第三十三話 アストラル秘伝
今回はアストラル秘伝についてのみ。悠聖とエリシアの関係は短編集で掲載予定なので今はそういう状況だと思っていてください。短編集は今夏稼働予定。もちろん、予定は未定です。
「さて、何から語るべきかの」
図書室の一角。隅の方の机と椅子を使ってオレ達はアル・アジフが展開した結界とリリィのレアスキルである気配遮断の力で完全に物理的にも存在的にも周囲から見えなくした状態でオレとリリィはアル・アジフと向かい合っていた。
七葉は増援として来たため、音界から提供された機体を慣らすためにその機体が置かれている格納庫へ向かっている。正確には基地の窓口だけど。
「アストラルについてはこの書物、アストラル秘伝でも書いていることが全てではない。我も、いや、当時、我はおらなかった。じゃから、正確には記憶に残っているアストラルについての話ということじゃ」
「どういうこと?」
リリィが不思議そうに首を傾げる。まあ、そのことに関しては第76移動隊にいなければわかりにくいことだしな。すると、アル・アジフの隣にスケッチブックが浮かび上がった。リリィは驚いて椅子をゆっくり引いてナイフの柄に手をやる。
オレはその手を上から抑えた。
「大丈夫だ。エリシア、驚かせてどうする」
オレは小さくため息をついてスケッチブックに向けて言葉を放った。すると、スケッチブックが乱暴に開かれる。
『黙ってくれますか? ロリコン』
「ロリコンじゃねえ!!」
『うるさいので黙ってください。目障りです』
「いやいや、黙れと目障りって一緒に使う言葉じゃないからな」
『では、どこかに消えてください』
「喧嘩売っているんだよな?」
多分、周は知らないだろうが、オレとエリシアは仲が悪い。過去のとある事件が関係しているのだが、そこら辺は誰かが後に語ってくれるだろう。多分。
リリィは不思議そうにスケッチブックを見つめている。というか、驚いているだけか。
『初めまして。アル・アジフの本体でマテリアルライザーのユニットです』
「マテリアルライザー? ユニット?」
『意味がわかっていませんね。天王マクシミリアンが乗るストライクバーストと同時代に作られた現存するフュリアス最強の機体』
「誇張が入ったな」
『黙ってください』
事実なのに。
「マクシミリアン様より? イグジストアストラルよりも?」
『数倍、いえ、数百倍強いですね』
「誇張もやりすぎると冗談にしか聞こえない、よぐっ」
どこからか飛来した本がオレの頭に直撃する。アル・アジフが苦笑しているからエリシアの仕業か。
「てめぇ」
『黙っていてくださいと言いませんでしたか? 次は椅子です。その次は机です。その次はアル・アジフの魔術導きの魔術です』
「オーバーキルにもほどがあるよな? というか、正直に話せよ。マテリアルライザーは周が乗らなかったら強くないって」
『事実です。周が乗ることによってマテリアルライザーは世界最強の機体に変貌します。もちろん、イグジストアストラルやストライクバーストは敵ですらありません』
「お前は何を誇っているんだ。というか、リリィが完全に置いてけぼりにされているよな?」
オレがリリィを見ると、リリィは心配した目でオレを見てきていた。
「頭、大丈夫?」
「置いてけぼりってレベルじゃないな」
オレが呆れてため息をつくと、アル・アジフも呆れてため息をついた。
「三人共、話を初めていいかの? 我もそなた、リリィも時間に制限があるじゃろ?」
「アル・アジフはどこかに行くのか?」
「悠人のところにの」
納得。まあ、アル・アジフなら単独で行動が可能だから問題はないし、元世界最強の魔術師といっても、普通に現最強の魔術師に勝つくらいの実力はあるし。
よくよく考えると、第76移動隊って砲撃面で明らか人間離れした人が多くないか? アル・アジフしかり、楓しかり、光しかり、茜しかり、孝治もだし。あしつの場合は少し違うか。
まだオレ(一週間の安静が必要)からすれば時間には余裕はあるけど、リリィの場合はそうはいかないし。
「そうだな。話す内容はアル・アジフに任せる。リリィもそれでいいか?」
「それでもいいけど、エリシアさんが出た意味は」
『リリィさん。もし、この世界に魔科学時代を直に体験した人がいるとすればどうしますか?』
「マクシミリアン様?」
『そんな答えが返ってくるとは思いませんでした』
オレも同感だ。マクシミリアンは確かに百年ほど前からずっと天王をやっていて、第四次世界大戦の際には慧海さんと壮絶な殴り合いを繰り広げたことで有名だしな。
まあ、この話を知っているのは今では数少ないと思うけど。となると、有名じゃないのか?
『それが私です。私の正式名称はEM-EL-VSです』
「いーえむいーえるーぶいえす?」
「うん、尋ねずに進んだ方が無難じゃないか?」
『はらわたが煮え返りそうですが、おおむね賛成です。私は魔科学時代に作られた存在です。正真正銘の機械から作られた命です』
そう考えるとエリシアってすごいよな。
『私が生まれた時代は魔科学時代。ですから、当時からデータとして記憶が残っていますからアストラルについては私が語らせていただきます。まずは、アストラルについて』
エリシアがスケッチブックのページを魔力で捲りながらどんどん文字を見せてくる。
本当に話しているよりもスムーズに進む時があるからいいよな。ただ、ぼーっとしていたら内容が意味わからなくなるけど。
『アストラルは聖女、当時の戦いで唯一、施設軍団を作って当時の敵から民間人を守っていた英雄でもありました。もちろん、私達国家の軍勢も必死に頑張っていましたが、ある戦いを境にアストラル私設団は壊滅。アストラル本人も足に大怪我を追ってしまいました』
歴史の話となるとつまらないんだよな、これが。
「つまんな、いぐっ」
リリィの頭の上に本が落下する。こうなることが目に見えていたから何も言わなかったんだよな。
『話して欲しくないならそれでもいいのですけど?』
「ごめんなさい」
『まあ、ぶっちゃけ面倒な所なので飛ばしますが』
「何がしたいんだよ」
オレの言葉を無視してスケッチブックのページが捲れる。
『聖女となったのはそれからしばらくしてからです。というか、彼女が自らを聖女と名乗り、それに呼応した一部の勢力が利用して作り上げられたのがアストラルが存在する機体。つまりは、イグジストアストラルです』
「そのイグジストアストラルがどうしてアストラルシリーズと関係しているんだ? 音界のアストラルシリーズは極めて特殊な機体のはずだが」
『これは推測でしかありませんが、イグジストアストラルというのはある意味最終防衛ラインです。一度、敗走した戦線を一人一軍と共に支えたことがあるので聖女、となったのではないかと推測しています』
「た、単語が難しい」
急に一人一軍とか出されても理解出来る数の方が少ないな。オレは一人一軍っていう名前の人だから擬似的に理解するけど。
エリシアの話を聞いている限り、いつの間にか聖女になったというよりは、
「聖女にされた存在、というわけか」
彼女自身がそう名乗っていたとしても、他はそうは見ないだろう。当時がどういう戦いをしていたかなんて文献がほぼ無いからわからない。
でも、世界は英雄や聖女を必要としていた、ということか。それと合致した人物がアストラル。
『珍しく勘が冴え渡っていますね』
「そろそろ本気で怒っていいよな」
『冗談で熱くなるなんて。本当に可哀想な人ですね』
今ここに、アルネウラか優月さえいれば今すぐ斬りかかるのに。
雄叫びを上げて、スケッチブックに。
うん、傍目から見たらただの馬鹿だな。止めよう。
『まあ、概ね正確です。アストラルという名前は救世主の一人であり、イグジストアストラルならば世界は負けることはない。それがあるからでしょう』
一体、世界はどんな存在と戦っていたんだ?
『アストラルという名は守る存在。詳しくは調べていませんがそういう逸話が存在するならアストラルシリーズというものが造られても理解出来ます』
「ごめんなさい。全く理解出来な、っぐ」
理解無かったらしいリリィの頭に本が落ちる。こういう時は思ったら負けだ。
オレは軽く溜め息をついてスケッチブックを睨みつけた。
「エリシア、いい加減に、うおっ!」
前から飛来した椅子をギリギリて回避する。今の速度、下手したら死ぬレベルだぞ。
『ちっ、避けられた』
「文字でみても舌打ちに怒りが湧かないのはどうしてだろうな」
『そうですか。ならば、机の方がいいと。さすがはロリコンどMですね』
「オレはお前が何を言っているかわからない。というか、話はそれだけなのか?」
『はい。アストラル秘伝はこれをもっと掘り下げたように思えて横に広げたものです。ご満足いただけなかったみたいなので黙っていてください』
言葉が一致していないというところにツッコミを入れたなら確実に机が飛んでくる。
「むっ。アストラルについてはよくわかったけど、アストラル機装について何も語ってないわよね」
『ちっ、気づきやがりましたね』
「むかっ。スケッチブックの存在のくせに態度がでかいのよ。もっと天上の民を敬いなさ、ふあっ」
リリィに向かってきた椅子をオレはリリィを引き寄せる。
オレは軽く溜め息をついてスケッチブックを睨みつけた。
「あのな、リリィはオレ達みたいに耐性がついてないからそういうことは止めろよな」
『まあ、それは置いておいて、アストラル機装については秘密にして欲しいことがいくつかあります。もちろん、他言無用です。私は、鈴を権力闘争に巻き込みたくないので』
「権力闘争?」
オレがそう尋ねるのと同時にリリィがゆっくりオレから離れる。その頬は少し赤いような。まあ、わからなくもないけど。
オレだって恥ずかしかったし。
『はい。お二人は言わないと断言してもらえますか?』
「オレはいいけど、リリィは?」
「聞きたい。私が来た理由はそれなんだから、ちゃんと聞きたい」
『わかりました。では、最初の言葉を』
コホンと文字で咳払いをするエリシア。
スケッチブックが咳払いってかなりシュールにしか見えないんだが。
『アストラル機装の一つ、聖砲ラグランジェは都市を一つ消し去る力を有しています』
まだ続きます。次は精霊達の会話を挟みますが、その時にアストラル機装について語ります。