第二十六話 暗躍する者達
「意味がわからないんだけど」
オレは孝治に言葉を返した。孝治は呆れたように溜め息をついてオレを見て来る。
「フルーベル平原に向かった部隊が全滅した。悠遠の翼持ちの機体すら落とされたらしい」
「ちょっと待て。悠遠の翼ってことはアストラルルーラみたいな機体が落とされたってことか? 正直にいってアストラルルーラクラスなら例え精霊召喚符を使っても辛いぞ」
「そこまでは詳しくわかっていない。だが、落ちたのは事実だ。ついでに、どこかの特殊部隊が山ほど入り込んでいる」
「まるでトリビアを言うかのように重要な事実を伝えて来るのは止めてくれるかな? というか、特殊部隊ってどういうことだよ」
孝治は無言で天井を見上げ、そして、小さく頷いた。
「上にいるな」
「えっ?」
オレは天井を見上げる。だが、気配を一切感じることが出来なかった。どう考えても孝治の勘違いだろう。
そう思って孝治に視線を戻すと、孝治はいつの間にか全身を真っ黒な服で身を包んだ人達を二人抱えていた。
もしかして、目を離した隙に捕まえたのか?
「たかが精霊召喚符程度で俺のような人界の超一流の特殊部隊に入っているような者を欺こうだなんて一億と二千万年早い」
「どういう桁だ?」
「なんとなくだ」
まあ、本当にいたなら孝治の腕前は鮮やかというしかないだろう。こういう技術に関しては本当に感銘を受けたりする。
まあ、こいつらがいたのは完全に天井裏だ。そういう場所は闇の世界であり、そこでは孝治には太刀打ち出来る者はいない。
確か、夜限定でギルガメシュを倒したって言ってたな。
「というか、何でここを見張っているんだろうな」
「決まっているだろ。お前だ」
孝治が呆れたようにオレを指差してくる。オレは少しキョトンとしてしまう。
というか、オレを狙う理由がわからないんだが。
「悠聖は覚えていないの? あなた、黒猫の軍勢の大半を蹴散らしたのよ」
「そう言えばそうだったな」
確かに怒りそのままに襲いかかっていたからな。そうなるのは間違ってはいないけど、そうなると天井にいた奴らがどの所属かはわかる。
『なるほど。つまり、その人達は黒猫の知り合いということだね』
アルネウラが何かに納得したように頷いた。それに孝治は頷く。
「知り合いかはわからないがその筋で間違いはないだろう。そうで無ければ、俺やお前はマークされないからな?」
「お前も?」
「ああ。素人が尾行するようなレベルではないからしばらく泳がせていたら、数が増えてな。相手が音界の住人でならば、真っ先にマークするのはお前だろ?」
孝治の言葉にオレは頷く。
オレの名前は良い意味でも悪い意味でも有名だからだ。それは昔のちょっとした事件に起因するけど、精霊召喚師として音界ではなかなか有名だったりもする。
だから、この音界に単独で来ることが可能なくらいの権限も持っている。
対する孝治は第76移動隊副隊長という役職はあるけど、第76移動隊自体が音界ではあまり有名ではない。むしろ、第76移動隊にいる悠人の方が有名だからマークされる可能性は無いとは言い切れない。
だが、一応はオレの名目が第76移動隊臨時隊長だったりもするからそこら辺の事情を知るなら必ずこっちにやって来るだろうし。
「確かにな。黒猫って昔は人界にいたんだろ?」
オレの質問に冬華はゆっくり頷いた。
「うん。人界の清教徒だった。子供の頃の時に何かと面倒を見てくれたし、アリエル・ロワソ様と出会わせてくれたのも黒猫。まあ、ロリコンだったけど」
「『ES』というのは基盤が広いからな。『GF』と違って隠れ支援者は多い」
「そうみたいだな。最近の『ES』は過激派は基本的に粛清に走っているから表立っての寄付も多いと聞くし。『GF』ほどじゃないけど」
まあ、『GF』と『ES』の大きな違いは、『GF』が主要先進国からの寄付、日本、中国、ロシア、韓国、ブラジル、インド、シンガポール、フランス、イギリス等々からによって成り立っているのと、アメリカの民間機関からの投資が多いと聞いている。
対する『ES』は中東諸国の寄付と武器開発による売買費による運営だ。『ES』の武器は『GF』よりも遥かにいいため人気は高い。
さすがはアリエル・ロワソというべきか。ただ、フュリアスに関しては『GF』が一歩進んでいるが。そこはアル・アジフのおかげだろう。
「黒猫には感謝している。私がここにいるのも、フェンリルと出会えたのも黒猫と出会えたからだから。でも、今の黒猫は私が知る黒猫とは少し違うの。だから、それが少し怖く思えるの」
「なるほど。確かに不安に思うな」
「そうなれば、調査に乗り出すしかないだろ。だから、フルーベル平原の本隊にオレ達が行くしか」
「いや、悠聖は行かなくていい」
孝治の言葉にオレは驚いて孝治を見ていた。孝治は笑みを浮かべながらオレに向かって言ってくる。
「俺が単独で動こう」
長い廊下。そこを孝治は歩いていた。周囲を警戒しながら歩いている。
その服装は真っ黒だった。漆黒の戦闘服に漆黒のブーツ。さらには漆黒の手袋から漆黒のマントまで。運命自体も漆黒だし、運命が入った剣も漆黒だ。
何も知らない人が見たら不審者にしか見えない服装。それを孝治はしていた。
小さく息を吐きながら廊下を歩く。
「やっぱり、一人で行くねんな」
そんな言葉を投げかけられ、孝治は足を止めた。そして、横を見る。
そこには紅の戦闘服を身につけた光の姿があった。戦線が開かれた時に大規模爆撃を行う際の服装。もちろん、大規模戦専用の服装だ。
孝治は申し訳無さそうに頷いた。
「本当なら、お前がいてくれれば心強いが」
「でも、うちは隠密には向いていない。特殊任務に関しては才能無しって言われたくらいやしな」
「ああ。光、お前は名の通り光の存在だ。本当なら、俺みたいな影の存在と一緒にいるべきじゃなかった」
「そうかもな。孝治は鈍感やし抜けてるし感覚がズレているし。でも、優しくて心配性で海道と同じ真っ先に戦う人やん。そんな孝治のことがうちは好きやで」
面と向かって言われた好きという言葉に漆黒に身を包んだ孝治の顔が赤くなる。それを見ながら光は苦笑した。
苦笑しながらも光は持っていた何かを投げる。孝治はそれを掴み、手を開いた。
「これは」
孝治の手の中にあったのは安産祈願と書かれた御守り。
「ただの御守りや」
その言葉に光が頬を赤くしてそっぽを向いた。
対する孝治は渡された御守りを困惑した表情で見ている。そして、何かに気づいたかのように目を見開いた。
「まさか、妊し」
「違うわ!」
最速の拳が孝治の鳩尾を捉え壁に叩きつける。もちろん、それは恥ずかしいからの行動だが。
「それは、私達が、海道や楓が子供の頃に親から貰った御守りやねん。海道は覚えていないやろうけど、うちや楓は覚えてる。ずっと、ずっと、うちが大怪我した時も、海道が大怪我した時もうちはずっと持ってた。祈ってた。ちょっとくらいなら効力があるんとちゃうか?」
安産祈願というのにはさすがに抵抗があるが、そこまで言われたなら孝治に断る理由は無かった。
孝治は苦笑しながらもその御守りをポケットの中に入れる。
「心配性だな」
「当たり前。あの最強のパイロットやった悠人だけやなくてあの悠聖ですら死にかけてんで。もし、孝治が死にかけたならうちは絶対」
「安心しろ」
孝治は笑みを浮かべながら拳を握り締める。そして、小さく頷いた。
「必ず帰ってくる。だから、待っていてくれ」
「待っているかはわからんで。この首都も危険やからうちらも戦わないとあかんかもしれへん。もちろん、うちが簡単に負けるわけがないけど」
「なら、俺もだ。俺が負けるのは周と音姫さんと慧海さんとギルバートさんと決めているからな」
だから、と孝治は言葉を続けながら一歩を踏み出した。対する光は目を瞑って少しだけ顔を上げる。
そして、二人の影は一つになった。若干ながら長い時間が経過して一つの影が二人になる。
「行ってらっしゃい」
満面の笑みを浮かべた光に孝治は笑みを浮かべながら頷いた。
「行ってくる」
次回から悠人、悠聖視点だけでなく孝治の物語も始まります。その道中に関わるのは謎の人です。ヒントは第二章初登場時の武装と戦闘中に現れた時に武装が全く違う人。
それは本気で間違えて、設定を慌てて変えた人物でもあります。