第四十八話 裏の裏
久しぶりの投稿です。『星語りの物語』が一段落したので戻ってまいりました。
「やられた!」
アル・アジフはそう叫びながら隣の壁に拳を叩きつけた。それに呼応するかのように正も拳を叩きつける。
「ドラゴン達は囮なんかじゃない。僕達を引き寄せ、首都に戻らせないための駒だね」
正は拳から血が出るのを構わずまた叩きつけた。
「あれはドラゴンなんかじゃない。あれは」
「エンシェントドラゴンだろ」
オレは薙刀を握り締めながら森の中から現れたドラゴンの群れを睨みつけた。見た目はドラゴンよりも小さい。だが、先遣隊の全てを呑み込んだ灼熱の炎はドラゴンが放てるような威力ではない。
これが全て燃えているならドラゴンだろう。だが、塵一つ残っていないのだ。全てが蒸発している。
『悠聖、私達が前に出ないと危ないよ。私の流動停止や優月の魔術殺しなら食い止められるから』
わかってる。そんなことはわかっているから。
「第76移動隊全員出動。委員長は旗艦に連絡して全艦退けるように。さもなくば消え去ると脅しておけ」
オレは出撃を見送りに来た委員長に向かって言った。委員長は頷きを返してくれる。
「わかった」
「ついでに作戦を変える。フロントはオレ。他は援護射撃を」
「僕も前に出るよ」
正がレヴァンティンっぽい剣を握り締めながら一歩前に出た。オレは小さく頷く。
「オレと正の二人で前に出る。相手はエンシェントドラゴンだ。油断するなよ!」
痛む体に鞭を入れる。口から垂れる血を無視して体に力を入れる。息を吸う。血を吐く。でも、堪える。
鈴はゆっくりとイグジストアストラルの体を起こそうとした。だが、衝撃と共にイグジストアストラルの体が地面に沈み込む。
『本気で殴ったはずなんだがな。まあ、いい。もう一回殴れば大丈夫だろう』
「ふざ、けないで!」
鈴は胸部カメラに映るおっさんに向けてクラスターエッジハルバートを振った。だが、おっさんは飛び上がり、クラスターエッジハルバートを回避する。
ペダルを踏み込みレバーを操作してイグジストアストラルを起きあがらせながらおっさんに向かって蹴りを放つ。しかし、それは簡単に受け止められる。
『まだ戦えるか。機械兵器というのは面白いな』
「調子に、のるな!!」
鈴はブースターを噴かして距離を取るとクラスターエッジハルバートの先をおっさんに向けて引き金を引いた。すると、クラスターエッジハルバートの先からエネルギー弾が放たれ、おっさんに当たる寸前でいくつもの細かなエネルギー弾となって襲いかかった。
だが、おっさんはそれを受けながら平気な顔をしている。
『それだけか?』
「まだまだ!」
笑みを浮かべたおっさんに対して鈴はイグジストアストラルを回転させながらクラスターエッジハルバートを振り抜いた。
クラスターエッジハルバートは確かにおっさんを捉え、大きく上に打ち上げる。すかさず全砲門をおっさんに向けて全ての引き金を引いた。
全弾命中。
その結果を見た鈴は荒い息を整え、そして、血を吐いた。
鈴が着込んでいる鮮やかな赤のパイロットスーツが赤黒く変わっていく。
イグジストアストラルは絶対防御ではあるが、パイロットがあらゆる攻撃から守られるわけじゃない。大きな衝撃を受ければパイロットにもダメージはいく。先ほどの衝撃が大きすぎたので鈴は肋骨を追っていたのだ。折れた肋骨は肺に突き刺さり、血を吐いた。
さらに言うなら右の薬指と小指も見ただけで折れているとわかるほど曲がっている。
「これなら」
そう呟いた瞬間、視界を闇が覆い尽くした。正確にはカメラを覆うほど大きな何かがのしかかってきたのだ。
鈴はとっさにブースターを噴かすがイグジストアストラルの体がそのまま地面に押さえつけられる。
レバーやペダルを操作するがビクともしない。イグジストアストラルだから破壊されることはないが、何も出来ない。
『残念でした。あれだけで倒せたと思わないことだな』
「動け! 動け! 動け!」
出力を最大にしながら鈴はイグジストアストラルを動かそうと必死にブースターを起動させる。だが、イグジストアストラルの体はびくともしない。
いつも応えてくれたイグジストアストラルが、今日だけは応えてくれない。
「どうして! 私は、強くならないと、勝たないといけないのに!」
『なら、死ねよ!』
その言葉と共に視界に光が戻った瞬間、イグジストアストラルの体が空に浮かび上がった。鈴はとっさにブースターを制御して体勢を戻そうとして、イグジストアストラルの体が上から地面に叩きつけられた。
「かはっ」
鈴の口から血が吐き出される。それと同時に鈴の手がレバーから離れた。そのまま俯きになりながら動かなくなる。
『これでくたばったか? なら、完全に破壊して』
『させない!』
その言葉が響き渡り、鈴はゆっくり顔を上げた。血まみれとなった顔で必死にモニターを見つめる。そこには、エンシェントドラゴンと相対するリリーナの姿があった。
鈴は必死にイグジストアストラルを動かそうと体に力を込める。だが、鈴の体はピクリとも動かない。
鈴はまた血を吐き、そして、意識が闇に染まった。
窓から見える光景。それを何も見ていないかのような目で冬華は見ていた。方角はフルーベル平原がある方角。
それを見つめながら冬華は小さく息を吐いている。
決めたはずだった。冬華は覚悟を決めて元仲間の『黒猫子猫』達を殺すつもりだった。だけど、いざその時となると冬華は動けなかった。動けなかったどころか命すら狙われて茫然自失の状態が続いている。
「決めたはずなのに」
冬華は小さく呟く。誰に語りかけるのではなく、ただ、確認するだけのために。
「何も、出来ない」
このままだと戦えないのはわかっている。でも、体は動かない。どうすればいいのかもわからない。弟や妹のように思っていた存在をどうすればいいかが全くわからない。
このままじゃダメだとは冬華もわかっている。わかっているけど体は動かない。
その瞬間、フルーベル平原の空が赤くなった。戦闘が本格的に始まったのだろう。
「悠聖は、大丈夫かな?」
「お姉ちゃん、起きてる?」
扉が開くと同時にそこから七葉が顔を覗かせた。だが、冬華は振り返らないし返事をすることもない。聞こえているはずなのに。
七葉は小さく溜め息をついて部屋の中に入った。
「戦いが始まったみたい。悠兄達は二番手だから大丈夫だと思うけど、心配だな」
七葉は悠人や悠聖が負傷したために送られてきた補助員だ。だけど、フュリアスにも乗れるし生身でも戦闘出来る稀有な存在でもある。
本来ならどちらかを極めるのだが。
「お姉ちゃんも早く元気になってね。悠兄も、それが」
七葉の言葉がピタリと止まる。そして、七葉は小さく溜め息をついた。
「侵入者。お姉ちゃんはここにいて。私は出かけるから」
槍を虚空から取り出しながら七葉は走り出した。だが、それでも冬華は動かない。すると、冬華の隣にフェンリルが現れてその体を冬華にこすりつける。
傍目からみればじゃれあっているように見えるが、冬華からすれば別の意味を持っていた。
冬華は静かに目を伏せる。
「敵、なんだね。『黒猫子猫』?」
フェンリルは静かに冬華の体に自らの体をこすりつけた。優しくフェンリルの頭を撫でながら冬華は考える。
戦えるのだろうか。妹や弟のように思っていた『黒猫子猫』のメンバーを。
でも、どうしてここに『黒猫子猫』がいるのかも疑問に思ってしまう。どうしてだろうか。どうして、フルーベル平原にいないのだろうか。
「もしかして」
フルーベル平原が囮であって本命はこっち?
「フェンリル、行くわよ。せめて、それだけは調べないと」
冬華は振り返る。すると、そこにはお盆の上に乗ったパンとスープがあった。どうやら七葉が持ってきてくれたらしく、スープはほんのり湯気が立っていた。
冬華はすかさずパンとスープを流し込むとそのまま走り出した。
「間に合って」
小さく呟きながら冬華の手がフェンリルに触れる。すると、フュリアスが雪月花に変わり、冬華の手に収まった。
「間に合って!」
冬華はさらに加速する。焦りながらも、だけど、確実に、目的の場所に向かって。