第五十話 地獄の戦場
「流動停止!」
オレの叫びと共に迫ってきていた灼熱の炎が動きを止める。その瞬間にそれをかいくぐるように正が駆け出した。そして、レヴァンティンのレプリカに高密度の魔力を纏って炎を吐いていたエンシェントドラゴンを切り裂いた。
すると、何かを感づいたように正が振り返り、周と同じファンタズマゴリアを展開する。展開しながら後ろに下がってきた。
「無事か?」
「無事とは言いたくないけどね。来るよ!」
正の言葉と共にオレ達は弾かれ合うように横に飛んだ。それと同じくしてオレ達の間を駆け抜けるように光の奔流が通り過ぎる。
先行していたオレ達を追いかけてきた光やアル・アジフだろう。援護射撃にしてはかなり強いからありがたい。
光の奔流は先頭にいたエンシェントドラゴンを呑み込み傷つける。だが、傷つけるだけで終わった。
「厄介だな」
オレは小さく呟いて握り締めた錫杖をしゃらんと鳴らした。すると、エンシェントドラゴンの頭上で光が収束し、エンシェントドラゴンを貫いた。
『無理はするな。我が力は膨大な魔力を使う』
『私も同じ。みんなを守りたいからって悠聖が傷ついたら駄目なんだからね』
わかってる。だからこそのこの装備だろ。
エンシェントドラゴンが口を開いた瞬間、オレは錫杖を前回と同じように鳴らした。すると、魔術陣が煌めきエンシェントドラゴンが吐いた炎を受け流す。
前衛には二種類存在している。攻撃こそが最大の防御か、防御だけが最大の防御か。
魔術だけならオレの精霊で最強のディアボルガと、一つだけだが防御力が極めて高いアルネウラの二人とダブルシンクロをした盾型の前衛だ。対する正が攻撃型だからなかなか釣り合っている。
「シンクロ中の精霊達と会話をするのはいいけど、状況はしっかり見極めないとね。まあ、君ならわかっているだろうけど」
「そりゃな。だんだん囲んできているな」
「合流する前に倒すというのは確かに悪くはないね。しかも、向こうには圧倒的な力がある」
その言葉にオレは軽く肩をすくめた。
「だとしても、諦められると思うか?」
「そうだね」
正も笑って応えてくれる。
こいつとは話しやすいんだよな。何というか、周と話しているような感覚があるし、何かとわかってくれているような感じもする。
まあ、詮索は後でいいか。今は周囲のエンシェントドラゴンをどうにかしないとな。
数は大体20近く。流動停止で止められるのは一体だけ。それを考えるとかなり戦いにくい。ディアボルガの障壁や正のファンタズマゴリアも使えば三体になるけど。
「ディアボルガ、優月とチェンジ。全力で行く」
『承知した』
その言葉と共にシンクロが解除され、優月が隣に現れる。そして、オレはアルネウラと優月の二人とシンクロを行った。
「ダブルシンクロ!」
二人の体がオレと重なり中に入り込む。それと同じくしてエンシェントドラゴンが一斉にオレに向けて口を開いた。
オレは足に力を込めて飛び上がる。
優月の持つ膨大な魔力で無理やりそらい上がった。対するエンシェントドラゴンもオレ達を追いかけて炎を吐き出そうとして、正が持つレヴァンティンのレプリカが三体のエンシェントドラゴンを瞬く間に斬り倒していた。
だが、他のエンシェントドラゴンは止まらず炎を吐き出す。
「魔術殺し!」
だから、オレは吐き出された炎を含む周囲一帯に対してあらゆる魔力に関するものを打ち消した。エンシェントドラゴンが吐いた炎が消え、エンシェントドラゴンの体の一部が崩壊して血を噴き出す。
これが幻想種というものか。
「優月、アルネウラ、行くぜ!」
『周囲を気をつけて』
『私達も手伝うから』
オレは頷きと共にエンシェントドラゴンに向けて一気に降下した。
エンシェントドラゴンが口を開き炎を吐き出す。それは私達を援護しに来たフュリアスの群れを一瞬で焼き尽くしていた。灰すら残さず消え去っている。
私はそれを見ながらアークレイリアを握り締める。
「なんて火力だ」
隣を走る白騎士が小さく呟いた。それを私は聞きながら前を見つめる。
すでにエンシェントドラゴンと壮絶な近接戦に悠聖達は入っている。エンシェントドラゴンの攻撃をかいくぐりながら、体の一部が崩壊したエンシェントドラゴンに近接戦を挑んでいた。
気を抜けばやられるような状況の中、悠聖、海道正、アル・アジフの三人は果敢に攻めている。
悠聖とアル・アジフの強さは私もよく知っている。世界最高の精霊召喚師と世界で二番目に強い魔術師。その二人についていく海道正は勝るとも劣らない。
「アークフレイでもあれだけは守れそうにないな」
「アークフレイの鎧は強力だけど、完全に防ぐわけじゃない。アークレイリアならまだ対抗策はあるけど」
「なら、使ってもらいたいものだな」
「エンシェントドラゴンに効くかはわからない。失敗すれば死ぬ。そういう時にしか使わない」
アークレイリアを握り締めながら私は応える。
そう。アークレイリアの能力なら防げる可能性はある。だけど、あの弱点を知っている私からすれば成功する確率は限りなく低い。それでも、使わないといけない。
死にたくはないから。
悠聖に斬りつけられたエンシェントドラゴンが巨体を地面に倒した。すかさず悠聖は次のエンシェントドラゴンに狙いをつける。
空を自由に飛び回り、エンシェントドラゴンを撹乱しながら高威力の攻撃を加えている。
私が前に走り出そうとした瞬間、風の最上級精霊であるフィンブルドが前を塞いだ。
『落ち着きな。今のお前の実力で言っても足手まといになるだけだ。アークレイリアの力があってもな』
「どうしてアークレイリアの力を」
『これでも精霊が一枚噛んでいるからな。アークの力に関しては。そろそろ俊也が戦場に加わるはずだ。だから、少しだけ待て』
そうフィンブルドが笑みを浮かべた瞬間、紫電の煌めきがエンシェントドラゴンを包み込み一瞬にして焼き尽くした。
いつの間にか、エンシェントドラゴンと近接戦を行っている人が一人増えている。
名山俊也。
世界最強の精霊召喚師にして五体もの最上級精霊を所有する本物の天才。今、流れが大きく変わろうとしていた。
「ナイス! 俊也!」
「お師匠様に負けていられませんから!」
ミューズレアルとシンクロしている俊也がその手に紫電を作り出した食らいつこうとしたエンシェントドラゴンの口の中に放り込んだ。
エンシェントドラゴンの中で紫電が爆発し、血を吹き出しながらエンシェントドラゴンは倒れていく。
ミューズレアルの力はエンシェントドラゴンとかなり相性が良かった。そもそも、エンシェントドラゴンの体は魔力障壁並みに硬いものだ。だから、オレや正は武器に高密度の魔力を纏うことでエンシェントドラゴンを倒している。
アル・アジフはそもそも高密度な魔力を魔術として利用しているから関係はないけど。
そんな魔力障壁みたいな体でも電流や水など一部のものは別だった。そして、別だからこそミューズレアルの電流がよく効く。
「数はかなり減ってきたな」
残るエンシェントドラゴンは八体だけ。少し離れた位置に一体だけいるが、それはダークエルフに乗る悠人と戦っている。悠人なら大丈夫だろう。
味方もかなり距離を取っている。援軍としてやってきていたフュリアス部隊もルーイやリマと一緒に後ろに下がっている。まあ、来る度に消されてきていたし。
その瞬間、オレの中でゾクッと嫌な予感がした。オレはとっさに上に上昇すると俊也がオレの後を追いかける。正はすでにアル・アジフを連れて同じように上がっていた。
その瞬間、エンシェントドラゴンの口が開いた。そして、次に起きた光景をオレを忘れることはないだろう。
エンシェントドラゴンの口から放たれた灼熱の熱線が航空艦隊の群れに薙ぎ払われたから。
爆発する。いや、大多数は熱線によって消し飛んでいた。生き残った航空艦も熱線の余波で溶かされたり、爆発に巻き込まれたり。
生き残っているのは地走型の艦隊くらいだろう。
「壊滅、じゃと」
アル・アジフの声は震えていた。射程外からの射撃。それをくらって艦隊は全滅と言っていいほど消え去っていた。
「二射目はさせない。させるものか!」
正が両手に剣を持って降下する。オレ達も顔を見合わせて頷いて降下を開始した。エンシェントドラゴンはオレ達に狙いをつけている。
倒さないと。この場でエンシェントドラゴンをすぐさま倒さないと。また、あの光景が再現される。だから、殺さないと。