第六十九話 お祭り
「両手に華」
近づいてきた僕達を見ながらリースが楽しそうに言葉を投げかけてくる。その声に気づいた七葉が少し驚いたようにこちらを見てきた。
「うわ、本当だ」
「驚かれるようなことかな? それよりも怪我は大丈夫? 最近までベッドの上だったと思うけど」
「まあね。傷口は音姉に治癒してもらったし、リハビリは由姫姉にやってもらっているし、リハビリのプログラムは周兄が作ってくれたものだし、悠兄は見舞いに来てくれているし。私だってそろそろ動かないと体が腐っちゃうよ。あれ?」
ほとんど無い胸を反りながら言った七葉が体勢を崩す。だけど、それを素早く和樹さんが支えていた。
「おいおい。ななはまだ本調子じゃないだろ。無理するなよ」
「えへへ。ごめんね」
「ったく。悠人達こそ、無理はするなよ。お前らだって機体がやられたんだから」
「無理はしないよ。それに、怪我をしたのは鈴だけだから」
鈴も今はリハビリ最終段階に入っている。この甘ったるい空気に顔をしかめているラルフさんと羨ましそうに見ているクーガーさんが相手。
ちなみに、浩平さんは一人射的を張り切っていた。
「クーガー、ラルフ。休憩中ですか?」
「はっ。我らは現在体と心を休め」
「堅いな、親友。気晴らしに歩き回っていたところ、最近の訓練相手である和樹と出会い一緒に回っていただけです」
「クーガー! 歌姫様の前だぞ」
「祭りの渦中だぜ」
何だろう。どちらも間違っていないから本音を言うなら甲乙つけがたいというべきか。まあ、隣のメリルが楽しそうだからいいけど。
クーガーさんは僕を見て楽しそうに笑った。
「青春を謳歌しているみたいだな、少年」
「クーガーは枯れているみたいだけど」
「うぐっ。さすがの俺でもそれはなかなかのダメージだ」
「確かにクーガーは枯れているな。親友の俺からも断言しよう」
「非童貞の余裕か? 妻子持ちだからって」
その言葉はかなり意外だった。僕にリリーナ、七葉の三人はかなり驚いている。だけど、メリルに和樹さんは全く驚いていなかった。
「あれ? クーガーって、童貞、なんだね」
「女の子に声をかけているしイケメンだからかなり意外だね。あっ、カズ君の方が断然イケメンだけど」
「バカップル」
リースが呆れたように呟くとクーガーは微かに膝を曲げてリースに向かって手を伸ばした。
「マドモアゼル? 私と一夜を共にしませんか?」
すると、リースは竜言語魔法の書物を取り出すとすかさず開いた。そして、クーガーさんを睨めつけながら笑みを浮かべる。
「死ぬか、消し炭になるか、殺されるか、消えるか不細工になるか。選んで」
「そんな反応が返ってくるなんてお兄さんは意外だな。はっはっはっ。ラルフー、女の子が怖いよー」
こういうクーガーさんを見るのはかなり意外だな。想像通りだったなら涼しげな顔でスルーしてそうだったし。まあ、それをクリアしても射的に熱中している浩平さんがクーガーをボコボコにするだろうな。
浩平さんの武器、フレヴァングの性能はフュリアスにとって反則級だから。
「楽しそうですね。それにしても、彼は一体何をしているのですか?」
メリルが見ているのは浩平さんだ。正確には浩平さんがやっている射的。
人界の射的は景品を落とすものだけど、音界の射的は射的というより射撃だろう。遠くにある的を射て何点かで景品をもらうタイプらしい。
浩平さんの場合は常に満点みたいだけど。
満足したのか浩平は持っていた射的用の銃を下ろした。
「よしっ。おやっさん、どうだ?」
「持ってけ泥棒!」
嬉しそうに巨大なクマのぬいぐるみを手に入れて浩平さんがこちらを振り向き、そして、キョトンとした顔になった。
「お前らいたんだ。ほらよ」
浩平さんがリースにクマのぬいぐるみを受け取った。リースは嬉しそうにぬいぐるみを抱き締める。
「相変わらずだな」
「相変わらずって?」
リースとあまり接点の無いリリーナが不思議そうに首を傾げる。
「リースってかなり可愛いものがす」
チッ。
頬に何かが駆け抜ける。リースが食べ終わったリンゴ飴の棒を投げたのだと気づいたのは頬からダラッと血が流れたからだ。
容赦のない瞬間的強化による投擲。リースの目はこれ以上語るなと言っている。
「リースは可愛いものが好きだからな。これでコレクションは36個、ごばっ」
振り上げられた腕が浩平さんの顎を捉えて吹き飛ばす。大体10mくらいか。それくらい浩平さんを打ち上げて、浩平さんは頭から地面に突き刺さる。
さすがのこれには僕達は爆笑してしまった。浩平さんはすぐさま頭を地面から抜いて軽く肩をすくめる。
「恥ずかしくなるなよ。約束しただろ。年に一個ぬいぐるみをプレゼントするって」
「年齢と違うからおかしいというのは野暮だよね。リース。僕はリースの趣味は嫌いじゃないよ。それに、妹みたいなリースはニコニコしている方がいいし」
「違う。悠人が弟」
そこだけは譲れないという風にリースがぬいぐるみを抱えたまま一歩近づいてくる。だから、僕もそれだけは譲れないから前に踏み出した。
「違うよ。リースが妹」
「悠人が弟」
「リースが妹」
「悠人」
「リース」
「悠人!」
「リース!」
これじゃ話が終わらない。かくなる上は第三者に聞くのが一番だ。
「みんな、どちらが妹か弟かって、夢中だね」
いつの間にか僕とリースを除く全員が射的の前にいた。僕達は軽く肩をすくめて笑い合い、射的の屋台の前に行く。
「よーし、説明は一回しかしないぞ。歌姫様だからって一回だ。いいか、よく聞けよ。お前達が使えるのはこの銃だ」
そう言いながら銃を上げる屋台のおじさん。
「狙うのは奥の的。中央に近いほど高得点だ。ルールはそれだけ。まあ、銃にはそれぞれ癖があるが」
「三つある内の右の銃は弾が左に3とコンマ080334mmだけズレて」
「と、わけのわからないことになっているから気にするな。撃てる回数は三回まで。高得点ならまた撃てる方式だ。わかったな」
どうやら浩平さんは完全に癖を掴んでいるらしい。浩平さんらしいと言えばらしいけど。
すると、三つある内の真ん中を掴んだクーガーさんがラルフさんを振り返った。
「親友、勝負しないか?」
「いいな。だが、お前に勝ち目はあるのか?」
そう言いながらラルフさんが右の銃を手に取る。
「女の子の前ではかっこつけたいものさ。ふっ」
クーガーさんがかっこよく笑う。とりあえず、応援したくなるような笑みだった。
「先手必勝!」
そう言いながらクーガーさんは片手で銃を撃った。対するラルフさんは両手で構えて銃を撃つ。クーガーさんは笑みを浮かべてかっこよく。ラルフさんは真剣に確実に。
「はい、外れ」
だけど二人共外れていた。
「バカな」
「マジかよ」
二人が目を見開いて驚いている。確かに、二人共、自信満々だったよね。すごく恥ずかしいような気もするけど。
そうしていると、左の銃を掴んだ和樹さんが引き金を引いた。
「左、6点」
ちなみに、最大10点だ。
「もう一回!」
「汚名返上!」
クーガーさんとラルフさんが気合いを入れて引き金を引く。だけど、完全に外れていた。対する和樹さんの射撃は5点だった。
アストラルレファスやラルフさん専用アストラルソティスはどちらも近接型だから射撃は苦手なんだろうな。三回目も外した二人が屋台のおじさんにお金を渡して再度挑戦しようとしている。
そんな様子を見ながらメリルがクスッと笑った。
「お祭り、楽しいですね」
「そうだね」
だから、僕も笑ってそう返した。