みはよくわからないな。人を殺すことで私達兵士には存在価値が生まれる。お兄さんの場合だと敵を殺すこと。それなのに、お兄さんは兵士としての存在価値を踏みにじるの?」
「踏みにじるわけじゃないけど」
「踏みにじっている。私達に対する冒涜。お兄さんは何もわかっていない。戦う事が」
そういう少女の目はどこか真剣だった。
「戦うというのはね、生きるために戦うんだよ。お兄さんみたいに守られるだけが嫌だから戦うだなんて贅沢。羨ましいくらいに贅沢。そんなことはありえないのにお兄さんはそういう風に戦っているんだよ。お兄さんはそれに快感を得ている。パイロットとして強い自分にね。だから、楽しいんだよ。守ることに直結する相手を殺すことが。きっと、お兄さんは壊れているんだね」
「壊れて、いる?」
「そうだよ。お兄さんは今のままでいい。居場所が無いなら私達のところに来ればいい。同じ壊れた者達の集まりにね」
そうなったら身を寄せやすいかもしれない。壊れた仲間同士一緒にいられるなら。
「みんな一緒だからお兄さんも快く仲間に入れてくれると思うよ。お兄さんは実力もあるしね」
「そう、だね」
「でしょ? お兄さんを殺すのはあまりしたくないから。だから、どうかな?」
「それも、いいかもしれない」
それもいいかもしれない。みんな壊れているなら僕はやっていけそうだ。その中でいても大丈夫かもしれない。
「でもね、僕はきっと引き金を引けない。鈴やリリーナが前に立ち塞がったなら、僕は何も出来ない。そんな気がするから」
「そうかな? 壊れたなら気にしなくなると思うよ」
「ううん。僕はきっと攻撃出来ない。二人との出会いがあったから、今の僕があるから」
「そうなんだ。だったら」
少女が動いた。手のひらに魔力を集結させて僕の体に当ててくる。とっさに手と体の間に手のひらを滑り込ませた。
「お兄さんには悪いけど死んでもらうよ。そういうお兄さんは、嫌いじゃなかったんだけどね」
少女が魔術を発動すると同時に血が飛び散った。
それは、少女の頬から。
少女が驚いて見る先には、少女が作り出すはずだった魔力の刃をぎりぎりで滑り込ませた手とは逆の手から作り出して振った僕だった。
魔力の刃が消え去り、少女の頬から血が一筋だけ流れる。
「何を、したの?」
「わからなかったの? 君が作り出した刃を受け止めて同じように作っただけだよ」
力任せに攻められたら負けるだろう。でも、相手がこういう風にくるならば戦い方はいくらでもある。
少女は僕を睨みつけ、そして、諦めたように小さく息を吐いて僕から離れた。
「どうりで黒猫様が始末するように言うわけだ。そんな隠し技があるなんて。せっかく気に入った人が仲間になるかもしれないと思ったのに。お兄さんは私の敵、でいいよね?」
「どうかな。もう戦わないかもしれないけれど」
僕は軽く肩をすくめながら言うと少女はクスッと笑みを浮かべた。
「面白いね。だから、余計に残念だな。次に会うときは戦場じゃないかな?」
「もしかして、式典の最中に」
「無い無い無い。私達も一般人として楽しむように言われているから。何か起きたら身は守るけど、攻撃することはないよ。あっ、この事は秘密でお願い」
「別にいいけど、良かったら名前を教えてもらえるかな?」
少女はキョトンとして、そして、満面の笑みを浮かべた。
「ミルラだよ」