第三十四話 精霊達の集まり
『負けたね』
「負けたね」
『負けたな』
『負けたよな』
『負けた』
とある一室。そこにはアルネウラ、優月、ディアボルガ、フィンブルド、そして、セイバー・ルカの姿があった。五人共に心無しか落ち込んでいるように思える。
その中ではセイバー・ルカが一番落ち込んでおり、ディアボルガは正直に言ってわからない。
『悠聖が起きてくれたから良かったけど、もし起きなかったら』
「自殺していました」
『精霊界に戻ったって、違うよ! 自殺なんてしないよ! ネガティブになるのは止めようよ!』
『死にたい』
『セイバー・ルカもそんなことを言わないでよ!』
アルネウラだけが叫んでいるが、ディアボルガとフィンブルドは何も話さない。いや、フィンブルドは特に話せない。
それに気づいたアルネウラが楽しそうな笑みを浮かべる。
『あれ~、もしかして、フィンブルドって後悔しているのかな? 学園都市騒乱からあまり活躍していな』
アルネウラの言葉が止まる。何故なら、アルネウラの視界にはアルネウラを包み込むように魔術陣があるからだ。
さすがフィンブルドというべきか。風という空気を操る力を持つ最上級精霊だからこその高速展開。
フィンブルドはアルネウラを睨みつける。
『それ以上口を開けば』
『開けば?』
アルネウラがごくりと唾を飲み込む。フィンブルドはまるで悪魔が笑みを浮かべるような笑みを浮かべて、
『お前の周囲に硫化水素を流し込み続けてやる』
『ごめんなさい! アルネウラが悪かったです!』
明らかに殺されるよりも苦行の位置にあるからか、アルネウラはジャンピング土下座を決めていた。
女の子の周囲に硫化水素があれば誰だって逃げるような気もするが。
『だけど、フィンブルドって負けた? 私が聞いた限りじゃ、フィンブルドはぶっちゃけ活躍してなかったって聞いているけど』
『あながち間違いじゃない。ミューズが俊也とシンクロをする前は俺がシンクロをしていたんだ。だけど、負けた。ミューズがいなかったら俊也は死んでいた。こればかりは否定しねえよ』
『私だってそうかな。ルカとダブルシンクロをして、悠聖のコンディションを最高まで高めて。でも、私もルカもやられた。悠聖から流れ込んできた怒りの感情に呼応して私達も怒りを出して、気づかなかった。私が、制御しないといけなかったのに』
アルネウラもフィンブルドも小さく溜め息をついてその場で俯いている。もちろん、その他全員もだ。
ただし、ディアボルガだけがチラチラセイバー・ルカを見ていた。セイバー・ルカはあの時の光景を思い出すかのように歯を食いしばり、拳を握り締めている。
そんな姿を見たディアボルガはゆっくり青ざめた。
『アルネウラだけが悪いんじゃない』
聞き覚えのない声に優月は周囲を見渡す。そして、その言葉がセイバー・ルカから出たことに気づいた。
『私だって光属性最上級精霊なのに気づくことが無かった。目の前の光景を見た私の頭は沸騰したわよ。というか、あの状況で頭が沸騰しないやつなんているの? いないわよね? いたとしてもディアボルガくらいだろうし』
『いや、我だってあの光景はさすがに』
『ごちゃごちゃうるさいわね! あなたは昔から悪いことをやたらとしていたくせに言い逃れするつもり? それでも男なの? というか、あなたはそもそも』
呆然としている優月に苦笑しながらアルネウラは近づいていく。
『びっくりしたよね』
「そんなレベルじゃないんだけど」
『ルカのあれは有名だよ。まあ、標的はディアボルガだけで、ディアボルガも理由はわかっていないけど』
「どういうこと?」
理解に苦しむという表情にアルネウラは苦笑いを返すしか出来なかった。
そもそも、セイバー・ルカは滅多に話さない。その理由としてはこれがあるからだ。口を動かせば基本的にディアボルガに八つ当たりをする。
ディアボルガがセイバー・ルカと同じ契約主と知った時、契約したばかりの悠聖と契約破棄を求めたのは有名でもある。
『まあ、ルカの出生に理由があるんだけど、こればかりはルカから黙っているように言われているから。聞きたいならルカに直接聞けばいいと思うよ』
「ルカは少し怖いからあまり話したくないんだけど」
『何事も挑戦だよ。まあ、今は私達のレベルアップをするべきだけどね』
その言葉に優月は頷いた。
あの時、悠聖がやられた時、悠聖の精霊の誰もが悠聖から沸き立っていた怒りによって熱くなっていた。それは、完全に周囲が見えなくなった状況でもある。
そして、黒猫が召喚したドラゴンによってやられた。
悠聖が動けない今、ここにいる面々とエルブスの計五人を除く全員が一度精霊界に戻って鍛え直している。
誰もが悔しいのだ。悠聖がやられたことが。特に、レクサスは委員長やアーガイルがいなければ悠聖を助けることが出来なかった。
悠聖の最初に契約した三体の精霊の内の一体としてはとても後悔しているらしい。
「私に出来る、レベルアップ」
『私や優月はあまり考えない方がいいかもね。私達は今、成長途中なんだから。どんどん強くなる。強くなって、今度は負けない』
「うん。絶対に負けない。負けたくない。あんなロリコンなんかに私達は負けないから」
『あー、うん。黒猫ってロリコンだよね。全く否定出来ないことに』
アルネウラが少し遠い目をしているがそれに優月は気づいていない。
「よし。アルネウラ。ちょっと手合わせをして欲しいな。アルネウラは悠聖とシンクロする確率が高いけど、私の場合は最終兵器扱いだから」
『うん、優月の魔力を使えば流動停止が何回も使えるからね。でも、それには私も賛成かな。ディアボルガ、ルカ、仲が良い最中に』
『仲良くはない!』
『ふざけたことを抜かすな、アルネウラ。我は仲がいいとは思っておらぬ!』
アルネウラの言葉にセイバー・ルカとディアボルガが仲良く言葉を返した。
二人はお互いに顔を見合わせ、言葉が被ったことが気に食わないからかお互いどちらにも食らいつく。
『それは私のセリフだ! もういい! お前とは一度決着をつけないといけないようだ。表に出ろ!』
『望むところだ! 最近のお前は調子に乗っているから我が鍛え直してやる!』
二人は仲良く立ち上がり、仲良く外に向かって行く。その姿を見ていた優月は呆然とし、アルネウラは笑いをこらえていた。
どう考えても夫婦漫才だ。
「どういうこと?」
『それはルカの口からね。さて、私達も』
アルネウラが歩き出した瞬間、ドアが開き、そこから俊也と委員長の二人が現れた。
俊也は部屋の中を見渡して軽く首を傾げる。
「あれ? お師匠様は?」
「悠聖なら図書館に向かったけど」
「うわ、入れ違いだ」
「多分、向こうで合流しているよね?」
「そうですね、花子さん」
話の意味がわからない三人が不思議そうに首を傾げた。
俊也と委員長はお互いの顔を見て、そして、笑みを浮かべ合う。
「援軍が来たからそのことをね。七葉ちゃんとアル・アジフさんの二人だけど」
『ますます俺が空気になるような』
アル・アジフが来ると聞いて露骨に肩を落とすフィンブルドに俊也はにっこり笑って口を開いた。
「大丈夫。僕はフィンブルドを信じているから。あの時はミューズが無理やりシンクロしたけど、僕は一番、フィンブルドを信じている」
『し、しゃあねえな。俊也のために次は頑張ってやるよ』
『じゃあ、私達も手合わせをしようか』
「そうだね。次は負けない。絶対に」
その言葉と共に三人が立ち上がる。俊也と委員長の二人もまた笑みを浮かべ合い歩き出す。向かう方角は建物のすぐ近くにある広場。
そこは手合わせを行う上では十分な広さがあるからだ。
五人は揃ってその場所に向かう。みんながいるとは知らずに。