第二十五話 世界最高峰の製作者
「どういう、こと?」
その言葉に僕は尋ねていた。
フルーベル平原に向かっていた本体が全滅した? その前に、いつの間にフルーベル平原に本体が向かったの? というか、僕が意識を失っていたのは一体どれくらいなのだろうか?
「悠人、少し落ちついてください。とりあえず、悠人が問題に思っていることはいくつか解答を考えているので落ちついてください」
その言葉に僕は小さく頷いて姿勢を正した。そして、メリルを見る。
「まずは今の日にちですが、あの日から三日経っています」
「三日も」
僕はそんなに寝ていたんだ。
「私達はその間ずっと音信不通で生死不明だったそうです。最初連絡した時通信役がかなり驚いていましたが。本体が向かったのはちょうど二日前。全滅したのはちょうど前日だそうです」
「たった一日で? 本体の兵力は?」
「援軍として向かったフュリアスが550機と現地のフュリアスが50機の計600です。その中には悠遠の翼を持つ機体もしました」
その言葉に僕は絶句してしまう。悠遠の翼をもつ機体ということはこの音界の中でも指折りのパイロットである。いや、五指に入ると言ってもいい。そんなパイロットが負けるような相手が敵に存在しているなんてありえない。
考えられるとするならすれはストライクバースト。音界の戦力。
「向かわないと、くっ」
体が痛み。立ち上がろうとした体から悲鳴が上がる。さっき目を覚ましたばかりだと言うのにすぐに動けるとは思っていないけど、ここまで辛いなんて。
僕にメリルが駆け寄ってきてすぐさま僕の体をベットに戻してくる。
「無茶はダメです。今の悠人はとても危険な状態ですから」
「危険な状態?」
「はい。私の力で強制的に蘇生しました」
「蘇生したって、僕って死んだの!」
あまりの事実に叫んでから僕は体が痛んで悶絶する。
そんな話初耳なんですけど。というか、本当に?
「本当やで。うちが見つけた時はメリルを腕に抱えたまま倒れているあんたの姿があったんやから。ちなみに、頭から血を流してたり腹に破片が突き刺さってたりどう考えても助からないような怪我やったけど」
「私はすぐさま起きて悠人に私の全力で蘇生したのですが、私もそれを使ったせいで眠ってしまって」
「そんで、ついさっき起きて中央に連絡したわけ。まあ、見つけたのがうちでよかったわ。ここ麒麟工房は本当に特別な場所だから」
「特別な場所?」
その言葉に僕は首をかしげる。
工房というくらいだから確かに特別な場所かもしれないが、彼女が言う特別というのはどこか別の意味も含んでいるような感覚があった。
僕がメリルに目を向けるとメリルは楽しそうににっこりと笑みを浮かべた。
「ゆっくりと向かいましょう。そこならきっと、その理由がわかるはずですから」
メリルとアンに連れられて僕は松葉杖を突きながら通路を歩いている。
最初は木造の家屋だと思っていたのだが進むにつれて木造だけでなく普通に魔鉄やそれに準ずる物質で作られた建物が現れてきた。
その光景に僕は驚いて周囲を見渡しているだけだ。もちろん、アンはそれが楽しいのかクスクス笑っているが。
そして、アンは通路の突き当たりにあったドアを開けた。そこにあったのはフュリアス。しかも、見たことのないフュリアスだ。
七枚の翼があるアストラルシリーズの一つ。いや、あの機体に似ている。色が真っ黒ではなく白と青だったなら見たことのあるフュリアスになっていただろう。
「アストラルシリーズの最新型であるアストラルリーネ。アストラルルーラを反映した最新モデルや。うちの麒麟工房はアストラルシリーズの設計と組み立てを行ってんねん」
「私も出会ったことがある人で本当に助かりました。悠人? どうかしましたか?」
「あっ、うん。この機体の設計図が見たいなって」
「設計図?」
アンの顔が若干ながら強張ったような感じがした。
まるで、設計図が見られたくないような感じだ。何か秘密があるのだけど、そもそもアストラルシリーズ自体が音界からすれば機密のはずだから尋ねた僕が悪いよね。
「ごめん。アストラルシリーズって翼があるから気になっていて」
「そうやな。アストラルリーネは無理やけど、今までのアストラルシリーズなら公開しているもんもあるからそれやったらええで。えっと」
アンが近くにあった棚を漁り始める。僕はそれを待つために周囲を見渡して、見つけた。
ボロボロに朽ち果て、一部が真っ黒に焦げている白銀のフュリアスの成れの果てを。
僕は松葉杖をついてゆっくりそれに近づく。
僕があの日、約六年ほど前に手に入れたフュリアス。僕のために作られた僕専用の白銀の翼、エクスカリバー。
その成れの果てがそこにあった。
コクピット部分はひしゃげて壊れ、内部に積まれた集積デバイスは壊れているだろう。
「ごめん」
僕は頭を下げた。本当なら僕はもっとエクスカリバーを使うつもりでいた。それこそ、どれだけ改造しても相手に太刀打ち出来なくなるか、朽ちるまで。
こんな未来は想像していなかった。
「そして、ありがとう。今まで、ありがとう」
「悠人」
僕の背中にメリルが声をかける。その声に僕は返すことが出来なかった。
愛機を完全に失うのは初めてだけど、ここまで悲しいものだなんて。
「その機体、本当に面白い機体やな」
いつの間にか設計図を片手にアンが僕の隣に立っていた。
「従来の機体とは設計思考が全く違う。地上を中心に戦うんやなくて空中を、大空を羽ばたくための機構がいくつもあった。うちは空を飛ばすために疑似的な人口の翼を付けたけど、やっぱり鳥みたいには飛ばれへん。でも、これなら」
「うん。エクスカリバーは空中を自由に飛び回れる白銀の翼だった。そして、僕の愛機だった。エクスカリバーがいたから、僕は空を制することが出来たから」
「この機体はうちで預かっておく。また、取りに来るやろ?」
「うん」
僕の頷きにアンは満足そうに頷いて僕に設計図を差し出してきた。僕はその設計図を受け取る。受け取ってからとあることに気づいた。
どうやって見よう。
松葉杖をついているのはまだまともに歩けないからで、立ったまま設計図を見たりするのは無理だ。せめて、机さえあればいいのだけど。
「あっ、机いんな。うちの部屋まで戻ろうか。うちの部屋なら机はあるし、聞きたいこともあるから」
「聞きたいこと?」
「そうや。あの機体、エクスカリバーって言った機体について詳しく、事細かく聞きたいんや。あの機体はうちの機体達よりも先進的な技術が組み込まれているから、盗むつもりで」
「別にいいけど、乗れるパイロットがいないよ」
機構的にはエクスカリバーは第七世代型だけど、中のエンジンや部品から装甲までかなりいじっている。
どうしてそこまでするのかと言うと、エクスカリバーのような変形が可能な機体は僕しか乗らないし、僕しかニーズが無いなら造られない。つまりは別の機体がない。
だから、パーツを変えることでエクスカリバーを使えるようにしているのだ。
「そうなん? 中央に行けば見つかるような気がするけど」
「ルーイも無理だったからね。ところで、どうして中央って言うの?」
「中央は首都のことです。私達政府が把握している範囲が首都からまるで円状に広がっているのでそう呼ばれることにしました。地方には素晴らしい工房がいくつかあるためあまり差はありませんが」
「差があるとするなら治安の部分だけやな」
中央と地方の違いが少ないのはいいかもしれないけど、治安が悪いのはやっぱり気になるかな。
僕は、そういうのは嫌いだから。
「ともかく、今はうちの部屋に行こ。あんたも少し辛いやろ?」
「そういうわけじゃないけど」
「ええから。部屋ではみっちり聞かせてもらうで。あのエクスカリバーとやらの機構を」
ちなみに、アストラルルーラはメリルとアンの合作です。