第四十二話 これからのこと
閉めていたカーテンを開けるとそこからは眩しいまでの朝日が差し込んできた。それに目を細めながら振り返る。
朝日を受けた姿は本来なら美しいというべき姿だったかもしれない。でも、今は土気色の顔をして同じような色の毛布を着たまま座り込んでいるその姿を見るとどこか悲しくなってしまう。
「冬華、朝だぞ」
オレの言葉に冬華は反応しない。いや、反応はしている。目が動いているのはわかる。でも、口は動かない。
無理もない。さすがに昨日の事は冬華をこういう状況にするには十分お釣りがくるものでもあった。
オレはゆっくりと冬華に近づいて冬華が座り込んでいるベッドに腰掛けた。冬華はそっと手を伸ばしてオレの指を触ってくる。
不安なのだろう。また殺されるかもしれないということが。
「大丈夫だ。オレはここにいる。こうして生きている。だから、安心しろ」
こくり、と冬華は頷いた。そんな反応にオレは嬉しくなってしまう。さっきまでの冬華はオレの言葉にほとんど反応しなかったから。
そうしているとドアが三回ノックされた。オレはすぐさま「はい」と答えるとドアがゆっくりと開き、そこから七葉が顔を覗かせた。
「お姉ちゃんはやっぱりまだ?」
「やっぱりなんだな」
「さすがにあんなことがあったばかりだからね。さすがの冬華さんでも無理だよ。悠兄だって同じだよね?」
「そりゃな」
もし、オレの精霊が裏切ったとして、そいつらがオレを殺しに来たとするなら耐えられる可能性はほとんどゼロだろう。
それほどまでに昔の知り合いに裏切られるのは辛い。それが家族みたいに思っていたなら尚更だ。
七葉は静かにオレの反対側の冬華の横に座った。
「一応、昨日の夜に決まったことを連絡するね。昨日の夜はさすがに無理だったから」
「決まったってことは動くのか?」
その言葉に冬華はピクリと動いた。
「うん。まずは第76移動隊へ作戦への参加要請があった。そこは代理のアル・アジフさんが要請を受け入れたから、私達はフルーベル平原の作戦に参加するよ」
「妥当だな。反対する場所はどこにもないし」
「現在アル・アジフさんは悠人とメリルを連れ戻しに行ってる。さすがにフルーベル平原にはダークエルフが必要だと判断されたから」
「なるほどね。かなり頼りにされているよな。オレ達ばかりに戦わせるつもりじゃ」
「先遣隊がやられたら真っ先に突撃してもらうみたい。孝治さんにも連絡はしてあるから」
今頃あいつは何をやっているんだろうな。多分、フルーベル平原の本隊、セコッティの本隊の足止めをしていると思うけど。
まあ、作戦開始時には合流しているだろう。
「他に言うことは、第76移動隊に臨時で白騎士さんとルーリィエさんが入ったから」
「ちょっと待て。白騎士はわからないでもないけど、何でリリィも?」
「ルーリィエさんが言うにはお爺ちゃんから迷惑をかけた分働くように、だって」
「罰として魔王の娘と一緒に行動か。納得した」
まあ、天界の住人が魔王の娘と一緒だなんて普通は嫌だろうな。
でも、リリィの祖父か。一体どんな人なんだろう。
「というか、リリィは大丈夫だったのか? リリィもアークの持ち主なんだろ」
「えっとね、リリーナが言うにはアークレイリアはアークの中で一番弱いから、アークベルラやアークフレイの敵じゃないって。朝練にも参加していたから動きは大体わかったけど、能力は高くないけど反応がいいのかな?」
七葉がそう言うなら間違ってはいないだろう。七葉は本当に多芸に秀でているから。
オレは小さく溜め息をついて時間を確認する。
「作戦開始時間とかはまだ決まっていないんだよな?」
「うん。だから、私用のフュリアスを準備出来るって聞いたけど」
「七葉はフュリアス要員だったのか」
てっきりオレの代わりかと思ったんだけどな。フュリアスの操作が上手いわけじゃないから。
オレの表情を見て考えていることがわかったのか七葉は頬を膨らませた。
「悠兄、怒っていい?」
「勘弁してくれ。オレから言わせてもらえば七葉がここにいるのは反対なんだからな」
「妹だから?」
「危険だからだ。このままいつここが戦場になるかわからない。お前は余計な事に首を突っ込むから心配なんだよ」
オレの言葉に冬華がギュッとオレの指を握り締める。オレはそっと冬華の手を握って優しく握った。冬華の力が抜ける。
大丈夫だってのに。オレがお前の心配しないわけないだろ。
「でも、このままでいいわけじゃないよね。二人共戦えないんだから、これからのことを考えたら私も戦わないと。それに、私の武器はフュリアスと相性がいいし」
「相手はフュリアスじゃないからな」
七葉の武器である頸線ははっきり言ってフュリアスの天敵だと言ってもいい。
そもそも、フュリアスは魔鉄から作られているため魔力を使う武器はすべからく天敵だと言っていいが、頸線はその中でもダントツの天敵だ。
理由としては頸線は魔力を使って操ることと、細長いということ。フュリアスの外部モニターがよほど、いや、かなり高性能で無ければ頸線は見えない。それを張り巡らせたフィールドではフュリアスは戦えない。戦えば輪切りにされるだろう。
というか、七葉は質より数だから余計にフュリアスからは質が悪い。
「フュリアスじゃなくても私は強いよ」
「まあ、一般的に言えば強いな。だけど、今回の相手は基本的に一般的に言えば強い奴らばっかりだろうな。そう考えると、本音を言うなら控えていて欲しい。そして、冬華を見ていて欲しい」
オレの言葉と共に冬華がめい一杯手を握り締めてきた。オレはその手を握り返す。
対する七葉はどこか不安そうな目でオレを見てきていた。
「悠兄、行くつもりなんだ」
「当たり前だろ。本当は大事を取って休みたいところだけど、悠人ですら戻されるんだ。オレも動かないと」
そもそも、音界における第76移動隊の代表は何故かオレだ。副隊長の孝治がいるのに代表はオレだ。
死にかけたりしたけど、ちゃんとその仕事は果たさないといけない。
「これからのことを考えたらオレの力は絶対にいる。自惚れとかじゃなくて事実として。だから、戦うさ。まあ、本格的に戦うわけじゃ」
「ダメ」
消え入りそうな小さな声。それは隣にいる冬華から聞こえてきた。
「悠聖が死んじゃう。今度こそ、悠聖が」
「オレは死なない」
「死んじゃうよ! 黒猫の配下、私の弟や妹みたいな面々は今の悠聖だと絶対に負ける。だから、行かないで!」
どうしてそんなことがわかるかはわからない。でも、冬華がオレを心配してくれているのは本当によく伝わってくる。
この事は今聞かない方がいいな。きっと、優月から何かと言ってくれるだろうし。
「お願いだから、行かないで」
「冬華、今のお前は戦えないってことはお前自身がわかっているよな?」
その言葉に冬華はゆっくり頷いた。
「七葉をここに置いておく。だから、オレ達に任せろ」
「でも」
「大丈夫だ。オレを信じろ。帰ってきたら一日中一緒にいてやるから、だから、今はゆっくり休んでくれ。冬華は寝ていないだろ」
そう、冬華は寝ていない。ついでにオレも寝ていない。というか、寝ていていいわけがない。だから、オレは寝ないと決めていた。
本当なら冬華のそばにいたい。アルネウラや優月と一緒。だけど状況が状況だからそうは言っていられない。
冬華はオレの目を見てきて、そして、ゆっくり頷いた。オレは笑みを浮かべて七葉を見る。
「そういうことだから頼めるか? 七葉はいつでも行けるようにフュリアスで待機していて欲しい。さすがに、抜かれた場合はここにいる戦力じゃ厳しいからな」
「大丈夫だよ。私に任せて」
「頼むぜ。じゃ、全員を集めるか。情報整理と作戦会議、これからのことをやりきるぞ」