第三十六話 セコッティ
よくよく考えると孝治の戦闘シーン自体がかなり珍しいような。
静かに弓を構える。だが、弓の弦に手はかかっておらず、孝治の手に矢は無い。
支援魔術『ロングスコープ』。
孝治の場合は弓を構えることで自動的に発動出来るようにしているためこうすることで遠距離から視ることが出来る。
孝治が見ているのは集団。正確にはドラゴンを引き連れた集団。
「どうだ? 花畑孝治」
アーク・レーベの言葉に孝治はゆっくり頷いた。そして、三人がいる方向に振り向いた。
「おそらく、あれがセコッティだろう。ドラゴンが23体いる」
「多いッスね。ドラゴン一体の力は弱くても数が揃えば厄介なのはこちらが一番わかっているッスから」
「確かに、お前達と戦う際にドラゴンはあまり見ないが」
「ドラゴンは希少ッス。さらに、竜使いの数も限られているッス。ルシュエ家の人間ならともかく、並の人が竜使いなれるわけないッスから」
竜使いが簡単に作れるなら魔界はすでに利用しているという刹那なりの言葉でもあった。
アーク・レーベはその言葉に頷きながら軽く息を吐く。
「どうする? 向こうに黒猫がいる可能性がある。私は攻撃せずに足止めがいいとは思うが」
その提案と共に全員の視線が動いた。刹那とルネの二人はアーク・レーベの方角に。だが、孝治だけはアーク・レーベの後方にある森を見つめていた。
「アーク・レーベと意見が合うのは嫌ッスけど、今回ばかりは賛成ッス。攻撃を仕掛けるなら音界の軍と同時に行うべきッスから」
「そうだね。私も賛成だけど、孝治、どうかしたの?」
視線の動きに気づいたルネが孝治に尋ねる。孝治は若干だけ眉を細めてから首を数回横に振った。
「何でもない。このメンバーなら突撃してもいいものだがな」
「これは魔王様の言葉なんッスけど、『異世界で争い事が起きた場合、それが自分達の身に降りかかる悪いことなら全力を出せ。だが、降りかからないことや善行を行う天界の者ならそれらはその世界の者達の行動を見極めろ』。それを信じているッスから」
「なるほど。干渉を増やさないためか。確かに一理はあるな。この私、光明神である私が先に一本取られるとは」
「あはは、そういうわけで、今回はまだ手を出さないということにしたいッス。ただし、足止めはきっちり行うという方針で」
その言葉には孝治もどう意見だった。だから、孝治は頷きながら、そして、運命を鞘から引き抜く。
それに真っ先に反応したのはアーク・レーベだった。アーク・レーベは光明結界をこの場にいる四人を囲むように展開し、刹那が天雷槍を身にまとう。
「刹那、アーク・レーベ。ヤクモ・ベガルタの指示で守りながら足止めを頼む。今回ばかりは、余裕で守れる状況ではない」
「わかったッス。アーク・レーベ」
「わかっている。ヤクモ・ベガルタ、どうすればいい」
「時間は二分間。私はこの場から動かないようにするから守って欲しい」
その言葉にアーク・レーベが頷いた瞬間、孝治が動いた。孝治は一歩前に踏み出しながら運命を振り切る。
運命は光明結界を貫いた漆黒の弾丸を弾き飛ばし、孝治はすかさず弓を構えて小指で弦を弾いた。
孝治の魔力が収束してまるでクラスター爆弾のように分裂しながら迫ってきていた漆黒の弾丸を弾き飛ばす。
「運命よ」
その隙に孝治は運命を矢の代わりとして弓に当てた。支援魔術であるロングスコープが敵の姿を捉える。
緑色のローブで身を包んだ子供の姿。それを見ながら孝治は頭上に向けて運命を放った。
「煌めけ」
「っ! 万雷閃光!」
上から聞こえた声と共に孝治の放った運命は弾かれた。だが、孝治はすでに人差し指と中指で弦を引いて狙いを定めている。
そして、弦を放した。
弓から放たれた矢は先程狙った位置から少し離れた場所にある木の幹を砕き、枝を落下させる。
枝と共に落下したのは剣を握り締める緑色のローブを着た少女。
「運命よ!」
孝治の手に運命が戻り、孝治は手加減することなく少女に斬りかかった。少女は微笑を浮かべながら剣を受け止める。
「さすがは第76移動隊副隊長花畑孝治。私の気配に気づいていながら気づかない振りをするなんて」
「俺以外に気づいていない見事な気配遮断だった。だが、まだまだ未熟だな」
孝治は少女を力任せに押して距離を開けると、飛来した漆黒の弾丸を払いながら地面を蹴った。
少女はすかさず横に飛び、孝治の体が不自然に横にズレた。
「なっ」
少女の口から驚きの声が漏れたのは孝治が運命を振り始めたのと同時。そして、
「なっ」
孝治の口から驚きの声が漏れたのは振り切った運命が少女の体をすり抜けたのと同時。
少女は剣を振る。だが、剣を振った場所に孝治の姿は無く、孝治は代わりに5mほど離れた位置から弓を構えていた。矢は運命。
運命が放たれる。少女はそれをギリギリで剣で弾き、受け流しながら魔術陣を展開した。展開しながら少女が見たものは、
赤いオーラを纏い突撃してくる孝治の姿だった。
チャージと呼ばれる魔術を使った突進なのだが、溜めの長さがあるため使うものは少ない。だが、孝治は弓を構えると同時に溜めを行っていたのだ。
少女は魔術陣の展開を中断して孝治の体を受け止めるのではなく全力で叩いた。
チャージの威力によって少女が弾き飛ばされるが、あのまま魔術を使って相討ちになるよりも遥かにダメージは少ない。
「厄介、だね。本当に厄介だよ。あなた達には足止めをしてもらいたいのに、まさか、こうなるなんて」
「足止めか。やはり、あの軍団がセコッティか」
「そうだよ。今はお兄さん、お姉さん達は止まっていて欲しい。そうじゃないと、私の目的の一つが達成出来ないから」
「目的が何なのかはわからないが、あの軍勢を首都に向かわせたなら混乱するのでな、悪いが足止めをさせてもらう」
孝治は手の中に戻った運命を構えた。対する少女は微笑を浮かべたまま剣を構えている。
「じゃ、通らせてもらうから」
その言葉と共に少女が動いた瞬間、孝治を中心に魔術陣が展開された。孝治は周囲の魔術陣の数と種類を把握する。
一つは足下にある捕縛魔術。一つは右後方にある本来なら死角に展開された別の種類の捕縛魔術。一つは頭上にある広範囲攻撃魔術。一つは後方に展開された足下と同じ捕縛魔術。そして、少女の剣に展開された魔術。
孝治は笑みを浮かべる。
足下を警戒すれば頭上の魔術にやられ、その二つを警戒して後ろに出れば捕縛魔術が、前に出れば少女の斬撃にやられる。
だから、孝治は迷うことなく右後方に飛んだ。正確には、右後方上空に向かって。
少女は目を見開きながら剣を振り抜く。それは孝治がいた位置から左後方までを喰らう斬撃。だが、そこに孝治はいない。孝治は右足だけを捕縛魔術によって拘束され、剣を振り切って無防備になった少女に弓を構えていた。
「チェックメイトだ」
「チェックメイト」
孝治も少女も同じように言葉を放つ。正確には、孝治は左手一本で弓を構えて矢も形成し、右手は運命を握り締めながら。
少女は孝治に向かって複数の魔術陣を展開しながら。
少女の額に汗が流れる。
「見事だ。作戦の立て方から誘導まで見事かつ行動の転換の早さ。本当に見事だ」
「これが、花畑孝治」
「まさか、俺が引き分けにまで持ち込まれるとはな。さすがは『黒猫子猫』のリーダーか」
その言葉に少女がピクリと動いた。その反応に孝治は満足そうに笑みを浮かべる。
「やはりな」
かまをかけられたと少女が思った瞬間、周囲に深い霧が現れた。
孝治は一瞬だけ驚いた後、捕縛魔術を力任せに破壊する。
「どうやら足止めは成功したみたいだ」
「はぁ、やられた以上、これ以上戦う理由にはならない。だけど、『黒猫子猫』の名前をどこで聞いたの?」
少女の質問に孝治は笑みを浮かべる。
「俺は物知りでな」
その言葉と共に孝治が影の中に消えた。少女は転換していた魔術陣を消して歩き出す。
「お姉様。お姉様は私が必ず、連れ戻しますから」