第十四話 強襲作戦立案
地形模型、というべきだろうか。
僕達が入った部屋にはそれらしきものがあった。その地形模型には大きな峡谷があり、その峡谷には破壊された航空艦の姿があった。
先頭を歩いていたメリルがにっこり笑って振り返る。
「ここが作戦立案室です。少し無理を言って実際の地形の模型を作ってもらいました。ここ数百年のデータから培われたものなので大事にしてくださいね」
「えっと、模型なんだね」
僕の口からはそんな言葉しか出ない。
人界では基本的にディスプレイに映ったものを見て様々な作戦を教えられる。最初の頃はそうだった。
ただ、データが無い場所もたくさんあったため結局は感覚で戦うしかない。
「悠人。これは先祖代々音界の歌姫の名の下に受け継がれてきたものです。もう少し誉めた方がいいですよ」
「褒めれる要素はあった?」
僕は模型を触りながら言う。触感的にはすごく硬い。まるで魔鉄触っているかのような硬さだ。
すると、模型がゆっくり持ち上がった。持ち上げた孝治さんは感心したように頷いている。
「なるほど。魔鉄で出来ているから軽いのだな」
「ごめんな。うちの孝治がバカで」
謝っている内容が何か間違えているような気もするけど。
「歌姫メリルに一つ質問があります」
白騎士が手を上げる。ちなみに、白騎士の背後には呆れた表情で立っているルーイとリマの二人がいた。
うん。言いたいことはわかるよ。
「私がここにいてもいいのですか?」
「白騎士は仲間でしょ?」
何を当たり前のことを聞くのかという表情でメリルは言葉を返す。
うん。メリルってバカだよね。
「むっ、今、悠人にバカにされたような」
「貴様。歌姫様をバカにしたのか?」
「バカにしてないから。白騎士もアークフレイを抜かないで。だから、白騎士は政府レジスタンスだからこんな極秘情報を見せてもいいの?」
「そうなんですか?」
メリルから返ってきた言葉に僕は完全に絶句させられていた。まさか、そんな言葉が返ってくるなんて誰が予測出来た?
ちなみに、僕は予測なんて出来ない。
「今はいいだろう。それに、白騎士も作戦に参加するメンバーだ。成功率を上げるなら白騎士もここにいた方がいいだろう」
「そうですね。わかりました。ところで、花畑孝治は何を」
「精巧に作られているなと思ってな」
孝治さんが模型を触りながら言葉を返す。その様子は真剣そのもので地形を頭の中で思い描いているようだった。
「ポイントにもよるが遮蔽物が木々しかないならかなり厄介だ」
「遠くから見つかりやすい、ということですね」
「ああ。そこを理解しておかなければ今回の戦いは難しいだろう。エクスカリバーにしろ俺の弓にしろ、守ることには向いていない。攻撃こそが最大の防御だ」
守るなら僕はダークエルフを使うけど、ダークエルフは今は使えない。ダークエルフ専用のパワードスーツが人界にあるから。
メリルは孝治さんの言葉にゆっくり頷いた。
「そうですね。わかりました。平原方面からの攻撃が難しいとしたなら逆側、レジニア山方面から仕掛けるべきでしょうか」
レジニア峡谷には隣接するように山がある。でも、それも確実と言えるような策ではない。
「メリル。航空艦による山越は基本的に不可能だ。僕も体験したからわかってはいるが、航空艦は高度が上がれば上がるほど特殊機関をつけていない限り高い山を越えることは出来ない。可能性があるなら第76移動隊が所有するエスペランサくらいだが」
ルーイが僕を見てくる。その事に関しては覚えているから答えることは出来る。
「今から要請しても音界に来るのは1ヶ月先になるよ。エスペランサ単体でのゲートを抜けるのは不可能だから」
「そうですか。では」
メリルはとある場所を指差した。それを見た瞬間、僕、ルーイ、孝治さんに海道正の言葉が完全に重なる。
「「「「無理」」」」
「即答ですか!?」
「さすがに即答するんじゃないかな」
鈴は苦笑いでメリルが指差した場所を見つめていた。そこはレジニア峡谷。
地図上にあるレジニア峡谷という意味じゃない。レジニア峡谷の谷間そのものを指差している。さすがにこれは僕も考えなかったよ。
「幅の広さは航空艦が余裕で通れる大きさだと聞いていますが」
「メリル、君はバカだ」
ルーイが断言する。白騎士が怒りそうな内容ではあるけれど、白騎士も頷いているからさすがにありえないと思っているみたいだ。
でも、楓さんや光さん、なによりリリーナの三人が真顔で何かを考えているのは気になった。
今のメリルの考えで何か思いついたのだろうか。
「強襲する航空艦のサイズなら余裕で通れる大きさだと聞いています」
「強襲用の航空艦はスピードが出やすい。レジニア峡谷はただでさえ入り組んでいるためスピードは出せない。つまり、攻撃されやすい。強襲用の航空艦は防御が甘いと僕は教えたはずだが?」
「ルーイ。メリルがバカなのは今に始まったことではありませんからここは落ち着いてください」
「いつの間にか私がバカだと定着していますよね!? 私はバカではありませんよ」
僕は模型を見て考える。
レジニア峡谷は入り組んでいる上に、峡谷無いでは上の様子はわからない。逆に、崖っぷちに立てば簡単に姿を捉えやすい。
スピードは上がらないから狙い撃ちし放題だし、避けようと動けば崖に激突。どちらもゲームオーバー。だけど、逆の発想で考えてみたらどうだろうか。
ありえないというルートを使って僕達は向かえば、開けた地形が多いレジニア峡谷付近の中で唯一強襲が可能なものではないかと。
エクスカリバーならこれくらいの場所なら簡単だし、ブランクがあるとは言え僕も出来る自信はある。
孝治さんや楓さんを遠距離射撃させるなら、レジニア峡谷の隠れた位置で出して攻撃を加えればいい。多分、相手は空を警戒するはず。そこに僕達が飛び込めばいい。
「ありじゃないかな?」
静寂を打ち破ったのは楓さんの言葉だった。楓さんは模型を見ながら小さく頷く。
「動きにくく回避が難しいから、行かない。私達からすれば危険性は高いし、観測も楽。だからこそ、私達はここに向かえばいい」
「ちょっと待て。僕にはそれが理解出来ないのだが。相手はベルトランすら落とす力があるのだぞ。僕達がそこを通れば」
「普通なら落ちるよね? でも、それを可能とする兵力がここにいるよ」
楓さんが見たのは孝治さんだ。楓さんの視線に孝治さんは一瞬だけキョトンとして、そして、納得したように頷いた。
何に納得したかはわからないけど楓さんが考えたことは理解したらしい。
「えっと、どういうことでしょうか?」
理解出来ていないメリルが楓さんに尋ねる。対する楓さんはにっこりして頷いた。
「つまりは私がバカじゃないということですね?」
「それはないかな?」
即答された言葉にメリルは肩を落とすけど、今回ばかりはそのバカな部分が役に立ったと言ってもいいだろう。
「なるほど。ありえないからこそやるというのか。だが、狙われたら僕達は終わりだ。そこをどうするかだが」
「狙われるなら先に注意を引きつければいい。そういうのは私達先制砲撃手の役目なんだから」
今、楓さんからすごく聞き慣れない言葉が聞こえたような気がする。バスタードって何だろうか。
「ふむ、なるほどな。なら、可能ではあるか。メリル、どうする?」
「作戦を煮詰めないといきません。レジニア峡谷から攻めると言っても戦術には疎いですし」
「だったら、私に考えがあるんだけど」
リリーナの言葉に僕達全員がリリーナを見た。そして、リリーナは口を開く。
「ここは『蒼鉛の悪魔』と『純白の悪魔』に『紅玉の悪魔』の力を使えばいいんじゃないかな? どうかな?」