第十八話 竜使い
その瞬間の光景を冬華ははっきりと見ていた。悠聖が吹き飛ばされる瞬間をはっきりと。
悠聖を吹き飛ばしたのは赤いドラゴン。その姿は冬華が知っているドラゴンよりかは小さい。だけど、その力は冬華が知っているドラゴンよりも強い。
だが、今の冬華にそんなことは関係なかった。冬華が睨みつけるのは笑っている老人。それしか目に映っていなかった。
「雪月花!!」
冬華の叫びにフェンリルが反応する。フェンリルは形を変えて冬華の手の中で一本の剣となった。
そして、地面を蹴る。狙いは老人。
「黒猫!!」
その叫びと共に冬華は雪月花を振り切った。だが、その手に感触は一切無い。
すかさずその場から飛び退きながら冬華は赤いドラゴンを見た。すでに距離は詰まっており突如として現れた冬華の姿に戸惑っている節がある。
だから、冬華は雪月花を再度振り切った。振り切った雪月花は赤いドラゴンの首をまるで豆腐のように簡単に切り裂いた。
膨大な量の血が周囲に飛び散る。冬華はそれを受けないように加速しながら地面をさらに蹴った。駆け抜け様に老人に一閃するが、やはり、手応えはない。
地面をさらに蹴り飛び上がって屋根に飛び乗る。そのまま加速して冬華は悠聖の下に走り寄った。
「悠聖! 悠聖!」
動かない悠聖の体に話しかけている優月。その隣では真剣な表情でレクサスが悠聖に治癒魔術をかけていた。
周囲を警戒しているディアボルガがチラッと冬華を見た後にすぐに周囲を警戒する。
「悠聖は」
『レクサスでも危険だそうだ』
険しい顔をしたイグニスが言葉を返す。その言葉には悔しさが滲んでいた。
『エルフィンの力によって合併症は何とか防げるとは言っていたが、体中で複雑骨折。さらには臓器を幾つもの傷つけている。レクサスが言うには、生きているのが不思議なくらいの大怪我らしい』
「そんな」
冬華は一歩後ずさった。だけど、背中から誰かに抱き締められる。振り返った先にいるのはアルネウラ。
『ごめん、なさい』
ボロボロの体でありながらアルネウラは冬華を抱き締めている。まるで、こうでもしなければ自分の体が保てないかのように。
冬華は小さく息を吐いてゆっくり振り返った。そして、人差し指でアルネウラの額を触る。
「バカね。今は少し休んでいなさい」
その言葉と共に崩れ落ちるアルネウラ。その体をエルフィンが抱き止めた。
無理しているのは冬華にはよくわかった。やられた瞬間にシンクロしていたのはアルネウラとセイバー・ルカ。セイバー・ルカは意識は戻ってはいるが立ち上がってはいない。
セイバー・ルカでそれなのだ。アルネウラはかなり無理をしたに違いない。
「うひゃひゃひゃひゃ。揃いも揃って精霊達がおるわい」
冬華は雪月花を握り締めた。そして、振り返る。
そこにいるのは先程の老人と青いドラゴン。冬華はゆっくりと歩いてディアボルガの横に並んだ。
「白川悠聖はもうじき死ぬ。いくら精霊と言ってもあの威力は耐えきることは不可能だからの。さあ、精霊達よ。ここで死ぬか儂の配下になるかの選択を」
「ふざけないで、黒猫」
冬華は黒猫を睨みつけながら雪月花の先を向けた。対する黒猫は楽しそうに冬華を見つめている。
「ここで死ぬのはあなただけよ」
「ふむ、面白い冗談だな。儂のペットを見ての回答か?」
黒猫の前に青いドラゴンがゆっくりと動く。青いドラゴンは赤いドラゴンよりも小さいが翼は大きい。まるで、飛ぶ力が強いような印象さえ受ける。
冬華はそんなドラゴンを見ながら笑みを浮かべた。
「ええ、そうよ。竜使いの黒猫」
竜使い。
それは魔物の頂点とも言えるドラゴンを使役する者達の総称。ドラゴンの強さは桁違いと言ってもよく、まともな武器なら傷はつかない相手。
それを使役して前に出すというのは普通なら相手にするのが難しい敵となる。ただし、その強さはドラゴンよりも劣るが。
「儂の名を知っているのか? ふむ、なるほど」
黒猫が笑みを浮かべる。そして、何かに気づいたかのように笑った。
「長峰の小娘か」
「覚えていたのね」
「ふん。儂の研究成果を奪って逃げ出した存在としてな」
黒猫の言葉に冬華は腰を落として雪月花を鞘に収め右手で柄を握り締める。
隣にいるディアボルガは黒猫を睨みつけたまま錫杖をシャランと鳴らした。
『貴様が黒猫か。貴様の名、精霊界でも少し有名ではあるぞ』
「これはこれは。精霊界最強と名高い闇属性の最上級精霊ディアボルガ。あなたのような精霊にこの老いぼれの名前を覚えていただけるとは至極恐悦」
『貴様の考えは危険であるとは聞いているが、どうやら本当のことのようだな』
「はてさて。何のこと」
『くどいぞ! 竜使い! 今まではわからなかったがようやくわかった。貴様が精霊召喚符の作り主だな』
そのディアボルガの言葉に周囲にいた悠聖の精霊全ての顔色が変わるのがわかった。もちろん、冬華の顔色も。
イグニスがディアボルガ、冬華と並ぶように立つ。その横にはグラウ・ラゴスの姿まであった。
対する黒猫の顔には笑みが浮かんでいる。
「っくっくっくっく、うひゃひゃひゃひゃ。さすがは最上級精霊。精霊召喚符にある残り香を嗅ぎ取られてここまでわかるとは。さすが精霊の最上級存在。儂ですら予測していなかった事態に儂は興奮している」
「黒猫。あなたはどうして精霊召喚符なんてバラまいたの? 私が近くにいた時は、あなたは優しいおじさんだった。ただ、スキンシップの度が過ぎたロリコンおじさんだったのに」
『『ロリコンか』』
ディアボルガとイグニスの言葉が重なり優月が黒猫から距離を取るように一歩後ろに下がった。さすがの黒猫も表情が変わっている。
「くっ、否定はしない。若いというのは素晴らしいではないか。そう、生命力が満ち溢れていて穢れがない。そう思わないか?」
「思わない」
冬華は性犯罪者を睨みつけるような視線で黒猫を見ていた。黒猫は一歩後ろに下がり、青いドラゴンが呆れたように欠伸をする。
「ま、まあいい。儂が動くのはお前達とはそう大差はない。世界を救うため。この滅びに向かっている世界を救うために儂は精霊を使うことに決めた」
「精霊だって生きているのよ! なのに、どうして!」
「長峰の小娘。お前こそ、精霊を使っているのではないか?」
その言葉に、冬華は自分が握り締めている雪月花を見た。そして、その言葉に否定出来ない自分がいるのにも気づく。
「自分達の目的のためにお前は精霊を使役している。それは儂とは何も変わらないことではないか? そんなお前が儂のことを言えるのか?」
「それは」
「言えるわけがない。全ての精霊召喚師は精霊を戦いの道具として扱っている。儂とお前に何の違いがあると言うのだ?」
冬華は雪月花を握り締めた。何も言い返せない。何も、言い返せない。悠聖ならきっとすぐさま反論したはずなのに、冬華自身では何も言い返すことが出来なかった。
『ES』にいても、冬華とフェンリルの関係はあくまで主と精霊。だから、冬華は何かを言い返すことが出来なかった。
黒猫の顔に笑みが浮かぶ。そして、指を冬華に向けた。
「やれ」
青いドラゴンが冬華に向かって走り出す。ディアボルガはすかさず光を落とすが青いドラゴンはそれに耐えて冬華を噛み殺そうと首を動かした。
思考していた冬華は反応が遅れる。イグニスの炎やグラウ・ラゴスのハンマーを受けながらも青いドラゴンは冬華に飛びかかった。
雪月花を握る手を動かすが遅い。すでに青いドラゴンの強靭な刃は目の前に迫っていた。
「言い返せなくても大丈夫ですよ」
そんな声が響いた瞬間、紫電の塊が青いドラゴンを吹き飛ばした。そして、紫電の塊が着地する。
そこには、自らの体に紫電を迸らせた俊也と俊也の三体のフィンブルド、タイクーン、グレイブの姿があった。
「お師匠様が必ず冬華さんの気持ちを背負って言い返してくれますから」
冬華は振り返る。そこにはボロボロになりながらもレクサスと優月の肩を借りて立ち上がる悠聖の姿があった。そのそばにはアーガイルと委員長の姿もある。
「後は、任せろ。オレが全てを言い返してやる」
そんな悠聖の姿に冬華は頷いた。涙を一筋頬に流しながら。