第二十四話 二人の帰還
状況は新たなフェーズに突入します。ただし、まだまだ序盤なんですよね。
負けた。
僕がフュリアスに乗って初めて負けた戦い。相手がストライクバーストだとしても、僕は負けた。負けてしまった。
技術的に無理があったとは思えない。実力的に差があったとは思えない。それなのに僕は負けた。
あるとするなら僕の操作にエクスカリバーが耐えれなかったところくらいだろう。エクスカリバーは地上戦が苦手だというのを完全に失念していた。だから、あの瞬間、エクスカリバーは耐えきれずに壊れた。
それは完全に僕が悪いし、僕の責任でもあるけど、ストライクバーストに勝つには僕の操作に追いつける機体しか不可能だ。可能だとしたならそれはダークエルフのみ。しかも、リアクティブアーマー装備のダークエルフだ。
あのストライクバーストに勝つにはそれくらいしないといけない。いや、まだ足りないかもしれない。ストライクバーストに勝つにはさらに力がいる。あの装甲を抜くにはどうすればいいか考えないと。
「絶対に勝つ! あれ?」
視界にあるのはどこかの小屋のような部屋。壁は完全に木で出来ていて周囲を見ても木造建築だとわかる。
だから、僕は呆然としていた。何故なら、そこは見慣れない場所で、どうして寝ていたのかもわからない。というか、どうしてこんなところにいるのだろうか?
僕が周囲を見渡しているとどたばたと音がして近くのドアが開いた。そこには凄く質素な布切れの様な服を着たメリルが荒い息をしてそこにいる。その後ろには眼鏡をかけた見慣れない女の子の姿。
「えっと、ここどごふっ」
ここどこ?と聞こうとした瞬間、僕のお腹に向かってメリルがダイブしてきた。もちろん、避けることが出来ずに直撃し、体中に激痛が走る。
突撃されたからじゃない。もっと別の痛みが体中を襲っていた。
「っつ」
「あっ、悠人、大丈夫ですか?」
「大丈夫じゃないかも。というか、ここどこ?」
改めて周囲を見渡す。木造建築の家。最近はこういう家が少なくなってきたから指定文化財として日本政府がほぞんしているんだっけ。そんな話はどうでもよくて、ここは一体どこだろうか。
「ここは麒麟工房です。レジニア峡谷にある山脈の山間に存在している小さな工房ですが、彼女の技術は極めて高いですよ?」
「彼女?」
僕の疑問にメリルが僕から離れて横にずれた。ちょうど扉の所にいる女の子。眼鏡をかけてぼさぼさの髪の毛で作業着を着た女の子だ。その女の子を手で指しながらメリルは僕に向かって女の子を紹介する。
「アン・メゾレフさんです。私達を助けてくれてここまで連れて来てくれたのが彼女ですから」
「ほんま驚いたで。うちが新型機の実験してたらなんか飛んでくんねんもん。思わず持っていた高出力エネルギー装置放り投げたら直撃してエネルギー装置が爆発したからちょっとは青なったわ」
「飛んでくる?」
その時、ようやく僕は思い出した。意識を失うまでのことを。
「ストライクバーストは? みんなは!?」
「落ちついてください」
メリルに詰め寄ろうとした僕の体をメリルが止める。僕はその言葉を少しだけ呑み込んでから視線でメリルに尋ねた。
あの時、僕はストライクバーストに負けた。そして、エクスカリバーが山肌で着地を試みたのだけど何かにぶつかった拍子に天地がひっくり返ったのだ。
それが彼女の言う話だと高出力エネルギー装置。僕達が生きているのが不思議なような気もするけど。
「中央とは連絡を取りました。リマには泣かれましたが無事であることは伝えています。中央は中央で酷い被害を受けたようで私達が中央に戻れるまで後二日はかかるそうです」
「二日? 中央で何が起きたの?」
メリルは一瞬だけ何かをためらった後、そして、意を決して頷いた。
「フルーベル平原に向かった本体が壊滅しました」
何か騒がしい。誰かが走りまわる音にオレの意識は強制的に覚醒された。目を開けた先にあったのは魔力光を放つ電球。その光を眩しく思いながらオレはしっかりと意識を浮上させる。
体の節々が痛むがそんなこと気にすることなく立ち上がったそこは、いつの間にか首都だった。窓から見る光景でわかる。
周囲を見渡しても豪華な部屋。まるで、来賓のために用意されたかのような部屋にグラウ・ラゴスのほとんど岩のような体が横たわっているのはどうかと思うが、同じベットで寝ているアルネウラや優月と比べれば優しい方だろう。
オレは小さく息を吐いた瞬間、おかしいことに気付いた。
オレは確かフルーベル平原に向かったはずだ。そして、そこで黒猫出会って、そして、何かにやられた。
何とか起き上がっていろいろと言い返したものの結局は意識を失ったはずだ。なのに、どうして首都にいる?
オレはすぐさま隣にいたアルネウラをゆすろうとした瞬間、ドアが開いた。
そこから入ってきたのは少し暗い顔をした冬華の姿。そして、冬華がオレを見て固まる。
「おはよう」
とりあえず挨拶だと思って挨拶した瞬間、冬華の体が視界から消えた。正確にはなんの強化もしていない体では見きれない速度で冬華が距離を詰めてきたのだ。そして、オレの体に抱きついてきた。
「心配、したんだから」
「悪い」
オレは抱きついてきた冬華を抱きしめる。冬華はまるで幼い女の子のようにオレの胸の中で泣いていた。だから、オレは慰めるように髪の毛を触りながら冬華を抱きしめる。もちろん、隣からの視線を感じながら。
オレは息を吐いて隣を向くと、そこには目をうるうるとさせた優月がいた。今にも泣きそうなのはわかる。だから、オレは優月に手を回してその体を抱きしめた。
「ごめんな、こんなに心配させて」
「大丈夫だから。私は信じていた。悠聖が目を覚ましてくれるって。それでも」
「悪い」
オレは強く優月を抱きしめる。すると、優月も泣きだした。でも、声を殺して涙だけ流している。
オレは本当に悪いことをしたなと思いながらオレの恋人でもあるアルネウラを見た。アルネウラは寝ている。完全な熟睡だ。
ゆっくり冬華がオレから離れるがその視線はオレでは無くアルネウラに向いていた。もちろん、アルネウラがこの状況で寝ていることにイラついているのがわかる。
「悠聖、この子を殴り起こしていいかしら?」
「落ちつけ。それに、ここで怒っても仕方ないだろ。多分、アルネウラもオレのことを心配して」
「私なんて悠聖が心配で心配でたまらなくてご飯もほとんど食べられなかったのに、アルネウラだけはいつものように食べていた」
優月の密告によって少し気まずい雰囲気になる。
「アルネウラはいつもと同じ時間に寝ていつもと同じ時間より遅い時間に起きていた。そして、時々寝相が悪いから悠聖を蹴飛ばしていた」
さらなる追加情報にオレは冬華に目で合図をした。冬華は頷いて刀を取り出し、アルネウラの側頭部に叩きつけた。
本来なら致命傷になりかねないような一撃だが、多分、冬華が手加減すると考えて何も言わず、止めることすらしなかった。果たして、いや、ここは案の定の方がいいだろう。
寝ぼけ眼のアルネウラが目をこすりながらゆっくりと起き上がった。
『みんな、おはよう。悠聖もおはよう』
沈黙が周囲を包み込む。アルネウラは不思議そうに首をかしげてオレ達は呆れたようにため息をついて、そして、アルネウラが何かに気づいたように手を合わせた。
『まだ夢か。おやす』
「いい加減にしなさいこのボケ娘!」
ついにキレた冬華の膝が浮かび上がりアルネウラの顎を捉えて吹き飛ばした。あまりの見事な行動にオレ達は思わず拍手してしまう。
対するアルネウラは上手く姿勢を戻して着地した。
『急に何をするのかな!? 悠聖も何か言って、悠聖?』
その時になってようやくアルネウラが気づいたようだ。アルネウラは目に涙を溜めて一直線にオレに向かって飛びかかってくる。そして、抱きついてきた。顔をオレの胸にうずめながら泣いている。
オレはその反応に少しホッとして笑みを浮かべた。
「起きたか」
その言葉に振り向くと、かなり険しい表情の孝治がドアを開けて佇んでいた。
こういう表情の時の孝治は基本的に仲間が負けた時の顔だ。つまりはオレ達の出陣が近づいている時の顔。
「孝治、何があった?」
オレの言葉に孝治は小さく息を吐いた。
「フルーベル平原に向かった本体の全滅が確認された。フュリアス600機にも及ぶ大所帯だったそうだ」
「ちょっと待て。つまりは」
「ああ。フルーベル平原の部隊は本体で、その本体は着実にここに向かって進軍している」
その言葉はオレ達が新たな状況に入ったことを知らせるような言葉でもあった。