第六十八話 大通り
最近忙しいです。まさにリア充というべき感じです。ちなみに、この話でメリルが語る話はあくまで私の意見を誇張させたもので、一つの意見だとお考えください。実際はここまで過激には考えていませんよ。
隣にいるリリーナが右手に持ったクレープを食べている。そして、隣にいるメリルが左手に持ったチョコバナナを食べている。
どちらも美味しそうに食べている。そして、周囲からの視線がかなり痛い。というか、
「リア充死ね」
「見せつけてんのか、死ね」
「羨ましすぎる。死ね」
ここが人界じゃなくて良かった。人界なら確実に呪殺されてたよ。
「ゆうひょ。ほうかしたの?」
「口の中のものは食べてから話そうね」
僕の言葉にリリーナは口の中にあったクレープを飲み込んだ。そして、僕の右手を掴む左手に力を込めた。
「悠人、どうかしたの?」
「ここが音界で良かったなって」
「なるほど」
「どうしてですか?」
リリーナはすぐさま理解したが、メリルはわからなかったらしい。まあ、あまり外に出掛けることはないだろうし、僕みたいな人はあまり見つからないだろうし。
「両手に華だから呪殺されそうで」
「嫉妬は最も醜いものの一つです」
「まあ、悠人みたいなリア充は少ないから仕方ないんじゃないかな?」
「リア充、ですか?」
メリルが不思議そうに首を傾げた。すると、リリーナが少し不思議そうな顔をして納得したように頷く。
メリルには確かにあまり関係のない話かもしれないね。
「リアルが充実していることだよ。一般的な定義でいれば彼女がいる、かな」
「それは間違っていませんか?」
メリルが少しだけ眉をひそめながら言う。まあ、確かに一般的な定義から見れば、
「彼女がいるだけでリア充ならば、別れかけの状態であってもリア充というのですか?」
「うっ」
確かにそうなるよね。そもそも、リア充なんて言葉が生まれたのは僻みだって話も聞いたことがあるし。
「そもそもリア充、現実が充実しているというのは他人が決めるものではありません。今の自分自身が決めるものです。彼女がいる=リアルが充実しているという等式は確かに成り立つかもしれません。彼女がいるということはそれだけで一日が違います。ですが、彼女がいない=リアルが充実していないという等式は必ずしも成り立つわけではありません。つまりはリア充=彼女がいるという等式が成り立たないことを意味しています。ならば、何をもってリア充とするのか。それはどれだけ人生が充実しているかでしょう。確かに彼女がいるというのはそれだけで充実するかもしれません。ですが、それだけがリア充の証となれば日々を暮らしているたくさんの方々にとって失礼です。どんな人であっても懸命に仕事をしています。全員が全員ではありませんが、懸命に仕事をして帰宅してからは趣味を行って体を休め寝る。そういうサイクルであっても十二分にリア充だと言えるのではありませんか? 学生にしても、学業、アルバイト、趣味。たくさんのことをして日々を悔いなく無駄なく過ごすそこに、リア充ではないという定義が当てはまりますか? そもそも、リア充という意味を考えないといけません。現実が充実しているということは三次元ではなく二次元が充実しているということであり、それは由々しき事態です。私達が生きているのは三次元です。二次元で許されるのは文字くらい。そう考えれば、リア充という意味がどれだけ歪んでいるかはわかりますか? リア充を生まれた社会がどれだけ歪んでいるかわかりますか? 二次元というのは本来ありえない世界です。三次元と二次元には大きな隔たりがあります。それなのに三次元が充実している、リア充という言葉が生まれるということはその逆、二次元が充実しているという人もいるということです。それは明らかにおかしいものです。私は歌姫として、音界の象徴の一人として、音界の民がリア充になれるようにしていきたいですね」
とりあえず、僕達はどこで間違えた?
「最後は凄い結論だったね。でもさ、妄想は何次元? 三次元か二次元か」
「四次元です」
鼻息荒く答えるメリル。一応ね、二次元も幻想なんだけどね、メリルの中だと別物らしい。
そう考えるとどう考えてもおかしいようにしか思えないのは僕だけだろうか。というか、大通りのド真ん中でどうしてこんな話をしているのだろうか。
「ですが、四次元は現実ではありません。三次元とは違います。妄想に生きる人間はリア充とは言い難いでしょう。それと、暇が無いほど忙しい人もリア充とは言えません。リア充というのは体と心のバランスが釣り合った時こそ言える言葉です。ですから、本当にリア充というのは数少ないものだと私は考えます」
「僕達は何をしにここに来たのかな?」
純粋にそう思ってしまう。どうしてこんなリア充について語っているのだろうか。本当にわけがわからないよ。
そう呆れているとリリーナが手を放して近くの屋台にフラフラと近づいていた。リンゴ飴の屋台だ。そこで指を三本立てて屋台のおじさんにお金を渡しリンゴ飴を受け取っている。そして、小走りで帰ってきた。
「はい、リンゴ飴」
「リンゴ飴、ですか?」
「食べたことないの?」
「はい。そういう悠人は食べたことがあるみたいですね」
「僕もないけどね」
そう言いながらリリーナから手渡されたリンゴ飴をメリルに渡す。メリルはちょうどチョコバナナを食べ終わったところだからちょうどいいだろう。
リリーナは片手でリンゴ飴を二つ持って食べ始める。
「悠人は食べないのですか?」
「虫歯になりやすいから」
「なるほど」
それに、甘いものは昔の癖であまり食べない。体重も上手く制御しないといけなかったし。
「それにしても、すごい賑わいだよね。最近、たくさんの人が死んだのに」
「僕達からしたらすごく不自然に見えるのに」
壊滅という言葉が生易しいくらいの壊滅っぷりだった。あそこまで、全兵力の九割以上が消え去ったのに、これを見ていれば首都の人達は薄情者にも思える。
あの後はたくさん人が詰め寄ってきたのに。
「皆さん、現実逃避したいんです。きっと。たくさんの人が死にました。屋台の関係者にもそういう人達がたくさんいます。それでも、皆さんはこの式典という祭りの中で静かにいようと思っているのです」
「それって」
「はい。悲しんでいるのは私達だけじゃありません。皆さん、空元気なんですよ」
「なんか恥ずかしいな。みんな、悲しんでいるのに」
僕はギュッとリリーナの手を掴んだ。
「大丈夫だよ。僕達はあの時あの場所にいた。あの場所にいたみんなは同じ気持ちだから」
「悠人」
あの時、僕は何も出来なかった。そう、何も出来ずにただ見ていただけだった。でも、何か出来たことはあるだろうか。
僕には何も出来なかった。ダークエルフのリアクティブアーマーですら守りきれない炎に対して出来ることはない。でも、もう終わったことだ。
「あれ? あのアストラルブレイズ」
その言葉に振り向いたそこにはアストラルブレイズの姿があった。ただし、武装がおかしい。
背中の翼が知っているアストラルブレイズよりも増設されている。まるで、機動力を高めたかのような姿。
「あれは式典用に改造されたアストラルブレイズです。機動力を高めてエネルギーシールドを新たに増設したもので、攻撃オプションはほとんどありません」
「なるほど。だから式典用なんだね。悠人が乗れば?」
「乗らないよ。そもそも、あの位置は式典会場だよね? そんな場所にある機体はまず乗らないと思うよ」
何か事故が起きれば大惨事だから。
「それもそうか。でもまあ、こんなところからでも見えるんだね」
「見えるようにしている、というのが正しいですね。少しでも不安を解消するために」
「すぐに動ける位置にある、ということか」
式典用と言ってもフュリアスはフュリアス。それなりに戦闘能力は高い。さすがに、完全武装のフュリアスが相手なら辛いが、ルーイならそれでも勝てるだろう。
確かに、たくさんの人が死んだ以上、そういうものがあってもいい。
「戦いなんて、無くてもいいのに」
「そうですね。あれ? あれはもしかしてクーガーとラルフでしょうか」
メリルがリンゴ飴を持ちながら指差した方向には射的の前にいる六人の姿があった。
その中の一人であるリースがリンゴ飴を舐めながらこちらに気づき手を振ってくる。
「合流しようか」
両隣の二人は頷いてくれたので、僕達は浩平さんにリース、七葉、和樹さん、クーガー、ラルフ達に近づいて行った。