第五十三話 現実
クラスターエッジハルバートを取り出して空に浮かぶおっさんに向けて放った。だが、おっさんはそれを軽々と避ける。
「リアクティブアーマー装備のダークエルフは空中戦に弱いんだけどな」
僕は小さく呟きながらクラスターエッジハルバートを翻した。だが、それはおっさんに簡単に受け止められる。
『その体。お前が噂に聞く最強のフュリアスパイロットか』
「最強かどうかはわからないけど」
クラスターエッジハルバートを手放してエネルギーライフルを取り出す。すると、おっさんは受け止めていたクラスターエッジハルバートをオレに向けて投げていた。
エネルギーライフルをクラスターエッジハルバートによって弾かれ、おっさんはそのままオレに向かってくる。
「負けない自信はあるよ」
下から突き上げるような掌底でおっさんの体を跳ね上げ、そのまま肘をおっさんに叩きつけた。
おっさんは地面を数回バウンドして着地する。
『調子に乗るなよ!』
「調子に乗っているのは」
おっさんが地面を蹴る。オレはそれに対して右手に取り出した対艦刀を合わせていた。
おっさんの拳が対艦刀を捉えた瞬間、ガラスが砕けたような音が鳴り響き対艦刀が砕け散る。
「あなただ!」
一瞬浮かんだ笑みは絶望に染まる。
おっさんの顔面を新装備であるデュアルエッジスピアが捉えていた。鋭い鉾先がおっさんを吹き飛ばす。
デュアルエッジスピアは文字通り二つの刃がある槍というわけじゃない。見た目はただの槍だが穂先の刃が二重構造になっておりノコギリのように抉る仕組みになっている。
だから、おっさんに合わせるように穂先を叩きつけた。
鮮血が飛び散りおっさんの体が砕け散る。それを見た僕は小さく息を吐いていた。
『悠人!』
振り返ればアストラルルーラがこちらに向かって来ている。アストラルソティスはエンシェントドラゴンの方向に向かっていた。
『倒せたのか?』
「うん。ルーイはイグジストアストラルを先に艦に連れ戻してくれる? 今はリリーナが直接見に行って」
『悠人!!』
その瞬間、リリーナの切羽詰まった声が響いた。僕は慌ててコクピットを開いてイグジストアストラルに視線を向ける。
そこには血まみれの鈴がリリーナの腕の中に抱かれていた。血の気が引く。
すると、アストラルルーラがすかさずイグジストアストラルに近づき、コクピットを開けた。
『僕が連れて行く。悠人とリリーナはイグジストアストラルとソードウルフを連れて艦に戻ってきてくれ』
「わかってる。鈴を頼むよ」
『任せろ』
コクピットにリリーナが飛び移りコクピットの中にいたルーイに鈴を渡した。鈴を受け取ったアストラルルーラはすかさず身を翻して艦に戻って行く。
僕はコクピットの近くの壁に拳を叩きつけた。
また、守れなかった。また、傷つけてしまった。守るって決めたのに、僕は、守れなかった。
何が負けない自信はあるだ。何も守れていないじゃないか。僕がやったのはリリーナが倒しかけていたエンシェントドラゴンの相手を倒しただけ。
「僕は、一体何をしていたんだ」
「大丈夫だよ」
いつの間にか僕のよこにはリリーナがいた。そして、僕の手を掴んでいる。
「大丈夫。大丈夫だから、安心して。悠人は守ってくれたよ。私を、私達を」
「でも、鈴は」
「大丈夫。酷い重傷だけど艦には委員長がいるから。それに、死ぬような怪我じゃない。大丈夫」
「だとしても、僕は」
強くなったはずなのに。一番強いはずなのに。なのに、守れない。次は失ってしまう。
何を?
そんなのは決まっている。大切な人を。
「悠人」
「ごめん。少しだけ一人になりたいから。リリーナはイグジストアストラルを動かせた?」
「うん。鈴から緊急起動用のパスワードを受け取っているから。ソードウルフだと動けないから私はイグジストアストラルを使ってソードウルフを艦まで運ぶつもり」
「わかった。お願いね」
僕はそう答えてそのままコクピットの中に戻った。四肢を固定してコクピットを閉じる。精神感応を繋げて僕は小さく息を吐いた。
すでにエンシェントドラゴンは後三体になっている。これなら大丈夫だろう。
「艦隊は壊滅的被害を受けてソードウルフは中破。イグジストアストラルはパイロットの鈴が負傷。僕はなんのためにここに来たんだ」
守るためのはずだったのに。みんなを、誰もかもを守るためのはずだったのに。僕は何も守れていない。
イグジストアストラルのコクピットに入ったリリーナがイグジストアストラルを起動させる。だが、起動したイグジストアストラルの動きはかなりぎこちなかった。
どうやら本来の持ち主以外のパイロットが乗れば動きが極端に落ちるらしい。イグジストアストラルはそれほど高度な技術は必要しないから。
ぎこちない動きながらもイグジストアストラルはソードウルフを持ち上げる。僕はエンシェントドラゴンに注意を向けながらその行為を見ていた。
強くならないと。今のままじゃ駄目なんだ。もっと強く、強くならないと。
そう思った。そして、空を見上げる。
嫌な予感? 少し違う。ざわめく感じ。
見上げた空には何もない。視界の隅ではイグジストアストラルがブーストを噴かして飛び上がっていた。でも、そんな様子はほとんど視界に入っていない。
僕や周さんが持つ直感は信じるに値するもの。そうだとしたら、この胸の奥に生まれたざわめきは何?
空にあるざわめきは何を意味しているの? この状況で、一体何が起きようとしているのかはわからない。でも、僕はほとんど無意識でダークエルフの両手にエネルギーライフルを取り出していた。
「何か来る? 敵の援軍? 違う。信じろ。僕の直感を」
目を瞑り、全ての神経を集中する。
聴覚や触覚じゃない。第六感を信じるんだ。僕と周さんだけが持つ危険把握能力を信じるんだ。
その瞬間、嫌な予感が全身に襲いかかってきた。いや、嫌な予感と言うべきじゃない。狙いは僕じゃない。
まさか、
「逃げて!」
僕は通信を開いて悠聖さん達に声を上げた瞬間、頭上から現れた光がエンシェントドラゴンと戦っている悠聖さん達に向かって降り注いだ。そして、爆発する。
「あ、ああ」
守れなかった。また、守れなかった。
嫌な予感が体を襲う。僕は奥歯を噛み締めて頭上を睨みつけた。
そこにあるのは大きなゲート。それは、学園都市騒乱で天界が軍を送ってきた時と同じゲートだった。そのゲートを抜け出してくる陰。それは純白の体と翼を持つフュリアスだった。
ほとんど人に近く、シルエットだけを見れば人に見えるかもしれない。そんな形だった。
右手にはエネルギーライフル。左手にはエネルギーシールド。
「よくも」
両手のエネルギーライフルを握り締める。
「お前達だけは、絶対に許さない!」
両手のエネルギーライフルを構えて空に浮かぶ純白のフュリアスに向かって引き金を引く。だが、放つエネルギー弾は簡単にエネルギーシールドによって受け止められていた。
「エネルギーライフルじゃ駄目だ。バスター、いや、これなら」
取り出した少し大きめのエネルギーライフル。それを構えてオレは引き金を引いた。放たれたエネルギー弾は螺旋を描き純白のフュリアスに迫り、純白のフュリアスが構えたエネルギーシールドを貫いた。純白のフュリアスが爆発する。
『抵抗しようとしている地を這う虫けらに告げる』
このエネルギーライフル、通称ペネトレートなら相手の防御関係なく倒すことが出来る。問題は、消費エネルギーだけど。
『我ら天軍の進撃を阻むなら我らは容赦しないだろう。だが、恭順するなら我らは施しを与えてやろう』
リアクティブアーマーに直接繋げればエネルギーは解決する。でも、他への転用がかなり難しいような気はする。
『さあ、選ぶがいい。虫けらは虫けららしく踏み潰されても文句は』
「うるさいな! 人が考え事をしているんだから黙っててよ!」
すかさずペネトレートの引き金を弾く。ペネトレートから放たれた弾丸はフュリアスの群れを貫き一気に吹き飛ばした。
まだだ。これだけじゃ倒せない。
両手にペネトレートを取り出し、引き金を引く。
『虫けらごときが天軍に逆らうのか!?』
「何が天軍だよ!! 不意打ちで攻撃するお前らなんて空軍で十分だ!!」
『あの虫けらを蹴散らせ!』
空にいるフュリアスが全て僕にエネルギーライフルの先を向ける。迫り来る大量の嫌な予感。それに僕は笑みを浮かべる。
「殺すよ。全部殺す。やられる前に殺さないと、守れないから」
僕はダークエルフの体を大きく動かした。