第六十三話 天王降臨
「あ、ああ」
僕の口から声が漏れる。だが、それは上手く形を成していなかった。
マテリアルライザーがいた場所を喰らい尽くした光は消え、そこには何も残っていない。さっきまでダークエルフに挑みかかっていたマテリアルライザーの姿はそこにはない。
「嘘だ」
ようやく僕の口からちゃんとした声が出る。だけど、僕は目を見開き光景を凝視していた。信じたくはなかったから。
「嘘だ」
死ぬわけがない。だけど、僕は自らが見た光景を信じないわけにはいかなかった。
「嘘だ」
ダークエルフを苦しめたマテリアルライザーがたったあれだけでやられるわけがない。それでも、今の視界にマテリアルライザーの欠片すら無かった。
「嘘だ」
アル・アジフさんが死ぬわけがない。周さんが死ぬわけがない。それでも、そこには何もいない。
『我が名は天上の神マクシミリアン。戦闘を即刻中止せよ!』
「マクシ、ミリアン」
天王の名前。あの時も、学園都市騒乱の時もこいつは介入してきていた。
ゲートがある空を見上げたそこにはこっちに向けて腰の砲を向けているストライクバーストの姿があった。
『地上の民よ。貴様らは我ら天上の民を殺しすぎた。よって、我が自ら貴様らに断罪を与えてやろう』
「断罪? 傲慢だよ」
僕はペネトレートを取り出す。すると、ストライクバーストが今度は完全に向き直った。
『そうは思わないか? 我らが主となる資格を持つ空の民の住人よ』
「傲慢だよ。天王マクシミリアン。お前がやるのは断罪じゃない。そう、断罪なんかじゃない」
『ならば何だと言うのだ?』
僕はストライクバーストに向けてペネトレートを構えた。
「人殺しだよ」
そう、僕と同じ人殺し。
ペネトレートの引き金を引いてストライクバーストに向けてエネルギー弾を放つ。だけど、ストライクバーストは簡単にそれを避けた。そして、向かってくる。
僕はペネトレートを投げ捨てて対艦剣を握り締めた。
『確かにそうだな。だが、地上の民は我らに従うべきだ。貴様らは醜い争いを繰り広げている。それなのに、戦いを止めるようなことはしない』
「そうかもね」
醜い争い。確かにそうだ。
僕を止めようとアル・アジフさんと周さんがマテリアルライザーで僕の前を塞いだのも、結局は醜い争いにしか見えないだろう。
それでも、真剣だった。誰もが真剣だった。
「そうだよ。醜い争いを繰り広げる。同じ目的を持っていながら、僕達は戦っている」
狭間市での戦い。真柴と結城との戦い。学園都市騒乱もそうだ。みんな同じ目的なのに戦っている。天界からすればそれは醜い争いだろう。僕だってそう思う。
僕はストライクバーストの腰の筒から出ているエネルギーの刃を対艦剣で受け止めた。
「それでも、醜い争いでも! 僕達は戦っている。懸命に、ただ真剣に戦っているんだ。それを醜いとは言わせない。誰もが新たな未来を求めて戦っているんだよ。天王マクシミリアン。お前にはそれがわからないの?」
『だが、それは醜い争いでしかない。同じ目的ならば協力すればいい。お前達は同じ人なのだろう?』
理解出来ないとでも言うかのような言葉に僕は思わず笑ってしまった。
確かに同じ人間だ。だけど、人間でも僕達は違う人だ。一人一人が全く違う。考え方も違う。だから、同じじゃない。
「同じだったら、何も面白くないよ。この世界は」
『何?』
「同じじゃダメなんだ。違うからこそ世界は前に進む。だから、それでいいんだ」
『子供だな。神の立場になればそれこそが問題だと言うのに』
「だから、それは傲慢なんだよ。天王マクシミリアン」
ストライクバーストから距離を取る。だけど、ストライクバーストはそのまま距離を詰めてくる。
ダークエルフのリアクティブアーマーを破壊出来るのはストライクバーストの腰についている砲からでる高出力のエネルギーの刃。あまりの密度にリアクティブアーマーは打ち消せない。
「確かに同じ方が楽だろうね」
もし、僕が周さんと同じなら、きっと周さんはやられなかっただろう。周さんやアル・アジフさんは僕を救うためにやられたんだから。
同じならきっと、一緒に戦っていた。でも、僕と周さんは違う。僕とアル・アジフさんはもっと違う。それでも、アル・アジフさんはお母さんのように僕を心配してくれていた。そして、二人で救おうとしてくれた。
多分、違うから。今までの僕とは少し違っていたから。だから、リリーナは怒った。周さんやアル・アジフさんは止めようとした。でも、同じになることは求めなかった。
「僕は人殺しだ」
狂っていたと自分でもわかる。アル・アジフさんや周さんすら殺そうとしていたから。
「だけど!」
対艦剣でエネルギーの刃を払い、すかさずストライクバーストに叩きつけた。
「僕がここにいるのはそんな目的なんかじゃない!」
殺すためにいるんじゃない。破壊するためにいるんじゃない。笑うためにいるんじゃない。
今まで守れなかったからそう考えてしまった。それでも、みんなは僕を信じてくれた。優しくしてくれた。戦わない方がいいって言ってくれた。
もう取り戻せないものもある。だけど、僕はどうしてフュリアスに乗ることを決めたのか思い出せば、すんなりとやることが決まった。
「僕は、みんなを守りたいんだ!!」
体勢を崩したストライクバーストの頭を掴み、そのまま背負い投げに近い感覚で振り向きながら地面に向かってストライクバーストを叩きつけた。
「それを邪魔するなら天王だろうが何だろうが、僕は戦う!!」
『お前達だけが正義だと思うな!』
地面に叩きつけられて跳ね上がったストライクバーストが僕に向かってエネルギーの刃を振るってくる。それを対艦剣で受け流しながらストライクバーストから距離を取った。
やっぱり、ストライクバーストを倒す有効な手段がない。
『正義は我にあり!』
「正義なんて言っている状況じゃない!」
激しくぶつかり合う僕とストライクバースト。対艦剣はだんだん削れている。だけど、持ち替える時間はない。
「正義なんて無いんだ」
僕達がやっているのは人殺しだから。
「悪なんて無いんだ」
過程が違うからこそ、敵は悪となりえる。
「僕達に、正義を語る資格なんて無いんだ!」
対艦剣が砕け散る。ストライクバーストが繰り出すエネルギーの刃がダークエルフの右腕を切り裂いた。右腕は死んだ。それでも、左腕がある。
「正義は、ない。僕達は信念を貫くだけしか出来ないただの凡人なんだ!」
『正義は我だ!』
左腕に取り出した対艦剣がストライクバーストの頭部に激突する。だが、使い始めたばかりの対艦剣はそれだけで砕け散っていた。それと同時に肘からダークエルフの腕が斬り飛ばされる。
両腕は死んだ。接続中に斬られたから痛みはある。でも、まだ死んでいない部分もある。
「そんなこと、知るか!」
だから、僕はストライクバーストに向かって頭突きを繰り出した。それは完全に直撃してダークエルフのメインカメラが破損する。だけど、ダメージは確実に与えた。
視界の大半が見えなくなるが、サブカメラを使ってストライクバーストの姿を確認する。そこには数歩下がったストライクバーストの姿があった。
「僕は、戦う。正義なんて無くても!」
『ならば、死ね!』
振り上げられるストライクバーストのエネルギーの刃。リアクティブアーマーすら易々と斬り裂かれるその刃を見て僕は目を瞑った。
これでいいんだ。壊れた人間は、ここで消えた方がいい。
だけど、痛みが来ることはなかった。目を開けたそこには、ストライクバーストが振り下ろしたエネルギーの刃を受け止める二人の姿。
「嘘」
二人の手には全く同じ形の武器がある。武器の名前はレヴァンティン。そのレヴァンティンを包み込むように存在する淡い輝きがエネルギーの刃を受け止めていた。
僕の目から涙が出る。生きていた。周さんが生きていた。
「良かった」
安心したその瞬間、身体から力が抜けた。張り詰めていた何かが切れたかのように僕の意識は闇に落ちていた。