第五十一話 攻防
パシャと血の水溜まりを踏みしめて七葉は槍を握り締めて駆けていた。周囲には切り刻まれた音界の兵士が散乱している。
誰もが恐怖に染まった表情に七葉は唇を噛み締めていた。
「どうして、こんな酷い真似を」
小さく怒りを呟きながら七葉は周囲を見渡す。足下は血の水溜まりが出来、周囲は飛び散った血で赤く染まっている。
窓の外では戦闘が起きているから時折爆発が聞こえる。
「悠兄」
七葉は小さく悠聖の名前を呼んだ。そして、服が血まみれになるのを構わずそのまま滑り込んでいた。
七葉が立っていたなら斬られていたであろう場所に剣が通り過ぎる。七葉はすかさず槍を頸線に解いて放っていた。
後方ではなく天井に。天井が降ってきたのは七葉くらいの女の子。そして、振り返った先にいるのは同じく七葉くらいの男の子。
七葉はすかさず指を動かして二人を頸線で絡め捕った。
「あなた達が襲撃者の一味だよね? あなた達の狙いは何?」
「それはね、お姉さんの命だよ」
その言葉に七葉が振り返った瞬間、目前にナイフが迫っていた。それを頸線で弾いてナイフを投げつけた相手を睨みつける。
そこには七葉よりも幼い少女の姿があった。
「あはっ。今のを避けちゃうんだね。完全に本気で狙ったのに」
「あなたは誰?」
「そうだな。お姉さんの名前を知っているのに私の名前を知らないのは駄目だよね。でも、名前は重要だから役職で語らせてもらうね」
ニコニコ笑う少女に七葉が警戒していると、少女の笑みが深くなった。
「『黒猫子猫』のリーダー」
その言葉に七葉が目を見開いた刹那、少女は前に飛び出していた。五本のナイフを七葉以外の場所に狙いながら鞘に入った剣の柄に手を触れる。七葉はとっさに頸線から槍を作り出して振り抜かれようとした剣を受け止めた。
だが、感覚から二人を縛っていた頸線が断ち切られる。遅れて二人が地面に落ちる音がした。
「ありがとう。ミルラお姉ちゃん」
「助かったよ。ミルラ姉さん」
七葉は大きく後ろに下がりながら槍を構える。一対一から一対三。相手は全員剣だ。
「白川七葉。最高の精霊召喚師である白川悠聖の妹かつ器用貧乏の海道周のいとこ。一族の中でそれほど高い実力は無いが、空間把握能力及び頸線を扱う技術は飛び抜けている。間違ってないよね?」
「別に否定することじゃないからいいけど。でも、それほど空間把握能力は高くないよ。周兄の方がよっぽど高いし」
「私達が気にしていたのは頸線の方だったから。衛兵に知らせたのはお姉さんでしょ?」
「まあね」
七葉は確かに頸線を扱う技術は世界でもトップクラスに位置している。そもそも、頸線を使っている数が極めて少なく、頸線だけの人はさらに少ないからだが。
頸線の扱い方次第では様々なことが出来る。だからこそ、『黒猫子猫』は七葉を危険視していた。
「一対三は卑怯だけどね、私達は目的を成し遂げないといけないから。まずはお姉さんを殺して一つ目の目的を達成しないとね」
「させると思っているのかな? 出来ると思っているなら来たらどう? 私は一筋縄じゃいかないよ」
「弱い人ほどよく吠えるって言うしね。お姉さんはどうかな? クロウ、ジェシカ、行くよ」
その瞬間、ミルラが床を蹴っていた。クロウとジェシカの二人も側面から七葉を狙おうと走り出す。
判断は刹那。七葉は前に踏み出していた。頸線を動かしながら両手に剣を作り出して掴み取る。そのままミルラが振る剣に右手の剣を合わせた。剣同士がぶつかり合い拮抗した瞬間、剣が解けてミルラの腕を縛り上げる。
すかさず横にズレて男の子、クロウによって振り抜かれた剣を軽く斬られるだけで回避して剣を持たない右手の指を動かす。
クロウが握る剣に頸線が絡みつき、クロウが剣を手放した瞬間に七葉は懐に入り込んでいた。
クロウが動くより早く七葉の肘がクロウの鳩尾を捉え壁に叩きつける。叩きつけ時の動きを使って前に七葉は飛んだ。すると、背中を浅く斬られる。だが、それだけで済んだ。
七葉は振り返りながら振り抜かれた剣を左手に持つ剣で受け止める。
「よくも!」
女の子、ジェシカは顔に怒りを出して力任せに七葉を押していた。だから、七葉は軽く剣を引き飛び込んできたジェシカにタックルをかける。
ジェシカはたまらず背中から倒れ、そこに剣から槍に形を変えた七葉が側頭部に石突を叩きつけた。
振り抜いた槍を手放して頸線に変え、今度は盾にする。すると、その盾にミルラの蹴りが直撃して七葉は盾ごと吹き飛ばされていた。
「ちょっと予想外かな」
ミルラが小さく笑みを浮かべながら腕に絡まった頸線を足技だけで斬り裂いた。鉄や刃物が入っているようには見えない。だが、頸線は断ち切られている。
「お姉さんがここまで強いだなんて」
「頸線を使う以上、武器はたくさん使えないと駄目だからね。近接格闘も教えてくれる人が近くにいたから」
「そうなんだ。でもね、予想外はちょっとだけ」
ミルラが動く。魔術を展開しながら七葉に向かって走ってくる。
七葉はとっさに槍をミルラに向かって投げつけた。ミルラは魔術の展開を中断して槍を弾く。だが、その槍は弾かれた瞬間に解け、ナイフとなってミルラに降り注いだ。
だが、ミルラはナイフなんて関係ないと言うように前に踏み出している。そして、右や左に軽やかなステップで降り注ぐナイフを全て避けきった。
目を見開きつつも頸線を集めて槍を作り出した七葉にミルラが襲いかかる。振られた剣をとっさに受け止め、槍で大きく弾きながら懐に入り込むように前に踏み出した。
だが、そこにミルラの姿はない。七葉はとっさに槍を振り返りながら振り回した。だが、背後に回り込んでいたミルラは槍を棒高跳びのような見事な姿勢で回避しながらその手に持つ剣を突き出していた。
剣が七葉の肩に突き刺さる。そして、さらに突き刺された。
「あぐっ」
素早く剣を刺された向きとは逆に弾いて七葉は突き刺された肩を押さえる。
「確かに小手先はすごいけど、純粋な力とはあまり戦えないみたいだね。お姉さんの実力は予想の範囲内だから」
「そんなこと言われても全く嬉しくないけどね」
七葉は傷口を押さえながら絶望的な気分になっていた。
ミルラの戦い方は周に似ているから。そして、様々な戦い方を覚えている七葉にとっては付け焼き刃じゃない本物の様々な戦い方が出来る存在。
周とは違ってそれほど洗練はされていないが、力も速度もそれなりにしかないのに相手の、七葉の動きを利用している。
「大人しくしてくれたら優しくお姉さんを殺すよ」
「だれが殺されるもんか。私は生きるんだからね」
「私としてもお姉さんが抵抗してくれる方がいいけどね。クロウやジェシカを気絶させた分くらいは返さないといけないし」
「戦いはここからだよ」
幸い、というべきか、頸線は腕を怪我してもどちらかの手の指が動ける状態ないくらでも使うことが出来る。例え、肩がやられても頸線から作り出した武器が使えないだけで頸線の機能に何ら支障はない。
だけど、ミルラは笑っていた。七葉は一瞬だけ意味が分からず、だけど、すぐに気づいて大きく横に跳んだ。だが、回避することは出来なかった。
壁に展開された魔術陣が煌めき、放たれた壁の材質を利用した槍がいくつも七葉を狙う。七葉は頸線を動かしていくつか受け流すが、一つの槍が七葉のわき腹をえぐっていた。
七葉はその場に座り込む。
「あの時、魔術を消したんじゃなくて」
「うん。消したように見せかけて実は展開していたんだよ。バレにくい物理属性でね」
ミルラはゆっくり七葉に近づく。
「じゃ、死のうか」
「なーんてね」
ペロッと七葉が下を出した瞬間、ミルラの体を頸線が縛り上げていた。ミルラは剣を振り上げた体勢のまま固まっている。
「どうして」
「頸線はね、元々は医療用のものなんだよ。だから、傷口を塞ぐぐらいは大丈夫」
そう言いながら七葉は笑みを浮かべて立ち上がった。傷口は頸線によって閉じられている。
「勝ったと思って油断するからそうなるんだよ」
「そうだね」
ミルラがフッと微笑んだ。
「それはこっちのセリフだよ」
「えっ?」
その言葉が聞こえた瞬間、七葉の腹を灼熱の痛みが襲った。そこに手をやると生暖かい血が吹き出し、臓器がこぼれ落ちている。
立つことが出来ずその場に倒れ込み、七葉は必死に振り返ろうとしていた。だが、傷口が深すぎて動けない。
「あっ、うっ、あっ」
「残念だったね、お姉さん。さてと、次は歌姫様を殺しに行こうかな。お姉様もいそうだし、楽しみだな」
ミルラが七葉が倒した二人を担いで歩き始める。七葉はそれを薄れゆく意識の中で見ていた。
「死ぬ、の?」
必死に声を絞り出し動こうとする。だが、体は全く動かない。
「い、や、なの、に」
必死に体を動かそうとする。だが、それより早く視界が黒く染まる方が早かった。それと同時に誰かの着地する音が響く。
「大丈夫だよ」
朦朧とした意識の中で七葉は聞いていた。
「【傷は元通りになっている】から。だから、【一日くらい眠っていてね】」
そして、七葉の意識は闇に染まった。