第四十五話 出撃
「何、これ?」
隣にいるリリィが顔をひきつらせながら尋ねてくる。それにオレは答えることが出来なかった。
何故なら、基地の敷地内限界ギリギリまで航空艦が所狭しと並んでいるからだ。
強襲揚陸艦や航空空母艦だけじゃない。航空攻撃艦や地走型空母艦など種類は多岐に渡る。それらが目の前に広がっているのだ。つくづく、音界フュリアスの世界だと思い知らされる。
人界ならここまでの艦隊を集めることはまず不可能だろうに。
「航空艦隊。ここまでの規模は僕が知る中では類を見ない数だけど」
パイロットスーツを着たルーイが近づいてくる。そして、軽く笑みを浮かべた。
「さすがの白川悠聖も驚くみたいだな」
「当たり前だ。そもそも、人界にここまでの艦隊はない」
「だろうな。僕も最初見た時は半信半疑の数だった。あなた達が乗るのは前にある地走型空母艦。フュリアス搭載数は6だ。これなら出撃出来るだろ?」
「ありがたい」
一番の悩みが航空空母なら空戦または準空戦能力持ち以外はどうやって着地するかだった。
今回の任務は飛べる人の方が多いけど、七葉やリリィみたいに空戦能力を持たない人もいる。七葉も一応準空戦とは言えなくはないけど、何もない空間では準空戦すら出来ない。
「しかし、こんな数を用意して首都の防衛は大丈夫なのか?」
「大丈夫だ。僕以外の悠遠の翼を持つ全機体が首都を防衛する。その戦力は生半可な部隊では落とせないくらいだ」
「それなら安心だ。まあ、オレ達も守ることについては強い意識があるからさ。気を悪くしたならすまん」
「僕も最初は半信半疑だった。歌姫親衛隊の僕とリマの二人も出撃だから不安ではあったがな」
ルーイとリマの二人はパイロットとして絶大な戦力がある。二人のコンビネーションはかなり高いとも聞いている。ルーイは単身であの悠人と渡り合っていたからな。
「僕とリマは一時的に第76移動隊に編入する。先遣隊の次に叩くのが僕達の役割だ」
「問題は、先遣隊がやられる可能性があるからな。オレ達が最前線になっても何もおかしくはないし」
そんなことはないと祈りたい。だけど、相手は600のフュリアスを倒したという結果がある。
それを考えるとどうしても不安になってしまうのだ。
リリィや白騎士など未だに本格的な戦闘に慣れていない奴らがいる。そんな中で最前線で戦えるのかという不安が。
一応、孝治とは連絡が取れたから大丈夫だとは思うけど。
「不安、なの?」
リリィの言葉にオレは頷いた。
「そもそも、今回の戦いは数では絶対的に有利なんだ。作戦を教えてもらった以上、穴は少ない。そこを突かれても態勢を立て直すには十分な布陣でもある。だからこそ、問題なんだ」
そう。完璧だからこそ問題なのだ。
「相手のドラゴンが囮となって精霊召喚符を持つ奴らが突撃してきたら、勝ち目は一気に少なくなる」
「えっと、どういうこと?」
理解出来ないからか不安そうになるリリィ。この布陣が相手側に流れていた場合、オレなら確実にこうする作戦だからだ。
「ドラゴンを囮に精霊召喚符の持ち主が穴を突いてくる。先遣隊の次がオレ達だからこそ、その作戦が成功した場合」
オレは航空艦隊を見渡した。どれもこれも魔鉄によって作られているはずだ。だから、魔術には滅法弱い。
「航空艦隊は壊滅する。オレ達の援軍はまず間に合わない」
シュミレーション終了
目の前にそんな文字が踊る。それを僕は驚いたように見て、そして、体から力を抜いた。
シュミレーションが終了し、カメラが周囲の光景を映す。
シュミレーションを行っている間にソードウルフにイグジストアストラル、アストラルソティスが運び込まれたらしい。
僕はコクピットを開きながら全てのロックを外した。パワードスーツが正常な形に戻り、僕はコクピットから飛び降りる。ブースターを起動して落下速度を弱めるのを忘れずに僕は上手く着地した。
「悠人、すごい!」
着地した瞬間に鈴がキラキラした目で近づいてくる。
「難易度99を63回クリアなんてすごい! 私でも最大13回なのに」
「鈴の場合はイグジストアストラルだからだよね?」
「てへっ」
可愛く下を出しておどける鈴に僕は笑みを浮かべた。
イグジストアストラルは絶対防御だから守らなくても大丈夫かな。
「でも、ダークエルフでも悠人は凄いよ。本当に最強のパイロット」
「悠人!」
鈴の言葉を遮ってリリーナが近づいてくる。
その表情にあるのは怒り?
「どういうこと?」
「どういうことって何が」
「今のシュミレーション。どうして一撃で敵を殺す攻撃ばかりしていたの?」
その言葉に僕は眉をひそめる。
シュミレーションなのにリリーナは何を言っているの?
「悠人なら一撃で戦闘不能に出来るのに、どうして悠人は」
「一撃で戦闘不能? そんなんじゃダメなんだよ」
だから、僕は笑みを浮かべて答えていた。
「敵は殺さないと。戦闘不能なんて生温いよ。そうじゃないと、また誰かが」
パン、と音が鳴った。その音と同時に頬に痛みを感じる。
叩かれたと気づくまでほんの数瞬。そして、リリーナが泣いているのを気づくまでほんの数瞬。
「そんなの悠人の戦い方じゃない。悠人は人殺しをするような人じゃない。なのに、どうして」
「リリーナにはわからないよ。大切な人を失ったことがない人には」
「何を」
「大切な誰かが死ねばリリーナは理解するよ。僕の言っていることが正しいって。技術だけで全てを守れるなら、僕はルナを救っている。メリルをあんな目に合わせていない。戦いに必要なのは力なんだよ。僕はそれを変えるつもりはない」
「どうして」
リリーナがその場に座り込んだ。僕はその姿を一瞥して歩き出す。
何を今更なことを言っているのだろうか。リリーナなんて確実に相手を殺している癖に僕が殺すとなれば反対するのかが意味がわからない。本当に意味がわからない。
殺さなければ殺される。そんな当たり前のことを反対するリリーナはきっと疲れているんだ。そうだ、そうに違いない。
だから、僕が守らないと。リリーナも僕が守らないと。
全てを破壊してでも。
テーブルの上に広がる地図。それを見ながらオレは小さく溜め息をついた。
詳細な作戦を説明するから全員に集まって欲しかったのだが、悠人、リリーナ、鈴の三人が未だにやって来ていない。
まあ、ルーイやリマがいるし説明しても大丈夫だろう。
「作戦を説明する」
「三人ほど来てないけどいいん?」
光の言葉にオレは頷いた。
「これ以上待っていても時間の無駄だ。だったら、このメンバーだけで説明した方が早い。それに、フュリアス部隊に関してはは作戦自体が少ないからな」
「なるほど。僕達が基本的には遊撃ということになるのか」
「察しが良くて助かるよ」
オレが考えていた作戦は万が一のことを考えた作戦だ。オレ達が出撃するのは先遣隊の損耗率が20%を超えた時。だから、本音を言うなら敵味方関係なく撃ち抜けば簡単なんだけどな。
そうは言っていられないからこういう布陣だ。
「まずは簡単なチームから。オレと白騎士に海道正の三人がフロントチーム。最前線だ」
「大丈夫だ」
「了解したよ」
二人の返事にオレは頷く。
「次に俊也、リリィがセンターチーム。俊也の指示にリリィは従うこと。そして、委員長は艦待機」
頷きを確認しながらオレも頷き返す。
「楓、光、アル・アジフさんの三人はバック。艦後方で待機だ」
「艦後方? そんなに後ろで大丈夫なん?」
光が不思議そうに疑問点を上げるが、隣にいる楓が小さく溜め息をついた。
「魔術はフュリアスの天敵なんだよ。相手は生身なのに私達が一斉に放ったらどうなると思う?」
「味方壊滅?」
誰もが呆れたように溜め息をついていた。まあ、らしいと言えばらしいんだけどな。
「妥当じゃな。後はフュリアス部隊じゃが」
「フュリアス部隊はイグジストアストラル、ダークエルフを先頭にドラゴンと戦ってもらう。まあ、そこら辺は作戦に無いから自由にっと」
急に艦が動き、慣性の法則に従って体が動く。どうやら出撃したらしい。
「つまり、僕達は自由行動か」
「そういうけと。まあ、状況は臨機応変に変えていくこと。何が起きるかわからないからな。じゃあ、解散」