第二十七話 ヤクモ・ベガルタ
首都から一歩外に出た瞬間、孝治は呆れたように溜め息をついた。それは、まだ追いかけてくる気配があるからだ。
普通なら街の郊外に出た場合は土隠れ系統のレアスキルを持つ人員に交代する予定だが、追いかけてくる気配は交代する気は無さそうだ。
「さて、これからどうするかだが」
孝治はゆっくり前に歩きつつ考える。
途中で立ち寄った軍部で聞いた話によると、敵にフュリアスはいないらしい。だが、いつ政府レジスタンスが加わるかはわからないとも言っていた。
それらから考えて孝治は軍部に協力するより個人で動いた方が効率がいいと考えたのだ。
猶予は三日間。この間に敵をどうにかしなければ首都に入る可能性があるらしい。そうなれば大虐殺が起きるのは確定事項だろう。
それに、三日間という猶予が今はありがたい。
「三日もあれば悠人は戻ってこれるし悠聖も調子を戻すだろう。ならば、あいつらに任せていれば間違いはない」
「ふむふむ、信頼しているんだね、君は」
「当たり前だ。あいつらは仲間だからな。それに、今首都にいる海道正や白騎士なら特殊部隊をどうにかするだろう。悠聖の身を守るくらい冬華がする」
孝治はそう言いながら歩く速度を速めた。それを追いかけるようにもう一人も歩く速度を速めている。
「そうだね。冬華はとても強い。私なんかよりも遥かに」
「お前にはお前なりの良さがあるのに何を言っている。ヤクモ・ベガルタ」
孝治の言葉に追いかけるように歩いていた人物が足を止めた。
孝治はゆっくり後ろを振り返る。そこにいるのはショートカットの女の子でデバイスのついた手袋を身につけているルネの姿。
そのルネは孝治の言葉に驚いていた。
「どうしてわかったの?」
「どうして? 愚問だな。俺は一時期『ES』を調べていたことがあるからな。主力の気配は覚えている」
「変態じゃない?」
ルネが一歩後ろに下がるのを孝治は笑みを浮かべて返した。
「変態紳士と呼ぶがいい」
「紳士がいつの間にか付け足されていることにおかしいと思うけど、胸を張って言うことじゃないよね?」
「何を言う。俺は自分のことに自信を持っている。そして、俺の考えは俺特有のものだ。それを誇らないで何を誇るというのだ?」
「すごいんだかすごくないんだかいまいちわからないけど、ともかく、君がそういう風に考えているのはわかったよ」
少し呆れ気味に言うルネに孝治は胸を張って頷いた。胸を張って言うことではないのだが、ルネは事前情報として『GF』の変人の一人と聞いているので気にしないことにすることにした。
ルネは小さく溜め息をついて孝治を見る。孝治は周囲を目を動かすだけで見ていた。首を動かした方が感づかれ易いからだ。
「数は大体把握しているのかな?」
「大体30だな。しかも、特殊部隊というより通常の遊撃隊と考えるべきか。ここでは巻き込まれるから離れた場所でないと」
「賛成。こんな場所で本気で戦ったらあっという間に軍も来るし。相手もバカじゃないだろうから様子を見るんじゃない?」
「どうかな。ただ、特殊部隊も数人追いかけているから誘い込むつもりなのかもしれない」
「誘い込む?」
ルネがやはり視線だけで周囲を見渡す。だが、見当たる姿はほとんど無い上に、周囲には身を隠すような障害物はない。
相手側が土隠れ系統のレアスキルを持っていれば話は別になるが、そもそも土隠れ系統のレアスキルはレアスキルの中でも珍しいので音界で数を揃えるのは難しいだろう。
それらを考えると誘い込むという表現がいまいち分かり辛かった。
孝治は視線だけで頷き、唇を動かさないように言葉を紡ぐ。
「ああ。敵の姿はわかっているだけで35。完全に隠れているなら話は別だが、ここには光学迷彩がある」
「あれって原理的に難しいんじゃなかったっけ。詳しくはわからないけど、動かない対象には使い易いけどって、もしかして」
「ああ。だから、借りてきた」
そう言いながら孝治が取り出したのは何かのセンサーらしきもの。円盤状の表示盤とアンテナがついたものだ。
それの電源を入れて歩き出す。その後を追うようにルネも歩き出しているが、孝治の手にあるものはうんともすんとも言わない。
孝治は小さく溜め息をついてその装置を懐に戻した。
「止めちゃうの? 面白そうなのに」
「無意味なものは使わない趣味だからな。それに、何の反応も示さないということは隠れているものはいないということだ。ならば、使っている意味はない」
「なるほどね。だけど、どうするのかな? 私の気配探査が正しければスピードを上げて近づいていると思うのだけど」
「そうだな」
そういうことは孝治もわかっている。わかっているからこそ立ち止まって懐に入れていた地図を取り出した。
その地図をルネも覗き込む。
「これって音界の地図?」
「ああ。俺が向かうのはこの先にあるフルーベル平原だ。ヤクモ・ベガルタは?」
「私にはルネって名前があるんだけど」
「そうか。ヤクモ・ベガルタはどうするんだ?」
「はぁ」
呆れたようにルネは溜め息をつくが、孝治は一切気にする様子は無かった。そんな孝治を見ているルネはまた溜め息をつくしかなかった。
ルネは改めて言葉を口にする。
「私はアリエル・ロワソ様から黒猫について調べてくるように言われているだけ。だから、フルーベル平原に向かうつもりだった」
「なるほど。アリエル・ロワソも黒猫について追いかけているのか。黒猫はアリエル・ロワソの『ES』を援助していたと聞いていたが」
「いつの話? そんなことは狭間戦役の時に無くなったから。黒猫が精霊召喚符をバラまいていた可能性があるってアリエル・ロワソ様が単独で黒猫のところに向かったけど、黒猫のアジトはもぬけの殻だって聞いている。君の目的も黒猫なのだろ?」
「ああ」
正確には少し違うが大筋は間違ってはいない。それに、孝治は黒猫を見つければ倒す覚悟でいる。それが可能な力を孝治は持っている。
そして、ルネも黒猫を探していた。つまりはこれからやることが共通しているということだ。
「じゃ、二人でフルーベル平原に向かおう。こいつらを倒して」
ルネが振り返るのと孝治が振り返るのは同時だった。そして、そこには35人にも及ぶ武装した男達の姿がある。
その手にあるのは精霊召喚符。
もう、黒猫に関わり合いがあるのは明白だった。
「ヤクモ・ベガルタ。お前の武器は?」
「何でも使うよ。私はそういう風に訓練しているから」
「なるほど。だが、今回ばかりは俺に任せてもらおう」
そして、孝治が指をパチンと鳴らした瞬間、漆黒の闇が武装した男達を縛り上げた。もちろん、その手からは精霊召喚符を奪い取っている。
すでに展開していた魔術陣の上に誘い込んだだけだが、誘い込まれた相手は何が何だか分からないだろう。それほどまでに瞬間の発動だった。
「これを与えたのは誰だ?」
そのまま運命を一番近くにいた男の首筋に当てる。その眼は真剣で、下手な解答であるならば即刻首をはねるつもりでもあるかのような状況だった。
男は怯え、そして、口を開き、
孝治が運命を振るった。それと同時に甲高い音が鳴り響いて男を狙っていた矢を撃ち払う。
「どこから!?」
「後ろだ!」
ルネの疑問に孝治は振り返りながら矢を放った。孝治が放った矢はルネの耳の横を通り過ぎてちょうど向こう側にいた人物に当たる。
緑色のコートを着てフードで顔を隠したおそらく少年が持つ剣によって。
ルネが身構える。だが、少年は身を翻して走り出した。だが、ルネも追いかけないわけじゃない。その手に取りだしたナイフを少年に向かって投げつける。だが、ナイフは少年の背中付近に現れた防御魔術によって受け止められた。
「術式展開、爆散!」
すかさずナイフに埋め込んだ術式を発動してナイフを爆発させる。だが、現れた防御魔術はそれすらも受け止め、少年はその隙に長い距離を走りぬけていた。
ルネが小さく息を吐いて指の間に挟んでいた三本のナイフを元の位置、裾の中に戻す。
「ちっ、逃げられた」
「舌打ちは全てが終わってからにしろ。さて、語ってもらおうか」
孝治は再度男の首筋に運命を当てた。
「精霊召喚符を誰からもらったのか。そして、攻撃を仕掛けてきた二人の人物に心当たりはないのか? さあ、答えろ」