幕間 今と昔
リリーナ視点
一人寂しそうに歩く悠人を見送る。本当なら隣にいたかった。だけど、悠人はそれを望んでいない。今の悠人は一人になりたいのだから。
「そこまで深刻にならなくてもいいじゃない。ライバルとしても気が滅入るから」
そんな悠人を見ていた私にルーリィエが話しかけてきた。リリィと呼べば怒るからルーリィエだ。
まさか、あのルーリィエが私をライバルなんて言うなんて思わなかった。魔界と天界の住人はお互い仲が悪い。だから、ライバルなんて考えられなかった。
「リリーナ。悠人はもしかして」
「うん。メリルが思っていた通りだと思う。悠人は逃げているんだよ。フュリアスから」
「別に逃げることは悪いことじゃない。そんなに気にすること?」
事情がいまいちわからないルーリィエが不思議そうに首を傾げる。だけど、それは仕方ないことだし正論だ。だから、私は何も返さない。
「私だってフュリアスは怖いよ。あの戦いだって私は死にかけたんだから。アークレイリアが無かったら今頃」
「そんなんじゃないよ、悠人は」
確かにルーリィエはフュリアスによって殺されかけた。あの火力はソードウルフでも出せないであろう威力。それを出す敵のフュリアスが気にはなるが、今はそういう話をする場じゃない。
悠人のことだ。ルーリィエが持っているのはフュリアスに対する恐怖心。だけど、悠人は違う。
「悠人はね、あの戦いの後にダークエルフを見ながら私と鈴の前でこう言ったんだよ。『僕は、これでたくさんの人を殺したんだね』って。悠人が怯えているのはフュリアスにじゃない」
「人殺しをする自分自身じゃな。こうなることなら、悠人専用のフュリアスなぞ作らなければよかった」
アル・アジフが言葉を吐き捨てる。悠人の力を見いだして、悠人に戦う力を与えたアル・アジフは間違ってはいない。
悠人は、悠人には守る力が必要だったから。
「悠人にはもう、フュリアスに乗せない方がいい。音界の一部は未だに悠人の力を欲している部分があるけど、乗らない方がいい」
「そうですね。悠人に後で尋ねようとしたことがあるんですけど、止めておきます。悠人は人界に戻った方がいいかもしれませんね」
そういうメリルの目にはどこか寂しさを宿していた。
その意見に関しては私も賛成だけど、口に出したならきっとメリルみたいに寂しくなるだろうな。
悠人は音界にいない方がいい。フュリアスによる戦いがある音界にいたら、必ず悠人はフュリアスに乗るのを躊躇って死ぬ。そんなことにはさせたくないから。
「式典が終わるまでは戦闘は起きません。それから、皆さんと一緒に悠人と話をしましょう。人界に帰るべきだと」
「確実に悠人は反対するじゃろうがの。悠人にとってここはもう、心休める土地ではない。守るにはどうすればいいのか、再度考えないと」
「過保護」
ルーリィエが呆れたように言うけれど、アル・アジフの悠人の可愛がり方は他人じゃないほど常識を逸している。多分、アル・アジフは悠人を息子だと考えているのだろう。悠人だって必ずアル・アジフを母親だと言うだろう。
あのマザコンめ。
過保護と言われたアル・アジフは胸を張っていた。それにルーリィエはさらに溜め息をつく。
「別に過保護でもいいんだけどね。私が言いたいのは、それが本当に悠人だっけ。あいつの意志なのかどうか。あいつがそう望まなければ、きっと後悔するとも思う。あいつもあんた達も」
まるで私がそうだからとでも言うかのような口調。それを不思議に思いつつも私は言葉を返した。
「そんなこと、わかってる」
そんなことは、わかっている。でも、私達は悠人に頼っていた。
「今のままじゃだめなんだ。アル・アジフ、ソードウルフの改修状況は?」
「大丈夫じゃ。そなたの言うような改修になっておる。じゃが、あれでいいんじゃな」
アル・アジフの念押しの声に私は頷いた。隣ではメリルが心配そうに私を見ている。
「大丈夫。大丈夫だよ。私が、悠人の代わりになるから」