第五十四話 アークレイリア
前話を少しだけ変更します。今日中に。
薙刀の先がエンシェントドラゴンの体に突き刺さる。柔らかい感覚を感じながらも硬い皮膚を斬り裂きながらオレは高く上に向かって上昇した。そのまま薙刀の刃で頭を斬り裂く。
『悠聖。後ろのエンシェントドラゴンが私達に向かって炎を吐き出そうとしているよ!』
『チャクラムの操作は私がするから』
ダブルシンクロ中の二人の声を聞きながらオレはとっさに振り返った。そこにはこちらに向かって口を開けたエンシェントドラゴンの姿。
オレは薙刀を持たない手の手のひらを向けた。
「流動停止!」
灼熱の熱線が放たれた瞬間、アルネウラの力がその熱線を完全に止めていた。そして、膨大な魔力を纏い大きさが倍以上になったチャクラムがエンシェントドラゴンの体を斬り裂く。
それと同時にオレが先ほど薙刀で斬り裂いたエンシェントドラゴンが地面に倒れ込んだ。ズシンと大きな音が鳴り響く。
「はぁ、はぁ。後は四体か」
遠くから放たれた楓の射撃が一体のエンシェントドラゴンを押し倒した。ちょうどそこに正の姿があり、すかさずレヴァンティンのレプリカを走らせる。
オレは他の三体に向き直った。他の三体は若干だがこちらと距離を取っている。
「待っているのか? それとも」
『ここは突っ込むしかないよね』
『慎重にね』
二人の言葉に苦笑しながらオレはエンシェントドラゴンに向けて飛翔する。魔力を纏い、最大限まで加速するオレにエンシェントドラゴンは動いた。
ほんの少し身じろぎしただけなのにエンシェントドラゴンの前にいくつもの大地の槍が現れていた。
オレは急制動をかけながら上に飛翔する。
「竜言語魔法か!?」
『みたいだね。リースみたいな悲惨な火力じゃないけど、これはこれで厄介かも』
『あのエンシェントドラゴン達は私達を強敵だと思っているようですね』
「その言い方だと今までのエンシェントドラゴンは人を虫けらのように見ていたってことだよな?」
『今更気づいたんだ』
わかっていたけどな!
飛来する大地の槍を空中に作り出した足場を蹴って回避していく。威力は極めて高いが回避出来ない密度じゃない。
「これなら」
『悠聖! 後ろ!』
優月の声が響いた瞬間、空中から現れた鎖がオレの右手に絡みついた。すかさず薙刀で鎖を斬り裂くが、それは致命的な隙。飛来する大地の槍を回避出来ない状況になっていた。
とっさに魔術殺しを使おうとするが、それより早く集束砲が迫っていた全ての槍を消し去る。
「助かった!」
「空中戦は慣れていないから気をつけて。こういうトラップはたくさんあるんだから。それに」
楓がカグラ構えて口を開いたエンシェントドラゴンに向けて集束砲を放った。エンシェントドラゴンが放った炎とぶつかり合い相殺する。
相変わらず馬鹿げた火力だ。
「攻撃を回避している最中にも敵は狙ってくるから。だから、気をつけてね」
「そう簡単に気をつけられないからな。優月、アルネウラ、行くぞ」
オレは中にいる二人に声をかけながら一気に急降下した。エンシェントドラゴンが再びオレに向かって口を開くがそのエンシェントドラゴンの横手から風の塊がエンシェントドラゴンを大きく吹き飛ばした。
チラッとそっちを見るとそこにはフィンブルドとシンクロした俊也の姿。オレはそれを見て笑みを浮かべながら薙刀を振り下ろす。
薙刀がエンシェントドラゴンの首筋を斬り裂き、そこからチャクラムがエンシェントドラゴンの首を斬り裂いた。
噴き出す血を全身で受けながらオレは大きく後ろに下がる。
後二体、じゃない。今、正とアル・アジフの二人が同時に攻撃してエンシェントドラゴンを倒した。後、一体。
「悠聖!」
リリィの声が響いた瞬間、オレに何かがぶつかった。体勢を戻すために前に飛び振り返ったそこにはアークレイリアを構えるリリィの姿。
そして、リリィの姿が炎に呑み込まれた。
「リリィ!!」
名を叫び、最後のエンシェントドラゴンを睨みつける。エンシェントドラゴンは笑っていた。いや、笑っているように思えた。
「シンクロ解除。セイバー・ルカ、行くぞ」
オレは怒りに身を任せてシンクロ解除をし、セイバー・ルカとシンクロをした。手にセイバー・ルカが持つ剣の重みを感じる。
オレは剣を振り上げた。エンシェントドラゴンはオレに向かって口を開き、オレは剣を振り下ろした。
炎が吐き出さそうになるその刹那、エンシェントドラゴンの体が両断された。オレは静かにセイバー・ルカについたエンシェントドラゴンの血を払う。
これが光属性最強となった若き精霊セイバー・ルカが持つ特殊能力。遠距離への切断すら可能とする能力。
オレは小さく息を吐いてシンクロ解除をした。そして、リリィがいた方向に振り向こうとして、
「すごいすごい! それが悠聖の精霊の力なんだ!」
リリィが胸に飛び込んできた。
オレは目を丸く見開いて固まっている。何で生きているんだ?
「遠距離への斬撃? アークセラーみたいな間接的にダメージを与えられるものかな? アークセラーよりも強いけど」
空気を読まずオレに尋ねてくるリリィ。この場にいる誰もが完全に固まっていた。いや、固まりながらも無意識にオレ達に近づいてきている。
まあ、そうなるよな。
「あれを受けて、無事だったのか?」
オレが半信半疑に訪ねると、リリィは少し恥ずかしそうに頷いた。
「うん。心配かけたよね? 私の、アークレイリアの能力であるリフレクションだから。攻撃を反射するんだけど、反射距離は3mくらいかな。私はエンシェントドラゴンの攻撃を受け止められるか半信半疑だったけど」
ある意味一か八か。それに、リリィがやって来てくれなかったら死んでいた可能性があることを考えるとかなりありがたかった。ありがたかったけど、オレはリリィの頭をコツンと叩いていた。
誉められると思っていたのかリリィは目を見開いて驚いている。
「次はするな。今回は成功して良かったけど、次は死ぬかもしれない」
「あっ、うん。ごめんなさい」
「わかったなら。いい。それと、ありがとうな」
オレが恥ずかしいから顔を逸らしながら言うと、リリィは嬉しそうに笑みを浮かべた。
体がズキッと痛むが今は気にしなくてもいいだろう。
「そなたがそれならいいがの。とりあえず、全員集合じゃ」
アル・アジフが呆れながら軽く手を挙げるとオレ達の周囲に全員が集合する。
オレや正の服装は至る所に焦げ付いたりしてはいるが、それ以外は全く傷ついてすらいない。もちろん、リリィも。
エンシェントドラゴンと戦って艦隊は壊滅したのにこのパーティーはほとんど無傷なんだよな。
すると、同じことを思っているのか正が苦笑をしていた。
「出番が無かったんだが」
白騎士の不満そうな声に隣にいた光が呆れたように肩をすくめた。
「出番がないだけましとちゃう?」
確かにそうだ。こういう敵とは戦わない方がいい。エンシェントドラゴンとは特に。
艦隊は全滅に近い被害だし、俊也がそわそわしながら艦がいる方向を見ている。さらにはそっちの方向にアストラルルーラが向かっていた。
「悠人達も無事そうな感じだな。いや、ソードウルフだけはやられたのか」
この位置からでもリリーナがダークエルフの開いたコクピットに立っているのはわかるので大丈夫だろう。
艦隊は全滅したけど、オレ達は無事に生き残れたか。
「何とか勝てたって状況だけど、味方の被害は甚大だよ。まずは艦に戻った方がいい」
正の言葉にオレは頷いた。
「そうだな。とりあえず、艦に戻るか」
オレが小さく息を吐いて歩き出そうとした瞬間、リリィの体がビクッと動いた。その動きに白騎士以外が動きを止める。白騎士も少しだけ歩いて動きを止めた。
信じられないような目をしたリリィは周囲を見渡し、そして、悠人のダークエルフや倒れているソードウルフをぎこちなく持ち上げるイグジストアストラルの方向に向かって駆け出した。
一体何があったんだ?
「リリィ?」
「勘違い? でも、確かにゲートの反応が」
「リリィ!」
オレはリリィの肩を掴んだ。振り返ったリリィの表情には戸惑いが浮かんでいる。
「何があったんだ?」
「あっ、うん。間違いであって欲しいけど、ゲートの創生反応があって。マクシミリアン様は天界には手を出さないように言っているから」
「天王マクシミリアンの可能性があるのか?」
リリィはこくりと頷いた。
天界にはゲートを作り出す技術がある。それを考えると今の音界はとても危険な状態だ。艦隊は壊滅だし、今頃、本隊が首都を目指している。
オレ達が食い止めるしかないか。
ダークエルフが両手にエネルギーライフルを取り出した瞬間、アル・アジフが障壁魔術を作り出していた。その刹那、
『逃げて!』
悠人からの緊急通信と共にゲートが現れ、そこから光がオレ達に向かって放たれていた。リリィがとっさにアークレイリアを構える。
「アークレイリア!!」
そして、アークレイリアを中心に八つの花びらを持つ巨大な障壁が出来上がっていた。ゲートから放たれた光がアル・アジフの作り出した障壁にぶつかった瞬間、爆発する。
「かっ」
爆発した瞬間にオレ達を襲ったのは謎の波動だった。内臓がぐちゃぐちゃにかき混ぜられたような感覚にオレは、いや、オレ達はその場に片膝をつく。
今のはただの攻撃じゃない。
「振動迫撃砲、じゃな」
苦しそうに顔を歪めたアル・アジフが言う。振り返ってみれば白騎士ですら片膝をついていた。
「そのような技術、今の水準では不可能じゃぞ」
「だけど、使われた」
空を見上げればいつの間にか純白の体と翼を持つ人に翼をつけたようなフュリアスの姿があった。
そばにいたリリィがオレに体重を預けてくる。
「はぁ、はぁ。あれは、天界の、マクシミリアン様の、はぁ、はぁ」
「無理はするな」
「天王派じゃなくて、軍事派の、新型、フュリアス。マクシミリアン様の、命令、じゃない」
「独断専行というわけだね。アル・アジフ。僕は先に」
「どうやら簡単には行かせてもらえないようじゃな」
体の調子は何とか戻すことが出来た。だが、空中に浮かぶ何機もの純白のフュリアスがこちらにエネルギーライフルを向けている。
向こうはこちらを攻撃するつもりだろう。それに、今動けるのは正とアル・アジフだけ。もう少し休まないと逃げ切れない。
グラウを盾にして、いや、危険だ。グラウの防御力は信じているけど、グラウが死ぬ可能性がある。だから、出来ない。
「天界の民は、地上の民を、馬鹿にしている。攻撃は、しない限りしてこない」
「だから、リリィは無理をするな」
「この状況で、みんなを、守れるのは、アークレイリアの、力だけ」
リリィがゆっくりと立ち上がる。だが、その両足にかかっている力は弱く、足が震えていた。震えながらもアークレイリアを構える。
見ていられない。
「無理はするな」
オレはアークレイリアを握るリリィの手を握り締めた。
「大丈夫だ。オレ達が守るから。アルネウラ、優月、準備はいいか?」
『まだ気持ち悪いけどね』
「頭がクラクラします」
現れたアルネウラと優月がオレと同じようにリリィの手を握る。
『無理する人がいるなら私も無理しないとね』
「私達も多少の無理は大丈夫だから」
「じゃ、行くぞ。二人共」
「オホン。水を差すようで悪いんじゃが、状況はヤバいぞ」
その言葉に空を見上げたそこには、ダークエルフによって撃ち抜かれるフュリアスの姿があった。完全に臨戦態勢。
「ダブルシンクロ!」
とっさにダブルシンクロを行ってリリィの隣で薙刀を構える。天界のフュリアスはこちらに照準を定め、そして、引き金を引いてきた。
その数はあまりに膨大で受け止められるかはわからない。でも、受け止めるしかない。
「全部止めて見せる。だから、リリィ、やるぞ」
「うん」
そして、オレ達が障壁を作り出そうとした瞬間、大量の錘が組み合わさった障壁がオレ達を守るように展開されていた。
この魔術があるということは、まさか、
「いいとこ取りで悪いな」
声と共に軽やかに着地した人物。そいつ、いや、そいつらを見てオレは笑みを浮かべてしまった。
「狙いすぎだろ」
「狙ったつもりはないんだけどな。だけど、よく戦ったな」
「お前に鍛えられたからだよ、周」
オレ達のリーダー、海道周。人界にいるはずなのに、ここにファンタズマゴリアを展開している周の姿があった。
「さあ、オレ達地上の民の維持を見せてやろうぜ」