第三十五話 大量破壊兵器
「都市を一つ、消し去る力、だと?」
都市というのはどういうサイズかはわからないが、楓の最大技らしい『神楽乱舞・崩落打破』ですら一般的な年の三分の一を消し飛ばすしか出来ないらしい。
それを考えるとアストラル機装というのは異常だ。
『都市のサイズは一般的と言われているサイズである人口10万人の都市です』
もちろん、この時の10万人は一定敷地内で10万人を押し込んだ場合のサイズだ。もちろん、建築技術や日照条件なども吟味される。
そんなものを一撃で消し去るなんて、ソードウルフが使用可能なグラビティカノンですら出来ない。
『アストラル機装は大量殺戮兵器、いえ、その表現はアストラルに失礼ですので大量破壊兵器としておきましょうか。アストラル機装の聖砲ラグランジェは大量破壊兵器ですから』
「なるほどな。確かに、他言無用だ」
そんな兵器が本当に存在するならそれはただの脅威にしかならない。アストラル機装が付けられる機体が限られているならいいが。
リリィは若干青ざめている。無理もない。天界は魔界と小競り合いを続けているからだ。もし、聖砲ラグランジェが魔界にあるなら話は大きく変わる。
天界は降伏するしかないだろう。
「で、でも、聖砲ラグランジェを放たれる前に倒せば」
『それがイグジストアストラルでも?』
その言葉にオレは納得した。そして、他言無用のもう一つの理由も納得した。
鈴はある意味、悠人以上に不安定な存在だ。そんな鈴が権力の道具にされたなら、いつか暴走するだろう。しかも、聖砲ラグランジェをつけて暴走したなら手が付けられない。
「イグジストアストラルって、何でも防御する機体よね。そんな機体は存在するの?」
「存在するぞ。鉄の重量と同じ量の魔力を入れることで物理的にも魔術的にも傷つかない究極の魔鉄が出来上がる。破壊する方法は存在するが、それは普通には起こらないじゃろうな」
「もし、聖砲ラグランジェをイグジストアストラルが付けたら、世界は火の海に」
「それは心配しなくてもいい。聖砲ラグランジェは我が持っているからの」
その言葉にオレの顔が引きつるのがわかった。リリィも少し引きつっている。というか、ドッキリにもほどがないか?
『アストラル機装は全てで五つ。聖盾ウルバルス。聖銃シルヴィルス。聖剣アストレア。聖翼クロウレア。そして、聖砲ラグランジェ。私達が持っているのは聖砲ラグランジェだけ。アストラル機装についてはこの図書館にも文献があるはずですよ。アストラル秘伝があるならアストラル機装についても確実にあるはずですから』
「聖砲ラグランジェ以外のアストラル機装は聖砲ラグランジェと同じ威力を持っているの?」
『持っていません。そもそも、アストラル機装はイグジストアストラルに装備する前提で全て作られましたから。聖翼クロウレアは悠遠、ヴェスペリアが、聖剣アストレアはラインセントラルが、聖盾ウルバルスと聖銃シルヴィルスは全フュリアスが装着可能な形に仕上がっています。ですから、所在のわからないアストラル機装に関しては敵が装備していても何ら不思議ではありませんね。まあ、敵ではありませんけど』
エリシアが言うと確かにそうなんだろうな。フュリアスというのは基本的に魔術師に弱い。魔術師対策用の装備が開発されているが、基本的に重いためよほどの出力エンジンを積んでいないなら多次元駆動は出来ない。
アル・アジフは魔術師の中でも溜めなしかつ、最大威力が可能だからな。世界最強の魔術師である茜でも発動速度では勝てない。
ただし、茜の場合は発動してから具現化魔術でもストック可能だからな。準備していた場合、開幕具現化魔術十連発という人外の化け物っぷりを見せられたけど。
周隊長と茜は本当に兄妹なのか?
「ふわっ、アストラルってすごいのね。あれ? そうなると、天界が完全に不利なような」
「今頃気づいたのか? 量の魔界、機械の音界、化け物の人界、質の天界って言われているからな。天界は数が同じならいいけど、数が少ないなら戦いにくいものなんだぞ」
「アストラル機装が音界にあるなら由々しき事態じゃない。こうしてはいられないわ。早くお爺ちゃんに」
「待てい」
立ち上がったリリィの足を払ってオレはリリィを椅子に座らせる。
「あのな、他言無用って言っただろ」
「それは」
「人界だろうが天界だろうが約束はちゃんと守ること。それに、アストラル機装なんてものが天界で調べられたなら確実に鈴が狙われる。オレ達は天界を攻撃する意志はない。だから、他言無用でお願い出来ないか?」
「うん。でもね、あのね、えっと、一回、その鈴って子と話をさせてもらえないかな? もちろん、殺すつもりはないし、危険なら私はアークレイリアをあなたに預けるから」
リリィの目は真剣だった。真剣だからこそ、オレは頷くしか出来なかった。
その時はアル・アジフやリリーナがいればリリィを止めることは出来るし。
「そうだな。アル・アジフはどう思う?」
「そんな時期じゃったか」
明らかに話が通じていないな。もう一度言うか。
「アル・アジフ、オレはリリィを鈴に会わせてもいいと思うけど」
「そうじゃな。確かにそれだけなら賛成ではあるが、大丈夫かの?」
アル・アジフの表情には別の意味で不安になっていた。
一体何かあるのか?
「リリーナと出会わなければいいが」
「リリーナがどうかしたのか?」
その時、リリィがビクッと驚いていた。そして、頬をひきつらせる。まるで、嫌な言葉を聞いたかのように。
リリィは天界の住人だから魔王の娘には抵抗があるのだろう。
「どうするのじゃ」
「行く。頑張る。頑張ってみる。でも、えっと、もし、リリーナがアークベルラを抜いてきたら、守ってくれない?」
リリィがオレを上目遣いで見上げてくる。
というか、リリィ自体が可愛いから反則なんですけど。
「わかった。でも、シンクロしていないオレは対した実力じゃないから、もしかしたら、守れないかもしれないし」
「シンクロ? もしかして、白川悠聖?」
「そう言えば名乗って無かったな」
『人として終わっていますね』
「さすがにそれだけは我も賛成じゃ」
オレも賛成だから何ら反論は出来ない。じゃ、ちゃんと自己紹介するか。
「オレの名前は白川悠聖。精霊召喚師だ」
オレがそう名乗るとリリィはプルプル震えていた。そして、いつの間にか取り出していた色紙をオレに向かって差し出してくる。
分厚さから考えて、大体百枚くらいか?
「サインください!!」
『頑張ってください』
「いやいや、オレはまだ書くって言ってな」
「書いてくれないの?」
「書くよ、書いてやるよ、こんちくしょう。つか、何でこんなに多いんだよ」
オレは小さく溜め息をつきながら色紙を受け取った。
あまりの重さに気が滅入りそうになるが頑張るしかない。いや、頑張ろう。
「えっと、保存用、観賞用、見せびらかし用、布教用、配布用、利用用、改造用だけど」
「ちょっと待て。最後の三つはおかしくないか?」
「大丈夫。一枚1980ドルで売るから」
「生々しい値段を出すな! というか、利用用って何だ?」
すると、リリィが頬をポッと染めて視線を逸らす。
嫌な予感しかしない。しかも、改造用って何だ? 怖いから聞けないような気がする。
「やっぱり、迷惑かな?」
「別に迷惑じゃないさ。ただ、サインを書いて欲しいと言われたのは久しぶりだからさ」
「名山俊也の次なんだ。嬉しいな」
「ちょっと待て。事実だがどうしてお前が知っている?」
今、背中に悪寒が走ったんだが。
「つまり、一般人には初めてのサイン? 保存用でさらに三枚お願いします!」
「人の話を聞け! というか、三枚言いながら三十枚増やすな!」
『ちっ』
「お前の仕業か!?」
良かった。本当に良かった。結界と気配遮断のレアスキルがあって。
アル・アジフは苦笑しているけどな。
実は天界では周や孝治よりも悠聖が人気だったりします。