第五十九話 戦う目的
フェニックスの炎が私を焼き殺そうと狙ってくる。だけど、私はすかさず炎獄の御槍でその炎を薙ぎ払った。
「どうして! どうしてまたお兄ちゃんと戦わないといけないのよ!?」
私の叫びと共にお兄ちゃんは炎を放ってきた。私はそれを払いながら後ろに下がる。
「戦いはあの時で終わったんじゃないの!? 海道椿姫が周によって倒されて終わったんじゃないの!?」
「本当にそう思っているのか?」
その言葉と共に炎の剣を私は炎獄の御槍で受け止めた。
「そうだよ! もう、お兄ちゃんと私は戦う理由が」
「ない? 違うな。メグ。お前は何もわかっていない! 学園都市騒乱を何も理解していないんだ!」
「えっ?」
「学園都市騒乱の時、どの勢力が動いていた?」
その言葉に私は後ろに下がって考える。
真っ正面から戦っていたのは私達第76移動隊と海道駿達。私達の背後には『GF』も『ES』も音界もいた。海道駿達の背後には天界がいた。
「あまりにおかしくはないか? 学園都市という学園都市としては巨大だが戦略的にあまり重要ではない位置にあそこまで勢力が集まったということが」
「どういうこと?」
「だから、俺は調べた。学園都市騒乱の裏を。そして、決めたんだ。お前と戦うって」
「意味がわからないよ!? どうして、お兄ちゃんと戦わないといけないの? 私は、戦いたくないよ。昔みたいに仲良くしたいのに!」
お兄ちゃんが向かってくる。私は泣き叫びながらお兄ちゃんが作り出した炎の剣を受け止めていた。
強くなっている。今までなら少しは有利だったはずなのに、今はだんだん押されている。感情的な面もあると思うけど。
「どうして勢力から私と戦うことを決めたの? どうして? どうして!?」
「そうだな。俺も新たな未来を求めて戦うようになった、とでも言っておくか。今までは破壊するために戦ってきた。だが、今回は守るために戦う」
「わけがわからないよ!!」
感情そのままに炎獄の御槍をお兄ちゃんに叩きつける。だけど、お兄ちゃんが作り出した炎の壁が炎獄の御槍を受け止めていた。
私は後ろに下がって炎獄の御槍を構える。
「守るために戦うなら私達と目的が一緒じゃないの? 私達は守れるようになるために強くなった。滅びから世界を救うために戦っているのに、どうして同じ目的を持ったお兄ちゃんと」
「ならば聞こう。第76移動隊が戦った魔界貴族派、真柴・結城両家、海道駿達。その最終的な目的を」
「世界を救うため」
私は苦々しく思いながらも言った。
第76移動隊に入るまでわからなかったところだ。もし、世界を救うためにあれほど大規模なことをしでかしたと知られれば世界は混乱しただろう。
『GF』も『ES』もその他の勢力も同じ目的なのに過程が違うからこそ争いが起きる。
「同じ目的を持っていたとしても、過程が違うならばそれは敵になる。そして、俺も、いや、俺達も過程が違う。違うからこそメグと戦う」
「そんな」
「戦いたくないのか? なら、お前は死ぬだけだ!」
迫り来る炎の剣を弾いて私は大きく後ろに下がる。だけど、お兄ちゃんは私を追いかけるように前に加速している。
弾けない距離じゃない。だから、私は立ち止まって、お兄ちゃんの姿が揺らいだのに気がついた。
頭の中で計算するより速く、前に転がる。それと同時に私がいた場所に炎の剣が突き刺さっていた。
「今のを避けるのか」
「本気で、殺す気なんだね」
「当たり前だ。俺の目的のために殺す気で行く」
「わかった」
私は腰を落とし槍を構えた。覚悟を決めないといけない。決めなければ、殺される。
「炎獄の御槍、力を貸して。お兄ちゃん、腕一本じゃ終わらないって思っていてね」
「楽しみだな」
そう、お兄ちゃんは笑みを浮かべた。その瞬間に私は地面を蹴っていた。
大地が爆発したかのように吹き飛び私の体は前に出る。そのまま炎獄の御槍を振り抜いた。防御されないギリギリの距離からの薙ぎ払いと共に灼熱の炎がお兄ちゃんに向かって放たれる。
だが、その炎は簡単にフェニックスに呑み込まれていた。でも、そんなことはわかっている。呑み込まれることはすでに想定している。
炎獄の御槍を握り締め前に踏み出す。だけど、炎獄の御槍は簡単に弾かれた。でも、それは想像済み。
『ブラックレクイエムの操作のコツ? うーん、ブラックレクイエム自体をどういう軌道で飛ばすかかな。射撃が出来るようになったのは慣れてからだし』
私はアドバイスを思い出しながら炎獄の御槍を手放した。その瞬間、炎獄の御槍の石突から火が吹き出して空に舞い、空からお兄ちゃんを狙う。お兄ちゃんはすかさず炎獄の御槍に向けて炎の壁を作り出した。
それに私は笑みを浮かべながら前に踏み出す。
自己研鑽は怠らない。それが私や周みたいな努力によって高みを目指す方法なのだから。だから、私は自分の能力をさらに応用出来る形に練習していた。
ただ、ぶっつけ本番だけど。
『敵を見つめて自分を見つめて世界を見つめて、そして、拳を放つ。迷いなく、貫く。それが八叉流です』
でも、少なくない時間を訓練に費やした。日数的には足りないかもしれない。だけど、私は今までの努力を全て信じている。だから、私の拳が炎の壁を貫くとわかっていた。
炎の壁が霧散する。それにお兄ちゃんは目を見開きながら驚き、私はお兄ちゃんに手のひらを押しつけていた。フェニックスの炎が私に襲いかかるより早く、体を動かす。
『体内で練り上げた頸を叩きつけるのではなく流し込む。大丈夫です。これは努力をすれば出来るものですから』
由姫に教えてもらったように、私は体内の気合いに近い何か(マンガで言うなら気、八陣八叉流で言うなら頸)をお兄ちゃんに流し込んでいた。すると、お兄ちゃんの体が面白いように吹き飛ぶ。
吹き飛んだお兄ちゃんは背中から木にぶつかり、その体を飛来した炎獄の御槍が木に縫い付けた。
「がっ」
お兄ちゃんの声に私は心を痛めながらも小さく息を吐く。
「お兄ちゃん、これで終わりだよ」
「何をした!」
「炎獄の御槍を遠隔操作しながら八叉流活頸『内頸破』を使った。マルチタスクは必須項目だけど、慣れれば簡単だったから」
「なっ」
お兄ちゃんが絶句する。それはそうだ。マルチタスクは必須項目だと言っても、遠隔操作と頸を使う八叉流の同時進行は不可能に近い。でも、それは私が今までの私を補っていた部分が解決してくれた。
マルチタスクが並行しながらいくつもの作業をすることだ。必然的に一つ一つの作業量は落ちる。だけど、戦場では必要なものだ。だから、天賦の才を持たない私はマルチタスクではなく一つ上のやり方を練習していた。
オーバーワーク・マルチタスク。別名『思考のオーバードライブ』。
オーバーワークの名の通り、マルチタスクを超えるものだけど、複数の処理を全て最大限まで行う方法。もちろん、人間が出来るレベルじゃないから私も出来ない。でも、鍛えることは出来る。
私はずっと鍛えていた。今まで第76移動隊でやれていたのはいくつもの事柄を並行しながら纏めることを並行して一つにして行っていたからだ。
それが周みたいな才能豊かな努力人間とは違う、凡人の私が第76移動隊でやっていく方法。
「お兄ちゃん、そろそろ話して。お兄ちゃんはどうして私と戦うの?」
「だから、お前は理解していないと言っているんだ。甘すぎる」
「だって、『GF』だから」
私は炎獄の御槍を引き抜いた。お兄ちゃんは一瞬だけ不思議そうな顔をするが、さっき言った言葉で納得したのだろう。優しいお兄ちゃんの顔。
「『GF』だから、か。昔の俺みたいだな。やっぱり、お前は妹だよ」
「ずっと妹だけど?」
「そういう意味じゃないんだけどな。まあ、そんなお前に免じて理由を話してやるよ」
「本当!?」
多分、私の顔は確実に輝いていただろう。お兄ちゃんは少し呆れたような表情になっている。
昔はよくこういうやり取りをしたな。
「一つ目の理由はお前と戦うため。強くなったか知りたかったからな」
「どうだった?」
「予想以上だ。小手先の技を覚えただけじゃなくて既存のものも強化していた。俺だともう勝てないな」
その言葉は純粋に嬉しかった。お兄ちゃんに認められたということより小手先の技、八叉流や炎獄の御槍を飛ばす方法は人からみれば怒られる時があるからだ。周とはここに来る前に話したけど呆れられた。
『戦場で生死を分けるのはどれだけ研鑽を積んだかだ。オレは全ての技術に自信がある。お前はそんな自信があるか?』
だけど、こうも言ってくれた。だから、私は自信を持って伝えられる。
「それが私だから。努力こそが強くなる近道だから」
「真理だな。さて、もう一つの理由を話そうか」
「うん」
「同じ目的を持っていながら過程が違うからこそ戦わなければならない。それがお前、いや、第76移動隊ならわかっているはずだ」
その言葉にお兄ちゃんがどうしてここに来たのか何となくだけどわかったような気がした。
第76移動隊は『GF』の目的というよりも周の理想を目指している節がある。
「もしかして」
「道を見失うな。例え、世界を敵に回しても」
何となくこれからの展開がわかった方、それは第三章では関係なく、第四章初期の展開となります。