第四十四話 機械仕掛けの死神
久しぶりの感覚。それを感じながら僕は袖を通した。指先にまで完全に僕のために作られたもの。それがこれだ。
しっかりと両手が入っていることを確認して、僕は精神感応で接続する。両手両足のマニピュレーターの動作を確認。続いて両手両足を動かしてみてリンクしていることを確認。最後に、胸を閉じた。
ゴツゴツとした今じゃ考えられないほど大きなパワードスーツ。普通ならこれを着ることはないけれど。
「大きいな」
ルーイが僕のそんな姿を見ながら感心したような声を上げた。
ルーイが着ているのはパイロットスーツだけど、パワードスーツとパイロットスーツはどちらもフュリアス用でありながら用途が違う。
パワードスーツは主に災害救助の際に使われるが、パイロットスーツは戦闘時に使われるもの。ダークエルフがパワードスーツなのはFBDシステムを起動した際に防御力が著しく減少し、一撃で破壊されるからだ。
そもそも、ダークエルフの基本設計って第三世代が主流だし。
「本当は、これを身につけたくはなかったんだけどね」
思い出してしまうから。嫌でも、あの時の光景を思い出してしまうから。
「そうは言ってられないのが現状だ。僕としても、悠人がその機体に乗るのは反対だ。もしかしたら、動かせないかもしれない」
「大丈夫だよ。僕は大丈夫」
拳を握りしめながら僕は言う。そして、小さく息を吐いて後ろを振り向いた。
整備ブースに存在している漆黒のフュリアス。その装甲はリアクティブアーマーではあるが、本来の姿は純白のフュリアス。
アル・アジフさんからはどんな改造を受けたかは聞いている。今まで以上に精神感応を高めているらしい。だから、僕が暴走して発生した具現化という手段をとることが出来る。
「軽く動かすよ。この艦にシュミレーションって積んであるの?」
「積んである。シュミレーションなら問題はないか。今から接続を試してみるが、ダークエルフは少し古くて出来るとは思うなよ」
確かに、ダークエルフは第三世代だけど、中のシステムは基本的に最新のものを積んでいるから大丈夫だとは思う。多分。
僕は背中のブースターを起動させて飛び上がる。そして、胸に開いたコクピットに跳び込んだ。ブースターを遮断し、背中のパックの接続を確認する。
すかさず両手を伸ばし固定した後、足を固定する。精神感応でダークエルフ本体とリンクを発生させながら胸の開いた部分を閉じた。それと同時にパワードスーツの足裏が開き、僕の足がペダルにかかる。
ダークエルフの体に異常はない。リアクティブアーマーも正常に作動している。
『聞こえるか?』
ルーイの声が僕の耳に届く。
「聞こえているよ」
『そうか。今からシュミレーションを開始する。説明は聞くか?』
目を瞑り、精神感応を最大限まで発動する。ダークエルフのカメラを見て周囲を把握しながら僕は答える。
「お願い」
ルーイは近くにあった操作盤を動かしながらマイクに向かって話しかけている。どうやらまだ接続は出来ていないらしい。
説明しながら接続するつもりなのだろう。
『シュミレーションは限定型戦闘。一定フィールド内にいるフュリアス20機の撃墜が基本的なミッションだ。難易度は1から99まで。99をクリア出来た人は未だにいない』
機体数は固定なのに難易度があるということはフィールドが変わっていくということだろう。それくらいの方がかなりやりやすいけど。
持てる力を全て使えば勝てるのだから。
『難易度99はクリア出来ないわけじゃない。実際に、僕でもクリア出来る。だが、問題は疲労だ。悠人の疲労度が一定以上になればシュミレーションは終了する。撃墜されても終了だ。何か質問は?』
「使用武器数は?」
『三つ。今から武器の選択を聞くが』
「エネルギーライフルとバスターライフル×2」
『わかった。固有武装は自由に使える。投げてもステージが変われば装着されている。準備はいいか?』
「大丈夫だよ」
カメラが切り替わる。そこは何もない広大な空間。そこにフュリアスが20機存在している。
僕は両手にバスターライフルを取り出した。
シュミレーションの最大の敵は疲労。だから、低難易度では疲労する間もなく倒さないといけない。
それならバスターライフルの薙ぎ払いが一番有効だ。バスターライフルの最大エネルギー照射時間は約一秒半だから。
『シュミレーション、スタート!』
ソードウルフが人型形態のまま整備ブースに収まる。ロックされたのを確認してソードウルフに乗っていたリリーナは小さく息を吐いた。
隣にはイグジストアストラル、ダークエルフの姿がある。
「昨日は昨日で何かとバタバタしていたし、目的地近くになるまで寝ようかな」
軽く腕を伸ばしながらリリーナはコクピットのハッチを開けた。そして、手すりに捕まりながらコクピットから身を乗り出す。
そこでようやくリリーナは異変に気づいた。
ダークエルフの整備ブースの制御盤付近に集まっている人達。ダークエルフのメンテナンスかと思えばルーイや鈴の姿まである。
リリーナは器用にコクピットから飛び降りながら駆け足でその中に近づいた。
「ダークエルフに何かあったの?」
リリーナがその中から顔を覗かせつつ尋ねると、制御盤のモニターの中央には戦っているダークエルフの姿があった。その横には難易度とスコアがある。
それを見たリリーナは完全に絶句していた。
難易度99。スコア999999999999。簡単に言うならカンストだ。
「リリーナ。悠人、すごいね」
「やっぱり悠人なんだ」
鈴の声にリリーナが納得しながら言う。こんな人間離れしたスコアを叩き出せるのは後にも悠人しかいないのはわかっていた。
そもそも、難易度99自体がクリア不可能に近い。リリーナは開始20秒で撃墜された。クリア出来たのはイグジストアストラルに乗った鈴とアストラルルーラに乗ったルーイ。
イグジストアストラルは完全防御だし、アストラルルーラもそれに近い能力がある。
「疲労値は29%。30%になったら強制終了する」
ルーイが制御盤を操作しながらみんなに言い放った。それに応じるように整備員が散らばる。
「相変わらず非常識な奴だ」
呆れたように言うルーイの顔にはどこか負けたかのような雰囲気を出していた。
「あの時はタッチの差で負けたと思っていたが、どうやら今は歴然の差みたいだな」
「そんなことはないと思う。ルーイのアストラルルーラは普通に強いから」
慰めるように鈴は言うが、ルーイの意見に関してはリリーナも同意見だった。
レベルが違う。リリーナが知っている悠人とは桁が違う。シュミレーションの姿を見ていても、今までは殺さないように気を使っていた悠人が今では普通にコクピットを撃ち抜いている。
殺さないのは無理でも、極力殺さないように頑張っていたはずなのに。
まるで、殺す訓練をしているかのような。
その姿はまるで、
「機械仕掛けの死神」
「リリーナ、何か言った?」
リリーナがポツリと呟いた言葉に鈴が反応する。リリーナはそれに対して首を横に振った。
「何でもない。ルーイ、そろそろみんなが来る頃だと思うけど」
「そうか。なら、僕が出迎えよう。このシュミレーションは疲労度が30%を超えたら強制終了するようになっている。出てきた悠人へ報告を頼む」
「大丈夫。ちゃんとするから」
鈴は笑いながらそう言うが、リリーナの顔は晴れなかった。
まるで、今の悠人の状態を危惧するかのように。